39話
もう私の頭の中は温泉でいっぱいだわ。
そのまま私達は陣に戻る事になった。
アイラさんとコニーさんは私の捜索が終わった後、引き続き村に入った不審者捜索に加わったそうだ。
一体いつ不審者が入ったのかしら?
そんな私を陣まで運んでくれるのはラッサ大尉だそうで…
「そんな目で見ないで下さい。反省しています。もう二度と気付け薬等と申しませんので」
ツーン。
一度ならず二度までも気付け薬扱いをしておいて。
私がツンツンしていると
「そうだ!入浴される前に食事されますよね?焼きたてパンは提供できませんが、私が腕を振いましょう」
「許します!」
私はなんて心が広いのでしょう。
人は誰しも間違いを起こすもの。
それを許すのが高位貴族令嬢と言うものですわ。
横でエアリーとグレタが早っ!と言っていたのは聞こえないフリをした。
ラッサ大尉に抱き上げられ陣にたどり着くと一部天幕を畳んでいるところだった。
「何かあったのですか?」
「不審者に魔法使いや魔物らしき生物がいる様なので、村を囲む様に陣を敷き直します。ここは少し離れていて、万が一村人が襲われる事がない様にと殿下が」
「まぁ。そうですの」
「ですからナディア様も食事後入浴されましたら、こちらに戻ってきてはいけませんよ」
「ふふふ。子供ではありませんわ」
そう言って3人の顔を見たら目を逸らされた。
何故…
食事は王宮を出てから1番美味しい物だった。
村長の計らいで野菜や穀物を分けてもらったそうだ。
前菜はカブのソテーとキノコのマリネ。
生野菜のサラダにはにんじんベースのドレッシング、カボチャのポタージュにソテーした川魚にはマスタードソース。
お肉は干し肉のハズなのに柔らかく炙り焼きになって出てきた。
あぁ美味しい食事は何て幸せなのでしょう。
その上温泉に入れるなんて。
食事を終えエアリー、グレタを伴い天幕を出るとラッサ大尉がいらした。
「ナディア様、お運びしますよ」
何だか申し訳ない気持ちになってきた。
元はただの筋肉痛なのに、ほんの少し嘘をついただけで車椅子を出してくる国ですもの。
ラッサ大尉もお忙しいのに、美味しい食事を出してくれて挙句に運んでもらうなんて…
「ラッサ大尉。もう大丈夫ですわ。捻った所ももう痛くないので自分で歩きますわ」
「あ、いや、殿下に『ナディアを1人で歩かせるな。何しでかすかわからん!」と申しつかりまして」
…私の足のためではないと言う事ね。
殿下のモノマネ付きで。
これはラッサ大尉に言っても仕方ないので、大人しく抱き上げてもらう。
でも殿下…いつか仕返ししますわよ。
覚えておいていただきますわ。
暫く歩き村の端までくると嗅ぎ慣れた匂いが漂ってきた。
「何故こんな村の端なのかしら?」
「村の井戸の水源と混ざらない為ですよ。ここの温泉も自然に湧いたものらしいのですが、村の水源は東の山から。混ざったら…」
「…ラッサ大尉?」
「ちょっとスミマセン。戻ります」
え⁈
私をを抱えたままラッサ大尉は走りだした。
待って!
私を温泉施設に置いて行けば良いのでは⁈
そう言いたいけれど、ラッサ大尉の本気の走りに魔法が加わっている様で下手に喋り出したら舌を噛みそう。
走っていなかったけれど息を止めていたせいで、ラッサ大尉が教会に着いた時私の方がゼイセイしていた。
「殿下!」
「ラッサ、何かあったか?」
「ちょっとお耳に…」
扉を開け中に入るなり殿下を捕まえて話出す。
私はラッサ大尉の腕から抜け出し話し声の聞こえない所まで移動した。
これ以上私の前で大事な話をしないで欲しい。
殿下とラッサ大尉が話をしている間にエアリーとグレタも教会に到着した。
「流石お早いですね。ラッサ大尉」
「ええ。本当に」
2人共額にうっすら汗が浮かぶ程度で息すら上がっていない。
なんだか面白くない。
今夜からでもまた体力増強に勤しもうと決意をした所で殿下とラッサ大尉が戻ってきた
「悪いが今夜の入浴は無しだ。タライで我慢してくれ」
「えええー⁈」
「温泉の湯の調査をしていなかった。毒物が口から吸収されるとは限らん。今夜は諦めろ。おい、誰か医師団のだれかを連れてきてくれ」
ひどい
一度温泉に入れると思った私の体は完全に温泉に入る仕様になっていのに…
再びラッサ大尉に抱えられ教会を後にする。
新しく張られた天幕は教会から北に進んだ所にあった。
「そう落ち込まないで下さい。何もなければ明日には入れますよ」
そう言ってラッサ大尉は出て行ってしまった。
その後用意してもらったタライ風呂に入り、棺桶馬車のベッドに潜り込む。
何だか今日も色々あってとても疲れた。あ、体力増強をしていない。
まぁ明日から頑張りましょう
翌朝まだ筋肉痛ではあったけれど、足はもう治ったからと誰の手も借りずに自分の足で歩く事にした。
何もしでかさないから歩かせて。ラッサ大尉にも殿下にそう伝えるよう言う事も忘れない。
いつまでも子供の様に抱えられたり、天幕の中侍女に手を引かれながら歩くのは年頃の娘として恥ずかしい。
明け方から降り出した雨は本降りになってきて、雨音が激しくなっていた。
こんなに降っていて温泉の湯は冷めないのかしら?
朝から温泉の心配をしていると、朝食が運ばれてくる。
運んで来たのはヒューズ君。
「おはようございます。朝食をお運びしました」
「ヒューズ君おはよう。言葉遣い、気にしなくて良いのよ?」
「ヘヘッ。良かった。言葉遣い気になって朝食ちょっと溢しちゃったよ」
なんて勿体無い事を…と思って気がついた。
ほんの少し前の私ならそんな事考えもしなかったわ。
食事は美味しく提供されて当たり前、清潔で上等な衣服を着る、暖かい部屋とベッドで寛ぐ。
どれも当たり前の生活でしたのに。
今はそのどれもが無く、食事は簡素な野営食(昨夜は別)、衣服は軍服に重い軍靴、狭い棺桶馬車が私の部屋となっている。
でも…そんなに悲惨な感じがしないのは、何故なのかしら?
シャナルにいた頃、生きている事がこんなに大変で楽しいと思った事なんて無かった。まぁ色々とあったからなのだけれど…でも、それはきっとここにいるエアリーやグレタを始め皆んな側にいてくれたからに違いないわね。
そんな事を考えながら朝食を食べ終わった後
「さぁナディア様。今日も10回復唱しましょう!」
え⁈アレは毎朝言わされるの?
やっぱり前言撤回!!
早く元の生活に戻りたい