204話
私はカタカタと震えている。
「ナディア様?私達がいない間、お肌や髪のお手入れをしませんでしたね?」
低く良く通る声でエアリーが言った。
「え?ええ、ちょっと難しい状況だったのよ。言ったでしょう?売られたり逃げたり捕まったり」
「売られても逃げていても、捕まっていても手入れを怠ってはいけません。淑女たる者いついかなる時もです」
そんな…厳しすぎる
「私達がいつも言っている…」
エアリーのお小言を聞きながら、先程の会議を思い出していた。
「と言う訳でローラン・ド・マイヤーズ、詳しく話しを聞かせてもらおうか」
グランゼン侯爵は昔話しはもう終わりと言わんばかりに兄様を拘束しろと指示を出した。
「え?詳しくも何もさっき言った事が全てだよ」
「旧王都でいつ誰が渡したとか聞きたい事は沢山ある」
「え〜…誰って…あ、ドレナバル人だって言ってましたよ」
…ドレナバル人ですが、コレをマッサーラまで運んでくれたらこの金貨差し上げますよ。と言われて運んでいたと?
我が兄ながら神経を疑う。
「あ、でも最初にその話しを聞いたのはカルモ王国でしたよ。小さい国だけど色んな国の交易拠点みたいな所だから、ナディアの事何か聞けないかなぁと思って立ち寄った時に」
またカルモ王国…ミラちゃんの出身国だったわよね?などと思っていたら
はぁ〜〜周りから過去一番のため息が一斉に吐かれた。
「ナディア、お前の兄上大丈夫か?」
コソっと殿下が聞いてきた。
「どうゆう意味です?」
「…お前も知らないか」
シャナルにいたのよ?知っている訳ないではないの!と喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。何も沢山の人の前で母国を貶すのは憚られる。
「カルモ王国は色々な国の交易拠点であるが、同時に黒い産業、あ〜…密輸や暗殺を請け負う拠点でもあるんだ」
…兄様知っていた?
…いや、知らない。
私達は目と目で会話した。
困ったわ。兄様真っ黒ですわ。
「そんな訳で婚約者様、兄君はお預かりしますぞ」
「…はい…」
「ナディア!?」
仕方ないじゃない。庇い様もないのよ。
ナディア〜と叫びながら隣の部屋へグランゼン侯爵に連行されて行った。
「さて殿下、我々ももう休んで…」
エルザラン師が口を開くと遮る様に殿下が口を開いた
「エルザランはずっと中立でいるのだと思っていたんだが?」
「私は中立ですよ。元老院に肩入れしている訳ではありません。ただグランゼン侯爵はああ見えて愛国心と正義感の塊でしてね。旧王都の体たらくを随分前から嘆いていたのだよ。自分が何とかすると言う彼の手助けをしたまでです」
あの感じの悪い人が?
「ナディア様は彼の事がお嫌いの様ですが、少し違う角度から彼を見てみて下さい。多分可愛いとお思いになるかと」
可愛い!?しかも私の表情に出ていた!?
「い、嫌ですわ。エルザラン師、私は別に何とも…」
「ほほ、なら私の勘違いですかな。さて、話は兄君の話しを聞いてからになるだろうから年寄りはもう休むとしよう」
そう言って4人のローブを羽織ったお供を連れ階段を上がって行った。
あら?確か二階にはニ部屋…と言う事は残るはこの広目のリビングと二階に一部屋。
ここには殿下達の他にもグランゼン侯爵が連れてきた数名の兵士やら…
「では私達は二階のもう一部屋に女性だけで固まって休みましょう」
そう言って席を立つと
「馬鹿を言うでない。二階に暖炉が無いではないか」
私の頭上から声がした。
「では青龍様はこちらでお休み下さい」
にこやかに答えた。
やっと私の頭上からいなくなってくれるのよ。優しくもなるってものよ
「我とぷっぷを引き離すのか?」
「え?ではぷっぷちゃんも一緒にここで…」
「たわけ!ぷっぷを他の男達と一緒にはできん。この暖炉が付いている広い部屋を所望する」
えー!?青龍様ワガママ過ぎる。
「でも…」
ダンダンダン
今度は何!?と思うと同時に入り口の扉が開いた。
「グ、グランゼン侯爵は!?エルザラン師は!?」
見知らぬ兵士が入ってくるなりそう叫んだ
「グランゼンは隣の部屋で取り調べ。エルザランは上でもう休んだ。何事だ?」
対応してくれたのは殿下。
「ふ、吹雪出して…魔法や魔道具でも厳しくなってきて倒れる者も…」
震えながら兵士が言うと
「何人いる?全員この部屋に集めろ」
細く開いた扉の隙間の向こうは確かに横殴りの雪
「は、はい。ありがとうございます!」
兵士が外の人を呼びに行った後、殿下は隣の(仮)取り調べ部屋へ行き
「取り調べは中止だ。吹雪だした。部屋を空けろ」
「他に言い方はないのですか?帝国の皇太子ともあろう人が」
う〜ん…違う角度から見ても可愛いとは…
「ナディア様?エルザラン師が仰っていた角度とはその様な事ではないと思うのですが…」
え?椅子の上に立ち上からの角度ではないの?なら下の角度からかしら?しゃがんで見上げた所で兵士が戻ってきた。
総勢20名引き連れて。もう部屋の中はみっちみちで熱気さえ感じる。
「ナディアよ、もう良い。上へ参ろう」
あら、青龍様諦めた。
まぁこの空間ムンムンしていて…ねぇ…
私達はこっそり上へ上がり一部屋確保し今に至る。
「ナディア様、ノア様やコンラッドさんからも話しをお聞きしました。…本当に、本当に良かった…」
「エアリー…」
震える彼女の手を握りしめた。こんなに心配してくれる人がいる。何て幸せな事なのでしょう…
「ナディア様。今すぐ着替えて下さい。帽子も被ってくださいね」
うん?パーテーションの裏に連れて行かれ強制的に着替えさせられた。
「エアリー?」
「ナディア様。この先もどのような危険があるとも知れません。とりあえず軍服にもグレタと刺繍を入れておいたのです。この軍服を着て帽子を被れば御身は安全ですから」
御身は安全かも知れないけれど心の安全も守って欲しい。軍服に施された奇抜な刺繍を見てそう思った