20話
「私エアリーと申します。ナディア様の侍女をしております。よろしくお願いします」
「私はグレタです。私もナディア様の侍女で…」
「ん?ナディア?」
「はい。最近ディラン殿下のご婚約されました方です」
アイラは少し考えてから
「茶色の髪の毛で背丈があんた達くらい?」
「…まぁそうですけど」
自国民の女性半分以上が当てはまる。
「ちょっと間抜けと言うか、純粋そうと言うか…作り笑いの上手な?」
エアリーとグレタはバッと見合わせた。
確かにナディアはよく作り笑いをする。
それに気づいたのは最終日の王宮指定の高級宿に泊まった時の大浴場に行った時ではあったけど。
大浴場に行った時の嬉しそうに笑っているのを見て本当はこの様に笑うのだなと。
「どこでお会いに?」
「ん〜4、5日位前かな?夜中近い時間に1人で城内ふらふら歩いてて」
「「お一人で⁈」」
「うん。1人で。怪しいっちゃ怪しかったから声掛けたら、城で働く人用の風呂に入りたいって言うから」
「「ええぇ⁈」」
「コニーと一緒に外風呂に行ったんだけど、髪洗うのも身体洗うのもへったくそだし、髪の毛乾かせないしで笑わせてもらったよ」
ケラケラ笑いながら言うアイラに2人は青ざめた。
話を聞く限り間違いなくナディアに違いない。4〜5日前と言う事は初日か2日目かしら?
3日目は寝込んでいたし。
2日目はセルゲイさんがやってきて殿下からの伝言を伝えに来た時で酷く落ち込んでいたから、行ったのは初日なのだろうか?
扉の前に兵士がいたはずなのに。
「そ、それでその後は?」
「最初に会った所まで送ってバイバイした」
!!
私達の主人は来た初日から部屋を出て、行きも帰りも1人で城内を歩いていた⁈
とんでもない失態だ。
兵士も控えていて自分達もすぐ横の控室にいたのに、しかも言われるまで気がつかなかったなんて。
もしかしたら魔力が無いだけで隠密のスキルでもあるのだろうか?
もし次にあの部屋へ戻る時はもっと厳重に警戒しようと心に誓う。
主人を1人で歩かせるなんてとんでもない話だ。
王宮に戻れればの話だけど。
暫くすると馬車と馬を繋いだからとフレデリックが顔をだした。
「おいアイラ、周り様子のがおかしいんだ」
フレデリックの真顔にアイラも只事ではない事を感じ
「私がちょっと見てくる」
そう言って外に出ていく。
フレデリックは寝台馬車で女性といるのはちょっとと言って御者台へ行ってしまった。
しばらくして戻ったアイラは声を潜め
「ここにはいない方がいい。至る所で仲間内でやり合ってやがる」
「敵じゃなくて?」
「あぁ。ドレナバルの制服を着た者同士でだ。さっきだってそうだったじゃないか」
フレデリックは少し考えこの場から離れる事にした。
馬車にいる2人に軽く説明し静かに出発する。
馬車にエアリーとグレタ、御者台ではフレデリックが手綱を持ちアイラは周りを警戒していた。
喧騒から少し離れた所でスピードを上げとりあえず安全な場所まで行く。
フレデリックの任務はこの2人を守る事。
でもその後は?
この場にアイラを残しておけば大丈夫じゃないか?
