28話
「なぁ坊主。ここで何してるんだ?」
マズイ。
考えながら歩いたせいで完全に油断していた。
声を掛けてきたのは男の僕でも見上げる程の大男だった
「暇ならこっち来て俺の相手しないか?」
「あ、相手って?」
「ふふ。お前真面目そうで可愛いな。相手は相手だよ。色々と教えてやるから」
卑下た笑いに全身に鳥肌が立つ。
周りを見ると皆目を逸らし見て見ぬフリだ。
「ふふ。俺は優しい男だぜ」
肩に手を置かれた瞬間バケツを置き片膝をつく。
右手を顔の前に掲げ
⁈⁈
大男は股間を押さえ蹲った。
急いでバケツを手に取りその場を後にする。
軍の中にはたまにそうゆう人も居ると聞いた事があったが、まさか自分がそのターゲットになるとは…
アイラが侍女に教えていた護身術がこんな所で僕の役に立つなんて。
因みに僕は攻撃魔法より防御魔法の方が得意な上に腕力には自信があったので握り潰した。
絶対アイラにはバレない様にしよう。
間違いなく笑われる。
暫くありとあらゆる所に気を配りながら歩く。
ラッサ隊員は随分と見かけていないので行き渡ったのか?最後に南側の村寄りを見て帰ろうと歩みを進めていると
「なぁ。捕虜の食事ってどうなっているんだっけ?最後にあげたのいつなんだ?」
「知らねーよ。とりあえず見張ってればいいだろ」
捕虜?
この大きな天幕には捕虜がいるのか?桶を片手に前へ進む
「おい!お前!ここは立ち入り禁止だ」
「スミマセン。ここに水を持って行く様言われたので」
「そうなのか?まぁ水くらいは飲ませてやらないとな。気をつけて行けよ」
「失礼しまーす。お水持ってきました」
中には縄で縛られた人が20人程いた。
薄暗いけれどみんなラッサ隊隊員…うん?
リシャールさん⁈なんで捕虜?
1人だけ縄解いていてヒラヒラと手を振っている。
しかもみんなから遠巻きにされているし。
一応1人1人に水を与えながら小声で助けを呼びますからと伝え最後にリシャールさんの元へ行く。
「何やってるんですか!」
言い方はキツいが小声だ
「あの後すぐ捕まっちゃって。良かったよあそこで君と別行動にして。一緒に捕まったら殿下に笑われてしまう所だった」
何て呑気な。
しかも笑ってるし。
「でも丁度良かった。そろそろだからね」
何が?
と思っていたら外が急に騒がしくなってきた。
「来た来た」
そう言うとリシャールさんは地面に手をつき目を瞑った。
あれ?見た事ある様な無い様なと思っていたらみるみる内に地面が天幕に沿って盛り上がってきた。
壁⁈ここに⁈あっと言う間に天幕の中は土で覆われてしまった。
「何するんですか⁈」
「あぁ。暗いよね」
リシャールさんが何がしたのだろう。
何ヵ所かに灯りが灯る。
「あぁ。空気穴も開けないとだよね」
天井付近に子供の拳くらいの穴を3つ開けると外からの怒号が聞こえてきた。
「うわー助けてくれ」
「早く逃げろ」
「あんなでかい魔獣見たことねぇよ。戦うな!逃げるんだ」
同時にあちこちからドカンだのバキバキだの只事では無い音がする。
リシャールさんは隊員達の縄を解きながら
「大丈夫だよ。これ殿下の作戦だから」
どうゆう事?
隊員達も固唾を飲んで聞いている。いや、これは…違うぞ
「みなさん大丈夫です。この方は魔法使いのリシャールさんです。
味方です。僕達ディラン殿下の指示でここに来ています」
一瞬でこの場の緊張が解けた。
「ディラン殿下はここにきているのか?」
「はい。さっきまで一緒にいました。ラッサ隊や殿下の隊員の人を塀の中に入れるべく動いて下さっています。そうですよね?リシャールさん」
「ん?そうそう。ディラン魔物の巣の仮封印剥がしてこっちに魔物追いやってるよ」
「はい⁈」
「とりあえずここの人を蹴散らすって言ってた。殿下隊隊員ならきっと察して逃げるだろうって」
すると殿下隊の隊員達から
「うわー!出たよ。殿下の適当作戦」
「あの人たまに無茶苦茶するよな」
「察しなかったらやべえやつじゃん」
出るわ出るわ殿下の不平不満。
嫌われているのか?
「ま、そんな気がしてたからな。俺は」
「俺だってそうさ」
「こうやって魔法使い寄越す辺りやっぱ殿下っぽいしな」
いや、慕われているの…か?
昔から思っていたけど、殿下隊のみなさんは、とても気さくと言うかざっくばらんと言うか。
少なくとも 他の隊の人は貴族然としている人が多い中かなり変わった人が多い印象だ。
ラッサ隊も似たり寄ったりだけど、ラッサ隊は元々腕っ節の強い料理人を殿下が集めたのが成り立ちだから。
準殿下隊みたいなものだし。
「やあ。ディランの事皆んなよくわかってるね。そうなんだよ。ディランたまに無茶苦茶するんだよ」
リシャールさんは殿下隊隊員と仲良く打ち解けてしまった。
ラッサ隊隊員は上からの音に多少怯えてはいるが至って冷静さを保っている。
ここにラッサ隊長がいれば違うのだろうけど。
「それでリシャールさん、この後どうするのですか?」
「え?知らない。ディラン作戦ここまでしか立ててなかったし」
「だぁ〜」とか「えぇ⁈」とか「なんじゃそりゃ」とか聞こえてきたが、僕がそう言いたい。
魔物をここに追いやって敵を蹴散らすのはいいとは思う。
でも、それだけって。
リシャールさんがたまたまいて捕まってくれてたから、僕達はこうして守られているけどそうじゃなかったら…
たまたま?もしかして…
バッとリシャールさんを振り返ると
「フレデリック君察しが良いねぇ」
!!
「始めからあそこで別行動の予定だった?」
「惜しい。あれはたまたまマズイ奴見かけたから。本当はある程度隊員を見つけた後、君を塀の中に戻して僕1人で捕虜になった人を守るのが僕の仕事だったんだけど…
あの後すぐ捕まっちゃって」
てへっとか聞こえそうな笑顔でリシャールさんは言った。
可愛いくはない
「何で言ってくれなかったんですか?」
段々と自分の目が据わってくるのがわかる。
「だってフレデリック真面目でしょ。僕も行きますとか言いそうだし。
自分1人の方が動きやすかったんだけど、ラッサ隊隊員の顔知らないし」
なるほど。
少し納得してしまった。
でも
「そう言ってくれたら僕だって足手纏いにはなりたくはないから、とっとと塀の中に逃げますよ」
「えー足手纏いなんて思ってないよ。ただ君は肝心な所で何かやらかしそうだよね。野営で爆睡して寝坊しちゃうとか」
⁈
何故それを⁈
侍女達がその後もリシャールやセラに聞かれる度にあっさり暴露してしまった事を知らないフレデリックは動揺した。
「ウチの隊の隊員を馬鹿にしないでくれないか?フレデリックがそんな間抜けな事する訳ないだろ」
「そうだ!料理人としてはまだまだだが、真面目にコツコツ働くヤツなんだぞ」
「野営で爆睡、寝坊なんてする訳ないだろ」
もうやめてほしい。
涙目でリシャールさんを見るとニタリと笑って
「悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだ」
悪寒がした。
何かとんでもない人に弱味を握られてしまった気がする。