196話
神々しいと言えば神々しい。禍々しいと言えば禍々しいその雲と光はどんどんと近づいてくる。
「すごいな」
「すごいですわね」
勿論私達はこのどさくさに紛れこの場から逃げている最中だ。みんなあちらに気を取られ、誰も私達を追って来る者はいなければ旋律も聞こえてこない。
そうは言ってもこの結界がある限り敷地から出る事はできないのだけれど。
人々が敷地内の正門前に殺到しているので私達もそちらに向かった。木を隠すなら森だ!の殿下の一言で。
みんな!上なんか気にしないで正門に向かいなさいよ。そしてあわよくば正門を開け放つ様誰かに訴えてほしい
「開けてくれ!」
「助けて!」
「押すな!」
みんなあの怪しい雲から逃れようとどんどんと正門前に押し寄せる。王宮側もこのまま放置なんてしないでしょう?と思っていたら
「皆の者!落ち着いて!!この結界は中から出られないと同時に外からも何者も侵入はできない!ここにいた方が安全だ!!」
オーナー将軍が魔道具でも使ったのか辺りに響き渡る大きな声で叫んだ。
「チッ…まずいぞ」
殿下の舌打ちは周りの歓声にかき消され、みんなゾロゾロと正門から離れ始めた。
「仕方ない。行くぞ」
え?え?戻るの?戻りながら私達は身なりをうっすら整えた。
整えると言っても私は三つ編みを解き殿下の魔法で金髪にし、殿下はボサボサな髪をセンターで分けピッチリさせ赤毛に。ちょっと陛下っぽい。
外套なんてみんな似たり寄ったりでどうせわからないでしょうしなんて思っていたら
「ナディア、金髪もよく似合ってるね」
振り返るとローラン兄様
「ロッ…」
いけない。ここで大声は目立ち過ぎる。だいたい何故ここにいるのよ!
「ナディア達歩くの早くて置いてかれるかと思ったよ。危なかった」
「危ないのはローラン兄様でしょ!何故こんな所に?しかも王族扱いで」
小声でボソボソ喋る
「え?公爵家なんだから元を辿れば王族じゃない?ひぃばーちゃん王家の娘だったし」
そんな薄い血で王族扱いを受け入れるなんて。
「あ、こちらがナディアの婚約者?初めまして。ナディアの兄ローラン・ド・マイヤーズと申します。妹がお世話になってます」
ローラン兄様が殿下に挨拶をしだした。こんな所でこんな時に歩きながらするものじゃないでしょう!?
「いや…こちらこそ初めまして。ディラン・ビィ・ドレナバルだ」
殿下まで!?
「ナディア、カッコいい婚約者だな。年も釣り合ってそうで良かったよ。ところでいつ罪人になったの?」
「やめてよ。していません!」
真っ白とは言わないけれど、処刑される程でもないはず。
小さな声とはいえそのような話しをこんな所でしないでほしい。私の方こそ質問が盛りだくさんなのに!
「せっかく兄上に会えたのだから募る話もあるだろうが今はこっちに集中しよう」
ほら!殿下に諭されだじゃない!
ローラン兄様は昔からネジが10本くらい足りない。
子供の頃は面白くて大好きだったけれど、年を重ねるに連れその圧倒的な非常識さに徐々に距離ができてきた頃アカデミー卒業と同時に遊学してくると言って家を出てしまった。
結婚前馬車の中で話しをしたのがかれこれ3年振りだったのにこんな異国の地で、こんなシチュエーションで会うなんて。
広場の一般市民席にたどり着いた頃
「キャー!何か出てきたわ!」
再び騒然となる広場で私達も上を見上げた。ドロンドロンとした雲の合間から黒く大きな影が降りてくる。アレは何?鳥?ウィンディアさんの鳥にしても大きいわよね?見た事もない生き物?
「お〜!!あれドラゴンじゃん!かっけーー」
ローラン兄様の一言で周りはパニックに陥った。
「ド、ドラゴンだと!?」
「キャー!!」
「落ち着け!俺たち結界に守られてるんだ」
あれがドラゴン…呆然と見上げていると結界の膜の上に降り立った。
グオォォー
その場を切り裂くような咆哮にいち早く反応したのはぷっぷちゃんだった
「ぷーーー」
獣同士通じるものがあったのかしら?なんて呑気な事考えていたら
「何だ!その生き物は!」
「ソイツがあのドラゴンを呼んだんじゃないか!?」
「コイツらさっきの罪人じゃねーか」
まずい。非常にまずいわ
「ナディアこっちだ!」
殿下に手を引かれ走り出すもあっという間に人に囲まれ、殿下も一般市民に魔法をぶつける訳にもいかず立ち止まってしまった。
そこにオーナー将軍とマッサーラの陛下、が人々の間を割くように現れた
「とんでもない悪党だな。まさかマッサーラにドラゴンを呼び寄せるとは」
呼び寄せてなんかいないと言った所で聞いてはもらえないのでしょう。
「もういい。魔物共々さっさと首を落とせ」
「ハッ!」
グオォォー
再びドラゴンが咆哮を上げると共にキラキラと何かが落ちてきた。見上げると結界の膜が細かくなってパラパラと崩れている
「ドラゴンが結界破ったぞ!入ってくる!!」
バサッと大きな翼をはためかせながらドラゴンは結界な中に入ってきて何かを探しているようだ。
すぐさま殿下は手に魔力を集め始めたけれど先程使ったばかりですぐには溜まらないらしい。
首を落とされようがドラゴンに食べられてしまおうがもう大差ないけれど、まだ首を落とされる方がマシ!と走り出そうとしたらドラゴンは私達と将軍や陛下の間に降り立った。
よりによって何故ここに降り立つの
「せっ、聖女達は何をしている!はや、早く何とかしろ!」
陛下は周りの兵士に抱えられ叫びながらどんどんと後退し始めると同時にまたあの旋律が聞こえてきた。
「フン、我にはそんな不愉快な音を聴かせるな」
え?今ドラゴンが喋った?
ドラゴンが言うなり離れた場所で歌っていた聖女達に向かって火を噴いた。
「ギャー」
「逃げろ!」
再びパニックになった広場でドラゴンが私を見ている。た、食べられるのかしら?もう恐ろし過ぎて足が全く動かない。殿下が私を抱えようとした時
「そなたが我の番か?」
再び声が聞こえてきて一瞬にして辺りは静寂に包まれた。
ドラゴンは私をじっと見つめ
「いや、間違いない。そなたが我の番だ。探したぞ」
わ、私?私がドラゴンの番?番ってあの番?
…人とドラゴン?