自分よりよっぽど強い。
今は大尉達と一刻も早く合流した方が…
「おい!フレデリック!」
一瞬判断が遅れた。
ガタッガタガタッ
馬車は大きく揺れ、ガタンッと止まった。
「なぁにうわの空で手綱引いてんだよ!危ないだろ!後ろ2人大丈夫か⁈」
「「は、はい」」
「とりあえず一旦全員降りよう。フレデリックあんたもだよ」
2人がおずおずと馬車から降りると馬は無事な様だが、馬車は岩に乗り上げてしまったらしく前輪が一つ外れかかっている。
「申し訳ない。お怪我は?」
フレデリックが申し訳無さそうに言う
「私達は大丈夫です。お2人とも怪我は?」
こんな時発言するのは決まってエアリーだ。
グレタは頼もしく思っていると
「アタシらは大丈夫。けど、この前輪直せるかなぁ」
この場に鍛冶屋も大工もいない。
何より
「直した所で何処へ行けばいい?」
落ち込んだフレデリックが言う。
「えーとりあえず王宮に戻れば…」
「あの大隊、王宮が寄越したんだよ。何かある」
「まぁそうなんだけど」
「アイラさっきあの隊自体変だったって言ってたけどどんな風に?」
フレデリックは言いながら前輪をいじり出した。
「んーアタシのいた小隊30人の内半分以上知らない顔だった。
普通どっかで見た事あるな、とかあるんだかけど、全く。
ちなみに中隊長も知らないヤツ何人かいた。
知らない兵士はたまにいても知らない中隊長なんて今まで無かったから」
「益々ヤバい気がするな。アイラそっち持って。それで変だと思った奴らが内部でいざこざを起こしたって感じかなぁ」
「そんなお利口さんうちの軍にいるか?みんなアタシみたいにちょっと揉めたりしたのが大事になって、あ、フレデリック右行って右。それが幾つも重なってって考えた方がしっくりくるって」
真剣な話の筈なのに2人の動作が台無しにしてしている。
ただ概ね2人が言っている内容はエアリーもグレタも理解できた。
「そもそもあの大隊長エバン・グラッド将軍だよ。アタシあいつ嫌いなんだよね」
「あぁやたら威張ってるもんな。アイラ嫌いそうだ。あれ?元老院の誰かの孫じゃなかったっけ?」
前輪を2人で持って車軸にはめる。
ガコン
「あ〜嵌まんない。孫だったっけ?じゃあ王家の敵みたいなもんじゃん。フレデリックもうちょい右だって」
「じゃあ大隊は殿下を助けに来たんじゃなくて…って、えええー⁈」
ガッコン
「うわー殿下と殿下の隊ヤバくない⁈うりゃ」
ガッコン
「「あ、はまった」」
話を聞いていたエアリーとグレタは息を飲んだ。
前輪がはまった事より殿下と一緒のナディアが心配だ。
「っと、はまったけど、どうする?王宮には行かない方がいい。国境に向かうか?」
この場を任されているのはフレデリックだ。
けれど所詮下っ端な自分は今どんな事態になっているのか全容がさっぱりわからない。
とりあえずエアリーとグレタを近くの街に送ってそれから考えようとした所
「お2人はどちらに?」
エアリーが尋ねた
「ん〜王宮は分からなすぎだからな。僕はこれでもラッサ隊の一員だから当初の目的通り国境へ向かうよ」
「では、私達もご一緒してよろしいでしょうか?」
「国境に?」
「はい。国境には殿下がおいでです。ならばナディア様もそこに」
「いや、危ないよ。殿下だって何人も守れるとは限らない。2人が行く事で殿下の負担が増えるのは…」
「いいんじゃない?」
アイラが口を挟んだ。
「おい。何勝手な事を…」
「2人の事はアタシが守ろう。ナディアは見た感じ筋金入りの箱入り娘だよね。
その上なんて言うか、間抜けっぽいと言うか…1人でふらふらどっか行くし。
殿下がどんな人か知らないけど、侍女いた方が絶対良いって」
エアリーとグレタは微妙な顔になった。
そうそう!とは言えない。
だからと言って違いますとも言えない。
「あ、でもアタシナディアの事好きだよ。素直だしおもしろいし」
2人はやっと笑顔になれた。
は〜〜〜
フレデリックは思いため息をついて
「アイラしっかり守れよ。じゃ行くか国境に」
4人を乗せた馬車は街道を避け北西へ進む。