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流されて帝国  作者: ギョラニスト
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2話

 とてもイライラする。母様や王妃様が言っていた女性はある程度年齢を重ねるとたまにイライラする事があると言っていたのはこんな気持ちなのかしら?


 沿道では人々が手を振って声をかけてくれる。答える様に手を振り笑顔で答える。この景色ももう見る事はないのね。


 お祭りのパレードや国のお祝い事がある時はマーシャルの婚約者として何度か同乗した。


けれど今は1人だ。


 気を取り直して陛下達から頂いた餞別のプレゼントのリボンを解く。


 中からは真ん中に大きなサファイアらしき石の周りにダイヤモンドが散りばめられたネックレスが入っていた。

 らしき、と言うのはその大きさが今までお目にかかった事も無い様な大きさだったから。


 この大きさでサファイアならば国宝に指定される大きさよね?


 餞別に国宝なんて聞いた事もないので、きっと別の石だわ。

王家からの餞別だから偽物と言う事もないだろうけど。


 何かあった時換金してそれで暮らしなさいと言う意味に違いないと鞄の1番奥に仕舞い込んだ。


 婚約解消が決まった時マーシャル殿下から直接の言葉は一切なかった。


 王宮から事の経緯が書かれた手紙とその後、陛下との謁見で陛下直々の言葉と。


 その場にいたマーシャル殿下から一言でも何かあったらこんな気持ちにならなかった様に思う。


 謝って欲しかった訳じゃない。


 ただ一言でもちゃんと別れの言葉の様なものがあったなら、私の中でキチンとけじめをつける事ができたような気もするのに。


 使者や他人の言葉ではなくマーシャル殿下から直接。

そうしたら暫く泣いて過ごしたなら…


 聖女アイリスの言う通り元婚約者だと意識が抜けていないのかもしれない。


車窓から流れる景色をぼんやりと眺める。

 そろそろ隣国から次の国に入る頃だろうか?

 かれこれ6日目になる馬車の旅。


 帝国からの迎えの馬車だけあって乗り心地はとても良い。いくつかクッションも置かれ、道中退屈しないようにと本などもあるけれど、乗り心地良くても読んだら酔ってしまいそうな気がして仕方なくぼんやりしている。


