1話
シャナル王国から2つ国を挟んであるその国ドレナバル帝国。
大陸の西側、大きな港を2つ抱えているこの大陸3本の指に入る大きな国で鉱山を持ち魔法使いが多く生まれる豊かな国。
以上がこの国の情報だ。あまりに情報が無さ過ぎる。
父は父なりに私の事を考え、このままシャナルで結婚しても私の噂は一生付き纏う。
なまじ相手が皇太子だっただけに誰と一緒になっても格下になってしまうし貴族でいる限りマーシャルとアイリスの事をずっと見続ける事になる。
そう判断し、父は他国へ活路を見出した。父は軍人だけれど、ほんの少し他国と交流もあった様だ。
ただ、何故帝国程の国の皇太子が婚約者もなく離れた王国の一公爵令嬢との縁を結ぶ事を了承したのか疑問しかない。
「誰か何か聞いた事はないか?」
父が持ってきた縁談なのに父は言った。
手当たり次第釣り書きを送った事が伺える。
メイドも侍女も下がらせた父の執務室には父、母、上の兄カールと私しかいない。次兄は遊学中だ。
「婦人会でも聞いた事ないわ。ドレナバル産の宝石をファービル伯爵夫人が持っていると聞いた事はあるけど」
「僕もないです。キリタリス伯爵の子息がドレナバル産の宝石がついたカフスをプレゼントされたと言ってた以外は」
ねぇ、宝石の産地って今そんなに大事?
「私も色々と当たってみたが、後継が皇太子1人のみで他に姫が何人かいる位しか情報は得られなかった」
父上が言った。
もう一度言う。
父上が持って来た縁談なのに
「鎖国している訳ではないのですよね?」
思わず口から出てしまう
「この大陸で今現在鎖国している国はない」
絵姿すら無く名前がディラン・ビィ・ドレナバルとしか聞いていない。年齢は13〜28才って…
もしかしたら本気で私を嫁にと思っていないのかもしれない。良い所側妃ではないだろうか。
それでも
「お父様。ありがとうございます。後は私自身で知って行きます。」
「本当に良いのか?側妃かもしれんのだぞ」
だから、父上が持って来た縁談!
「はい。この国にいるよりはドレナバルへ行きたいです」
逃げるのかと聞かれたら「はい。そうです」としか言い様がない。
だって私はここに居たくないのだから。
修道院へ行かないまでも、シャナルにとどまりいずれ誰かの元へ嫁いでそのまま生活をする事も勿論考えた。
だけど厳しいお妃教育を乗り越えて、自分が目指していたものを他の誰かがこなして行くのを指を咥えて見ているだけなんて私には出来そうにない。
それだったら見知らぬ国へ行ってお飾りの妃の方がマシな気がする。
子供バンバン産めるだけ産むとか。
孤児院への慰問を毎日こなすとか。
側妃だったとしても何がやれる事を探そう。
そんな事を説明すると、父はふむ、、と唸りながら暫く腕を組んで考え込んだ後、先に部屋に戻ってもう休みなさいと言葉をもらい私は部屋へ戻った。
翌日ナディアの気持ちはわかったと言葉をいただき、そこからこの縁談がまとまるまであっという間だった。
僅か2ヵ月。
早馬を飛ばしたとしても早すぎる。
正式なものではないけれど、他国なので向こうへ着いたら正式な婚約をする。
普通どこの国でも皇太子の結婚ってもっと慎重に進める気がするのだけど、マーシャル殿下の件もあるからそうでもないのかしら?
旅立つ日我が家からわざわざ王宮に一度立ち寄ってからの出発となった。
帝国の迎えの馬車も王宮で待機している。
何でもお見送りをするだとか何とか。
別にお見送りなんていらないのに、とは思ったものの今まで国交も無く一応王家の縁戚に当たるナディアの旅立ちはこじんまりという訳にいかなかったようだ。
慣れ親しんだ公爵邸に別れを告げ王宮へ向かう馬車の中は両親に加え兄と昨夜遊学から戻ってきた次兄もいた。
かなり狭いが次に家族全員で集まるのはナディアの結婚式だ。自国ではもうないだろうとナディアは少し寂しい気持ちになる。
「ナディア、これ」
次兄のローランがメモを寄越してきた
「これは?」
「遊学先で聞いて回ったんだ。」
開けてみると
・名前 ディラン・ビィ・ドレナバル
・身長 不明
・体重 不明
・家族 父、母、姉、妹(姉妹は嫁ぎ済)
・年齢 13〜28才
・性格 情報なし
・備考 婚約破棄3回婚約解消4回
ちょっと待って。上の方の情報いる?
