205話
「おはようございます。ナディア様」
「おはよう」
ヒュオーー
窓の外は今日も吹雪いているようだわ。
あれから丸3日止む様子をかけらもみせない。
ベッドもない空き家で雑魚寝のような状態だったので身体が痛くて仕方がないけれど、このままここに住み着くなんて事がない様、毎朝女神様に祈りを捧げる。
身支度を整えてもらい(軍服)下に降りると言い争う声が聞こえた。
「とっととここから出るべきです!食料が持たない!」
「ですからここはもう少し様子を見てからじゃないと命に関わりますっ」
朝から元気だこと…できればUターンしたい所だけど、毎朝顔を出す様殿下に言われているので仕方がない。
コニーさんがノックして扉を開けた。
相変わらず物凄く密集している。そこまで狭い部屋ではない筈なのに人人人…と言うより男男男。ゴツい兵士がわらわらといてむさ苦しい上に空気が薄い気がする。
この人達は一体どうやって寝ているのかしら?
「おはようございます」
一瞬シンとなってから
「「「おはようございます!」」」
一糸乱れず敬礼をし朝の挨拶が返ってきた
「ナディア、ちょっとこっちに」
殿下に呼ばれ人並を縫うように殿下の元に。
「おはようございます。ディラン殿下」
「おはよう。今日も多分動きは無さそうだ。とりあえず二階で待機していてくれ」
やっぱりね。黙って頷くと
「それと、ちょっと話しがあるんだが、ここじゃ何だから後で二階に行く」
殿下がコソっと付け足すように言った
「ええ、わかり…」
「え〜殿下、私達の部屋は男性は立ち入り禁止なんですよ〜。いらっしゃるなら女装して来て下さいねぇ」
ちょっとコニーさん何を言っているの?
「…女装?」
「ええ。で・き・ま・す・よ・ね?」
「…わかった。女装だけでいいんだな?」
「王族の特権って事で許します」
物凄く上から目線でコニーさんが言ったのには理由がある。
実はコニーさんとエアリーはずっと怒っているのだ。
最初は私の半径1メルトンに入る事も許されなかった。もちろん話しかけるなんてもってのほか。
こんなに狭い空間なのに…
翌日は話しをするのは良くなったけれど、必ず私より目線が下になるよう片膝をついて話さなければ許されなかった。もう3日目だから何もなくなったのかと思っていたわ。
最初殿下は一体何をしたの?と思っていたけれど、要するに私を娼館に売った事が許せないらしい
「良くないです!よりによって娼館ですよ!?」
二階に上がり、もういいんじゃない?と言っただけでエアリーはこの怒りよう
「最悪よねぇ。しかもノアときたら、諜報員してるくせによりにもよって敵の将軍経営の娼館に売り飛ばしたのよ?今すぐ殴った後、魔法で吹っ飛ばしたいのに」
コニーさんは拳を握りしめて言っている。
まぁ、最初は安全の為だったけど、オーナー情報まで掴んでなかったって事よね。お仕事はちゃんとしないと
「ノアは後でシメるけど、殿下はそうはいかないでしょ?仕方なく、仕方な〜く罰を与えているのよ」
殿下にとって良かったのか悪かったのか…ラッサ将軍が恐れるブチ切れコニーさんにシメられないけれど、罰と言うよりはおちょくられている。
まぁ…私も腹は立ったけれど2人がこんなに怒っていると、逆にもういいかしら?なんて気持ちになってくる。私の為に怒ってくれるのは嬉しいし
コンコンコン
言ってるそばからノック音。多分殿下よね
「どうぞ」
えっ
黒髪をサラリと揺らし凶悪な顔をした殿下が部屋に入ってきた。服は合うサイズがなかったのかただの布を巻きつけワンピース風に着こなしている。
本当にしたのね…女装
何と言うか、怖いと言うか恐ろしいと言うか…
全く似合っていなくてうっかり笑う事もできない。グレタがやったらもう少し違ったのかしら?