 次の街で宿泊だろうから着いたら少し身体を動かそうと思っていたら急に馬車が止まった。


「ナディア様、危険ですのでその場から動かずカーテンを閉めて下さい!」


言うと同時に剣がぶつかる音がした。


またいらしたのね。


ついうっかりそう思ってしまった。


閉めたカーテンの隙間から外を覗くと案の定盗賊らしき破落戸と帝国の騎士達が戦っている。


 母国を出てから大抵1日に一回こうして賊に襲われている。


 私の迎えに来た騎士様達の人数がやけに多いとは思っていたが、母国から私への餞別とは別に荷馬車4台分山盛りの小麦が帝国へ贈られた。


 きっと小麦沢山あげるからこの娘もらってやってくれないか?と言うやり取りでもあったのでしょう。


そう。私の価値は小麦荷馬車で4台分なのだ。それを知ったのは母国を出る時


「あの荷馬車は?」


騎士様の1人に尋ねると


「シャナル国王陛下からドレナバル帝国陛下への贈り物でございます。上等な小麦です」


それを知った時の私のやるせない気持ちはとてもではないが言葉にできない。


 荷馬車4台分の小麦と引き換えの嫁入り。思わず白目になってしまったのは仕方ないと思う。


 しばらくすると外の喧騒は収まりノックの音がした


「ナディア様、お怪我などはございませんか?お開けしますね」


馬車で座っていただけで怪我のしようもないけれど


「はい大丈夫です」


扉が開くと同時に心配気な侍女エアリーが顔を覗かせる


「恐ろしくはございませんでしたか?」


「大丈夫です。騎士様達がお強いのは存じていますので」


 最初の襲撃は流石に自分の人生はこんな終わり方なのかと絶望を感じたが、騎士様達が存外に強くウッカリ「ステキ。カッコいい」と聖女と同じ言葉を紡ぐ所だった。


 危なかった。


ほんの少し腰は抜けてしまったけど


「それは良かったです。まだ街まではお時間があります。道中退屈ではございませんか?よろしければ私共の誰かを同乗してお話相手しましょうか?」


帝国からの迎えの中に侍女が2人ついて来ていた。

年の頃も近そうな優し気な良い子達だ


「ありがとう。でも1人でのんびり読書をしているので大丈夫よ」


私は旅が始まってからずっとそう言い続けて同乗を断っている。気を抜くと母国の事を考え愚痴と文句が口から溢れそうだ。

良い子達そうでもそこまで心を開いてはいない。


 本当なら侍女達ともっと仲良くなってドレナバル帝国の事を色々と教えてもらった方がいいに決まっているけれど、、、小麦4台分が頭から離れない


「そうでございますか。では街に着きましたらまたお声かけしますね」


そう言って侍女は扉を閉めしばらくすると馬車は動き出した。

 本当に溢れ出そうなのは言葉じゃなく涙なのかもしれない。


 婚約解消から5ヶ月程経過しているが、人生の急転に心がついて来ず涙の一粒も零していない事に気がついたのもこの旅が始まってからだ。


 私はこれから先の未来が一つも描けない。どうしたら良いのかもわからない。この様な気持ちで嫁ぐのは良くないと思うけれど、小麦4台分だしとも思う。


 堂々巡りをしながら馬車は進む。


 足止めになったのは旅立ちから12日目。


隣国を抜けてもうひとつ間にあるカルモ王国中程のブリレーの町。雨が降ってはいたが、小雨だったためブリレーまではたどり着いたがこの先の山道で崖崩れがあった為安全が確保されるまで町の宿に滞在している。


 もう丸3日


雨降りが続く窓をぼんやり眺めていると


「雨止みませんね。ナディア様も早く到着してゆっくりなさりたいですよね。」


侍女のエアリーだ。この子は中々のしっかり者でリーダー的存在らしい。


「そうね。でも相手がお天気では仕方ないわ」


 淹れてくれた紅茶に口をつける。自国にはない香りがする。


「ドレナバルでも昨年大量の雨が降ったのです。王都は大丈夫でしたが、地方の何ヶ所か川が氾濫し町にも村にも農作物にも被害が及びました」


「まぁそんな事が」


だから小麦4台分なのか。足りないのではないかしら?


「はい。普段は戦に出ている将軍始めディラン殿下も各地に散って陣頭指揮を取られたそうです」


「まぁディラン殿下まで。皆さま御立派なのですね」


「はい。御立派なのですが、その間に反対側の隣国に攻め込まれまして」


  え?


「やはりご存知ないのですね」


ニコリと笑いエアリーは爆弾を投下した


「シャナル王国は他国とあまり交流が無いとお聞きしました。そんな中ナディア様は勇気を振り絞り単身で他国へ嫁ぐ決心をなされたと伺いました。私はそんなナディア様の勇気あるお心に心を打たれまして侍女に立候補したのです」


ちょっと待って。

他国に攻められてるの?

鎖国状態はシャナルなの?

私の婚約解消話は伝わっていないの?


 私の驚いた顔を見てどう思ったのかわからないけれどエアリーは言葉を続ける


「聖女様が現れて婚約解消されたと伺っております。ナディア様は10年以上シャナル王国皇太子殿下の御婚約者としてさまざまな努力をなさっていたと聞きましたが、聖女様にあっさりその座を譲ったとも。本当に頭が下がる思いです。そんなナディア様に我がドレナバル帝国の皇太子殿下を支え慈しんで欲しいのです。お心広いナディア様ならきっと…」


…話がとんでもない方向に行っている気がする。


「…話が美化されている気がするわ」


どこから話を訂正すれば良いのかさっぱり分からない。

訂正して良いのかもわからない。


今後ドレナバル帝国で過ごす事を考えたら美化されたままで良い気もするが、私がそんな高尚な人間でない事は私がよくわかっている。

 果たして何食わぬ顔で美化された私のままでいられる?


 無理。


「私はその様な立派な人物ではありません。母国では聖女に乗り換えられた娘とか散々な噂が上がっているのです。勇気を振り絞り単身でなんてとんでもない。」


 よし。私は正直に言ったわ。私なりに頑張ったわ。小麦4台分は流石に情け無さ過ぎて言いたくないから言わないけれど。


「まぁぁ!ナディア様ご謙遜なさり過ぎでございます。小麦荷馬車に4台分もナディア様から言い出した事と聞いていますわ。どこかで水害の事をお聞きになられたのでしょう?」


「い、いいえ。初耳です」


「本当にナディア様は謙虚な方なのですね」


朗らかに笑ってエアリーはお茶のおかわりの準備をすると言って部屋を出て行った。


 何故?どうして私の言っている事が通じないの?小麦4台分も知られているし。


 しかも小麦の言い出しが私になっている。謙虚とかやめて欲しい。



 ただただ流されてここにいるのに。

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