名前が濁り過ぎ!
ってそうじゃない。最後にとんでもない事が書いてある。絶句していると父がメモも引ったくり愕然としていた。
「なっ、なんだこれは!」
「いやー、中々情報少なくてそれだけ集めるのがやっとだった。ナディアここに嫁に行くって勇気あるな」
ローランがヘラリと笑いながら言うと母がすかさず持っていた宝石がガッツリハマった扇子で殴った。
「何でもっと早く言わないのよ!」
言いながら殴り続ける。
「は、母上痛い痛い。ちょっとやめて」
「ナディア今からでも遅くない。取りやめにした方がいいんじゃないか?」
1人だけ冷静なカールが言う。
私もそんな気がしてきた。だけど馬車は王宮に到着してしまった。
外から扉が開き降りるよう促される。
嫌だ降りたくない。と思い顔上げた瞬間マーシャルとアイリスが微笑みあい仲睦まじい様子が目に入った。
「ありがとう」
気が付けば御者に礼ま言って手を借り馬車から降りていた。やっぱりこの先この2人を見続けるなんて無理だわ。
そんな気持ちが勝ったのだと思う。
後ろでギャーギャー言っている気もするが、御者から宰相に手を渡されそのまま王宮入口の1番近いサロンへ案内される。
思い出せば王妃教育で1番厳しかったのよね。この宰相。
2人の事はとりあえず無視した。
サロンのソファに座っていた陛下の前へ行きカーテシーをする。
「この度は私のためにお時間を頂きありがとうございます。お見送りまでいただけるとあって恐悦至極にございます。」
怒りって凄い。スラスラと言葉が出てきた
「よい。面を上げ顔を良く見せておくれ」
そこにはいつもの王様然とした表情ではなく幼い頃良く見た親戚の叔父さんの顔があった。立ち上がり挨拶のキスを交わすと
「身体に気をつけて過ごすんじゃぞ」
「本当にこんな事になってしまい申し訳立たないわ。私はナディアちゃんの事本当の娘の様に思っていたから」
マティーニ王妃様が横から来て私の手を握る
「ありがとうございます。私も本当の母の様にお慕いしていました。此度はとても残念な事ではありますが、私なりに精一杯ドレナバルの国でこの国の事を宣伝して参りますわ」
王妃様は泣き笑いの表情で
「そうね。ナディアちゃん。ナディアちゃんならばきっと何とかするし、なりそうね」
私達が手を取り合って別れを惜しんでいるといつの間についてきたのか
「ナディア。元気で。とても豊かな国と聞いた。本当に良かったよ。幸せにな」
ちょっと待って。
「マーシャル殿下。私共はもう婚約者同士ではありませんので呼び捨てはちょっと」
「えっ?あっそう…か…」
マーシャル殿下は戸惑ってそう答えた。
「ナディア様、マーシャル殿下は幼馴染のよしみで呼び捨てなさったのです。元婚約者だと意識し過ぎじゃないですか?」
プチ。
アイリスがそう言ったとき私の中から何か聞こえてきた
「聖女アイリス様。貴族社会では赤の他人を呼び捨て等と言うのは非常識な事です。この先会う事もないでしょうが改めて頂かないと。」
「赤…の他人?」
驚いた様にマーシャル殿下が呟いた。正確には遠い親戚だけど
「非常識?」
聖女アイリスも呟く。
そうです。赤の他人で非常識です。喉元まで出かかったけど飲み込んだ。
しばらく陛下達と別れの言葉を交わし
「それでは皆さまご機嫌よう」
一刻も早くこの場を立ち去りたい。
「あ、あぁ。そうなだな。ドレナバルの方々がお待ちしておる。ナディア、ワシらからの餞別だ。」
そう陛下が言うと王妃様が掌にリボンのかかった箱を乗せてきた。
「ありがとうございます」
そう言って家族に最後の別れの挨拶をし、ドレナバルの集団と合流する。
「ナディアです。道中よろしくお願いします」
そう言って見回すと隊長らしき人や騎馬隊の兵士達が
「はっ!最大限安全と快適さでナディア様をお連れ致します」
一糸乱れないその姿はある種荘厳さすら感じさせる。
馬車は綺麗な装飾が施され、馬には角付きの兜が被らされ何だか可愛いさすら感じる。きっと大国なだけあって色々な所にお金もかけられるのでしょう。
馬車に乗り込む時、マーシャル殿下が何か言いたそうにしている雰囲気はあったけど一切見なかった。
と言うか見られなかった。