184話
店が本格的に始まる前に食事を済ませ私とミラちゃんは部屋に行く事になった。久しぶりのまともな食事についおかわりしてしまった。
「お部屋は私と同室です。カーテンで仕切ってあるのでプライバシーもバッチリですよ」
「そうなのですね。よろしくお願いします」
「私はこれからお風呂へ行くのですが、どうしますか?ここでタライにお湯を張ってもいいですし…」
「行きます!!」
ここはお風呂もあるのね。湯船なんて久しぶりだわ。
「では一緒に行きましょう。外は寒いのでちゃんと防寒してくださいね」
防寒?外?タオルや石鹸をカゴに入れ出発するとミラちゃんはランプを手に娼館を出てしまった。
「ミラちゃん?お風呂はどこに…」
「この先の小さな川沿いに地面からお湯が出ている所があるのです」
そ、それは、まさか…
「温泉と言うらしいのですが、ナチョスさんご存知ですか?」
キャー!!こんな異国の地で温泉に入れるなんて!私はブンブンと首を縦に振ると
「ナチョスさんマッサーラ出身なのに珍しいですね。この国の人はあまり知らないのに」
「え?えっと…ほ、本で読んだような?」
何ですって?知らないの?この国の人達どうかしているわ。
「この町の人もせいぜい昼間に馬を入れたりするくらいで夜はだれもいないのですよ」
馬が温泉?なんて贅沢な馬達…
「ミラちゃんは何故知っていたの?」
「私は元々カルモ王国出身なのです。小さな国なのでナチョスさんはご存知ないですよね。カルモ王国は温泉がいくつかあって」
カルモ、カルモ…どこかで聞いた事あるわ。あ!通ったわ。ドレナバルに行く途中で通ったじゃない。雨で足止めされた所!
ああぁ…知っていたら温泉に入ったのに!3日も足止めされたのに!もっと早くエアリーやグレタに心開いていたら入れたかもしれないのに…あら?ちょっと待って
「そんな遠くからここにきたの?」
「ナチョスさんご存知なんですか?」
「え?ええ。まぁ。本で読んだような?」
今の私はただの村娘だったわ。
「3年くらい前に父が事業に失敗して、家族で親戚を頼ってコバネルと言う国に引っ越ししたんです。そこで新しい事業を立ち上げたのですが、事業が上手く行った途端親戚のおじさんに騙し取られた挙句馬車が崖から落ちて父も母も亡くなってしまって…おじさんにあの娼館に売り飛ばされたのです」
ヤダ!泣きそう。ミラちゃんこんなに小さいのに波瀾万丈な人生だったのね!大変だったでしょうに
「でも私が売られた経緯を聞いたオーナーが不審に思っておじさんの所を捜査した所、数々悪事が露呈したのです。」
「まぁ、それでおじさんは捕まったのよね?ミラちゃんは娼館で働かなくて済むのではなくて?」
良かったわ。きっとミラちゃんはこの先あの娼館から出てどこかの家の養女とかになるのかしら?
「いえ、おじさん一家はその場で処刑されました。」
え?
「その結果おじさんの所有していた財産は全て私名義になったのですが、資産を持っていると孤児院に入れないのです。なのでオーナーの養女にしていただきました。今はあの娼館の次期オーナーとして勉強中なのです」
うん?おじさん一家は皆殺し…あら?ミラちゃんは資産家?次期オーナー?ミラちゃんとオーナーは親子?
………私まずくないかしら?こんな所でのんびり温泉に入ってる場合じゃないわ
「だからナチョスさんも心配いらないですよ。あの娼館はその道で働きたい人しか雇わないですから。売られてこようものなら、オーナーが徹底的に潰してくれます」
ダメダメダメ!このままでは私達が潰される!さっさと逃げ出さなければ!情報なんか他に得る手段があるはず
「ミ、ミラちゃん?私ちょっと用事…」
「さぁ。到着しました。さっぱりしましょう」
「え?あのね、」
ミラちゃんに引っ張られ暗闇の中ズンズン進んで行くと…あぁ、久しぶりに嗅ぐ温泉の香り。
…オーナーも今すぐ来る訳じゃないから、温泉に入ってから今後どうするか考えた方が良いわよね。
ミラちゃんが持っていたランプを少し高い岩らしき所に置くと、目も慣れてきたのか温泉の全体像が目に入る。
楕円に石で囲われ湯気がもうもうと立ち込める温泉
「ちょっと待っててください。このままじゃ熱いので」
そう言って囲われた石を一つどかすと川から引いた水らしきものがザッっと入ってきた。
「さぁもう大丈夫。入りましょう」
そう言ってサクサク服を脱ぎ出すミラちゃんを見習い私も服を脱ぎ出し気がついた。ぷっぷちゃんお腹に巻いたままだわ。
ミラちゃんが身体を流している間にささっと服を脱ぎ外套の中にぷっぷちゃんを隠す。お願いだから大人しく眠っててね。
バレないようにザッと身体を流し頭を洗うものの…寒い!寒すぎる!かけたお湯から凍りそうな気配を感じ、とっとと湯船に浸かる。
あぁ…何て幸せなのでしょう。顔や頭は寒いのだけれど、返ってその方が心地よく感じりるくらい気持ちがいい。身体中の疲れや厄のようなものが流れ出る。
ここのお湯は何に良いのかしら?濁ってはいないけれど、小さなランプではお湯の色もよくわからない。
ひとしきり温まり服を着る時気がついた。
ぷっぷちゃん?
何故か息も絶え絶えグッタリしている。ミラちゃんのいるここで声をかける事もできず、とりあえずぷっぷちゃんの口に巻いたリボンをほどき急いで服の中に隠し外套を羽織る。
ど、どうしましょう!
「ミラちゃん、私ちょっと先にもどるわ」
とにかくここから離れなければ!!