35話
「わしは領主様からこの村を任されている。わしは村人を守る義務がある。村人は皆不安なんじゃ!」
村長がそう言うと、少し黙って殿下が口を開いた
「村人への説明はするつもりだ。先程も言った通り村ごと囲ったのはこの村の安全を守る為のもの」
「安全であっても出入り出来ないのは困る。
すぐにでも西にあるオリザールの街へ穀物の納品に行かなければならない。やっと取引してもらえる様になったのに、このままじゃ…」
「村長、この村の収穫はもう終わったのか?」
「ほぼ終わってる。オリザールの街が最後の納品だ。残りはこの冬、村人が過ごす為の物だ。それが何だ」
「医師団の1人がこの村の井戸全て調べた。毒は当分残ると言っていたそうだ。井戸の底をさらっても3〜4カ月程は消えないらしい。因みに毒を撒いたのは水源となる東の山の泉ではないかと」
「ふん。それで?」
「農業の事は詳しくはないが、収穫をしてすぐに出荷するものと、そうでない物があると聞いた。オリザールに納品する物は後者ではないか?」
村長は片眉を上げ
「何だ!何が言いたい」
「我々がここに来ても来なくても…納品してお金を受け取った後も知らずに毎日井戸水を口にしていただろう。
村は静かに滅びると思わないか?これから冬だから雨が降らなくても畑に水源から引いた水を撒く事もない。滅んだ後よく耕してある畑は誰の物でもなく丸々手に入るな」
殿下が話をしている間村長は口を開けたり閉めたりを繰り返した後
「…どうゆう事だ…」
「オリザールとの取り引きをやっとしてもらえたと先程言っていたが、話を持ってきたのは領主ではないか?」
「…」
「ここや滅んだハイドン村とオリザールの領主はアルバナール伯爵だったと記憶しているが、取り引きは最近の話ではないのか?」
「…それが何だと言うのか。それでは始めからこの村を…」
多分殿下は確信を持って話している。ここの領主は一体…
「川も近く肥沃な土地でフォリッチとも近く…手土産としては最高だと思うがな」
「手土産?何の事だ。一体何の話をしている」
「王宮は既に元老院に乗っ取られている。オリザールの街もだ。陛下と妃殿下は脱出はしているが行方知れず。」
「そんな妄想になど付き合うか!馬鹿馬鹿しい!」
「先程王宮に偵察に行かせた早馬が戻ってきた。王宮の方は間違いない。オリザールからもじきに来るだろう」
「何が…この国で一体何が起こっている?」
村長の顔色は段々と悪くなっている。何か思い当たる事でもあるのかもしれない
「まぁ一言で言えばクーデターだな。元老院が俺を皇太子の座から引きずり下ろそうとしている」
「あ、あんた…貴方様は…」
「ディラン皇太子殿下です」
セラさんが諦め顔で言った
「ディランが始めから名乗ってたらこんなややこしい事にならなかっただろ?」
「俺は知りたかったんだ。村長も領主と手を組んでいるかどうか」
「お、俺は、ただ領主様がこの時期オリザールに沢山の穀物を納品してくれたら、この村と街道を繋いでもらえると…南の湿地帯も安全な様にしてくれると…あ、あんたは、貴方様は本当に皇太子殿下で?」
「あぁ。何故そんな事を?」
普通、身なりや仕草と周りの人達を見て偉い人なのだと判断するわね。
今の殿下は身なりは盗賊だし仕草は貴族っぽいけれど、セラさんもラッサ大尉もおよそ皇太子殿下の側近には見えない。
今ここに証明できるものは何もないのかも
「俺が聞いていた皇太子とは…その、違うんだが」
「…どう違う?」
「ドレナバルの皇太子殿下は頭も身体も弱いと聞いている。ここいらでは常識だ」
!!
殿下が青筋を浮かべている
「…誰だ…そんな戯言流したのは」
ガタッ、ガタガタ
「で、殿下…」
「あ、スマン」
またダダ漏らしてしまったのね。
村長が白目剥きかけピクピクしている
「その様な訳でディラン殿下は魔力が強すぎて表に出ることが出来なかっただけで、頭も身体も弱くはありません」
真っ青な顔色のセラさんが説明しているけれど、村長はぐったりしていて聞いているのかいないのか
「ま、魔力が馬鹿みたいに強いのは分かった…」
そう言ってテーブルに突っ伏してしまったため、殿下は一度退出し一度この場を立て直す事になった。
誰もかれもグッタリしていて立ち直る気配もないので、私は震える足腰を叱咤し部屋の隅にあるお茶の用意がしてあるテーブルに向かう。
「わ、私が、やりますので…」
「いえ、わ、私が」
エアリーとグレタが懸命に立ちあがろうとするので
「いいのよ。たまには私がお茶を淹れるから休んでいて」
そう言えば昔父上や母上、マーシャル殿下にも独特で元気になると褒めてもらった。
久しぶりに腕が鳴るわね。
「さぁ、みなさん召し上がって下さい」
お茶をティーカップに注いで回る。
足腰が震えない様、なるべく優雅に
「いつものお茶…ですか?」
「ええそうよ。ドレナバル産の茶葉で、いつもみなさんがお召し上がりになるものと同じですけど」
皆んな顔色悪いけれど、それぞれ口をつける。
!!!
青白い顔色が段々血色が良くなってくる。
「こ、これは?」
セラさんが呟き
「ナディア…あんた茶葉に何か混ぜたか?」
アイラさんが言う
「いえ、何も。いつもと同じ物ですってば」
「何故スパイシーなのかしら?」
「香りもいつものお茶とは違う様な…?」
コニーさんとラッサ大尉も言う
最後に村長さんが咽せながら
「…毒物じゃあなかろうな…」
失敬な!
「普通に淹れただけです!」
私がむくれているとラッサ大尉が
「いや、これは気付け薬として利用できるかもしれない」
何ですって?
人が折角筋肉痛に震えながら淹れたお茶を…
「なるほど…確かに魔力酔いからは覚めましたね。完全に」
セラさんまで!
「ナディア様凄いです。私元気になりました」
「ナディア様私もです。今度その入れ方教えて下さい」
エアリー⁈グレタ⁈
そこへ殿下がノックをして入ってきた
「…随分立ち直るのが早いな」
「ナディア様の気付け薬が効いたんだよ。凄いよ。ディランも飲んでみてよ」
元気になったセラさんが言うと殿下がチラリと私を見たので、ポットを持ち殿下の元へ向かう。
きっと皆んな魔力酔いで味覚がおかしくなっているので、殿下に普通のお茶だと証明してもらわないと。
トポトポ…殿下の前に置かれたカップに注ぐ。
殿下は一口飲みカップをソーサーに戻すと
「確かに良い気付け薬だな。ナディア、この茶葉はどこのものだ?」