185話
途中からディラン視点になります
「え?え?何かあったのですか?今私も急いで服を着るので…」
「いいの、いいの!大丈夫!ちょっとお腹の調子が悪いなぁなんて。じゃあまた後で!」
言いながらその場を離れたけれど、あぁ咄嗟の言い訳がお腹の調子はないわよね。
でもそんな事言っている場合ではない!道を少し外れ大きめな木の下で服の中からぷっぷちゃんを取り出すと
「ぷぷ…」
「ぷっぷちゃん!?死んではダメよ!しっかりして!」
「ぷ〜〜」
「ぷっぷちゃん!ぷっぷちゃん!」
ぷっぷちゃんは物凄く苦しそう!どうして?何かの病気?半泣きになって身体をさすっているとある事に気が付いた。
ぷっぷちゃんのお腹こんなに膨らんでいたかしら?まさか…
「もしかして、陣痛?」
「ぷ」
多分今「うん」と言った気がする。大変!お湯を沸かさなければ!いえ、ちょっと待って。人ではなく卵なのだからそれでは茹ってしまう!思い出して!思い出すのよ私。シャナルでメイド達が言っていた…赤ちゃんを産む時は…
「ぷっぷちゃん!ヒッヒッフ〜よ!」
待って待って。ぷっぷちゃんは卵を産むのよ!
自分で何を言っているのかわからなくなってきた。
……とりあえず冷静になろう。
まずここはダメだわ。ただ横道に逸れただけの林にある木の根元だ。卵が産まれようが具合が悪かろうがここではない!
かと言って娼館はカーテン一枚隔ててミラちゃんがいる。これはもう宿屋に戻るしかない。
ミラちゃん達に心配かけないよう、明日朝にでも親が見つかったと伝言を入れておけばいいでしょう。
私は急いでぷっぷちゃんを服の中に入れ外套の前をしっかり閉めて足を踏み出した。
…何故道がないのかしら?ちょっと道から外れた所でぷっぷちゃんを出した筈なのに。
空は薄らぼんやり月明かりがあるだけで星一つ見えない。進む所を間違えたのかもしれない。
回れ右をして木があった所へ戻って今度は違う方向に向かおうとするも気がつけば周りは木だらけになっていた。
おかしい…道どころか元の木の場所すらわからなくなるなんて。もしかしたら何かしらの魔法や呪いかもしれない…
先程芯まで温まった身体は冷え切って髪の毛はタオルで拭いただけだから既に凍ってしまっている。このままでは私もぷっぷちゃんも死んでしまう。
私は薄らぼんやりした月明かりの元、せめて風だけでも防ぐ場所がないか目をこらした。
アレは崖かしら?岩場の様なゴツゴツしたシルエットっぽい。風向きによっては防げるかも知れない。
私は走り出した。泣きそうだけれど、ここで泣いたら涙も凍る!
大体お伽話とかロマンス小説ではここで助けが来たりするのではないの!?
不安が怒りに変わる頃崖らしき所に辿り着いた。
風は防げるけれど、寒さはちっとも変わらない。ガチガチと歯を鳴らし崖沿いを歩くと少し窪んだ場所があった。
洞窟と言う程奥行きはなく風が全く無いだけで少し温かい気がする。一番奥まで行き壁に手を触れるとやっぱり温かい。
理屈は全くわからないけれど、これなら凍死は免れるかもしれない。
外套のボタンを外し服の中を覗き込む。ぷっぷちゃんは相変わらずハァハァ言いながらグッタリしている。私の服の中にいた方が良いわよね?
そのままズルズルと座り込みこの先どうしようか考える。まず殿下達と合流し、コーデリアさんにぷっぷちゃんを診てもらわないと。コーデリアさん、分かるわよね?
あら?お尻の辺りが暖かいような?
ハッと気づきすぐ横を掘ってみるとやっぱり温かい。これは…砂風呂と同じ原理で地面が温かいかも。
急いで窪みから出て月明かりを頼りになるべく尖った石を手に再び窪みの奥へ行く。
ガッガッガッと親の敵のごとく地面を掘る。うっすら温かいだけでは私もぷっぷちゃんも死んでしまう。
自分が横になり膝を曲げれば入れる程掘ったところで胸元からぷっぷちゃんの顔だけ出し掘った土を自分にかけていく。
これで砂風呂並みの温かさになるのかわからないけれど、座っているだけよりマシよね。
一通り自分に土をかけぷっぷちゃんを見るとハァハァからフーフーに少し呼吸が落ち着いたように見える
「ぷっぷちゃん大丈夫だからね。死んではダメよ」
私はそのまま目を閉じただただ時間が過ぎるのを待った
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「いなくなった!?」
その一報がもたらされたのは俺とノアがアジトと化した宿屋へ戻った途端だった。
「いなくなってから少なくとも丸1日は経過していて…」
コンラッドは神妙な面持ちで言った。
こんな事ならあの時ノアの作戦に乗るんじゃなかった。
作戦会議が一通り済んだ後
「ディラン、ちょっとちょっと」
手招きをされ耳を傾けると
「コンラッド達は魔道具外す方法を探しに行くんだろ?ナディアサマ俺らとフーネリアに行くって事?」
「ぷっぷの事もある。1人にする訳にはいかないだろ」
「う〜ん…いや、そうなんだけど…フーネリアの方が危険だろ」
それは勿論そうなのだが…チラリとコンラッド達を見る
「あの怪しげなグループにナディアを入れたらどうなると思う?」
そう、怪しげなのだ。コンラッド達は。
魔封じの輪っかの周りにあるギザギザしたのがどうにも邪魔で、変装どころか普通の町人にもなれない。
仕方なくとは言え白い布を頭に巻き普通の町人の服を着せてみたらどうにも違和感しかない。1人ならともかく3人でいると怪しげな団体の勧誘っぽい。
そこにナディアが加わると怪しげな団体の人質にされた可哀想な町娘が出来上がり、4人で歩いていたら憲兵に声をかけられるのは間違いない。
「あ〜…怪しさ満載で憲兵とか自警団に話しかけられるんだろうな…でもフーネリアで何か事が起こった時俺1人で2人を守り切れるかどうか…って、そうか!」
何を閃いたのかノアが目をキラキラさせて
「ナディアサマ、娼館に売るってのはどうだ?」
「は?」
「いやいや!そんな目で睨まないで。本当に売るんじゃなくて、一旦売ってすぐ取り返しに行けばナディアサマ安全じゃ…」
「ふざけんな!何で娼館に…」
「シーー!声デカいよ!」
声もデカくなるだろう。何を馬鹿な事を。頭に来てその場を立ち去ろうとすると
「あの娼館マッサーラの貴族で近衛隊長もやってるヤツがオーナーなんだ」
だから何だ!再び声を荒げそうになった所でノアに口を押さえられた。
「フガッ!」
「すっごい堅物で働きたい者だけを雇う所で有名なんだ。売られたり攫われたりした娘はその近衛隊長が徹底的に洗う。」
一瞬だけ動きを止めると畳み掛けるように
「売られて直ぐ働く事なんてあの店に限って絶対ない。考えてみろ。ある意味一番安全じゃないか?」