「したぞ。もう許してくれ」
ボソッと殿下が言うと
「私達がここで許しても本国にいるアイラさんとグレタは…殿下、アイラさんに殴られたあとグレタに毛穴を全て塞がれても良いのですか?」
うわ〜エアリーの脅しって現実味があって凄く怖い。
「クッ…」
殿下も何も言い返せないし。笑ってしまいたい気持ちはありつつも、ちょっとだけ可哀想になってきたので
「どうぞ、こちらにおかけになって下さい」
木の丸椅子に案内すると少しだけ安心したように腰掛けた。私ももう一つの丸椅子に腰掛ける。テーブルはないけれど
「昨夜エルザランとグランゼンと話しをしたんだが…手を組もうかと思っている」
意を決した様に殿下は言った。
「元老院の人達とですか?」
何百年と続いている蟠りが解けたの?解けるの?
「いや元老院とではない。グランゼン侯爵とだ」
あの胡散臭い人と…いえ、エルザラン師は角度を変えて見てみろと言っていた。可愛いとも…
殿下は私より先にグランゼン侯爵の可愛い所を見つけたのかしら?
「ここ何日かで知ったのだが、元老院も一枚岩ではないらしい。と言うかグランゼンはアルバナール伯爵を追ってここまで来たそうだ。途中鉢合わせて一緒に行動する事にしたらしいが」
アルバナール伯爵ってテオドール村やハイドン新王都のある所の領主だったわよね?そう言えばここに来ている人の中に名前が入っていたわ。
「ハイドン近くの橋を落としたのもアルバナール伯じゃないかと踏んでいたが、どうやらマルゴロードと通じていたらしい」
「えっ?マッサーラとじゃなくてですか?」
「あぁ。昨夜までの話し合いで確認した事なんだが…マッサーラがやったように見せかけ、ドレナバルと潰し合えば兵力を減らす事に繋がる。そこをマルゴロードが叩けば両国とも潰せるとでも思ったんだろ」
なんだか腑に落ちない。それならば同時多発聖女は誰が得をするのかしら?
「…それでは聖女の量産はマッサーラと言う事ですか?」
確か他国にも現れて嬉しいと言っていたけれど
「お話し中失礼します。聖女量産は多分アリアステの仕業でしょう」
コーデリアさんが話しに割って入ってきた
「コーデリア殿、それは確かなのか?」
「ええ。あの旋律はアリアステの国歌とよく似ています。聖女が沢山いれば戦を有利に進められるとでも謳ったのではないでしょうか?あの歌はそんな風に歌って良い歌ではないのに」
「国歌?アリアステには国の歌があるのか?」
凄い。国の歌があるなんて。シャナルにはそんなもの無かったわ
「ええ。元々はオルスト神聖国が女神アリアステから授かった歌でしたが…オルストと袂を分かった時、歌は奪われました」
歌を奪われる?歌ってしまえばそれまでではないの?自分達も歌うとかではダメなのかしら?
「あの歌は女神アリアステの祈りが込められたメロディと歌詞。それを当時のオルスト聖歌隊に授けてくださったのですが、聖歌隊ごと奪われてしまったのです。あの歌を真似る事はできても正しく歌える者がいないのですよ。今のオルストには…」
悲しそうにコーデリアさんが言った。
「安心せい、オルストの民よ。あの聖女達が歌っていた歌も正しくはなかった。気持ちの悪いズレだったな」
「青龍様は歌をご存知なのですか?」
たまらずと言った風にコーデリアさんが尋ねると
「あぁ、歌を授ける場に我もいた。あの旋律は心を穏やかにする。人も木々も生物も…歌声は澄みきって、例えるならぷっぷの喋る声によく似ておる」
うっとりと喋る青龍様
「「「え?」」」
アリアステ様の歌声はぷっぷちゃんの喋る声…