183話
翌朝、朝食を食べた後すぐに行くのかと思いきや、太陽が中天に昇る頃娼館へ向かう事になった。
朝から動いた方が効率的かと思っていたけれど『娼館は朝から開いている所ではない。それどころか朝一で行ったら水をぶっ掛けられる可能性すらある』と、男性3人が変わる代わる説得してきた。
みなさんお詳しいようで何よりですわ。
一応作戦としては娼館の何とかちゃんに詳細を聞き出す事、マッサーラの王都フーネリアに集まった国々及び誰が来ているのかを確かめると同時に魔封じの輪っかを取り除く方法を探すの3つを手分けしてやる事にした。
その後殿下とコンラッドさんが部屋の片隅で何やら言い合いをしていたけれど、どうせどちらが娼館に潜入するか揉めているのだわ。
「ここですか…」
娼館の前に立っているのは殿下と私とコンラッドさん。
またぎ風でも町人風でもなく何故か賊っぽい出立ちの2人に対して、私は三つ編みをした村娘風になりお腹にはもちろんぷっぷちゃんを巻く。
偵察はなるべく少人数で!とか言っていたけれど、私必要ないような気もするのですが…
沢山の燭台とド派手な店構え。日が暮れたらさぞ輝かしいでしょうと言ういでたちね。
コンコンコン
「女将さんいるかい?」
「はぁ〜いただ今参ります」
言いながら出てきたのは12才位の女の子。
「何かご用ですか?女将さん今来ます」
「あぁ、娘を1人引き取ってもらいたくて」
はいぃ!?
「少々お待ち下さい」
少女が駆け出すと共に
「ちょっと!どうゆう事ですか!?」
「シッ!宿からつけてきてるヤツがいる」
コンラッドさんが小声で言った後殿下が
「ナディア、すまない。言ったら怒ると思って黙ってたんだ。必ず助け出すから今は言う事聞いてくれ」
始めから娼館に私を売るつもりの作戦立てる人の言う事聞く筈ないでしょ!
「嫌ですよ!そんな事言ったって…」
「いらっしゃ〜い。へぇこの娘かい?」
ああああぁ…女将さんらしき人が来てしまった
「あぁ、どうだろうか?値段はおまけするぜ」
何故おまけするのよ!?コンラッドさんの事殴りたい
「ふぅ〜ん」
言いながら私の頭のてっぺんから足の先までねっとり絡みつくように見る女将さん。パッと見柔和そうな美女なのにその瞳は獲物を狙うハンターそのもの。怖い…
「そうね、いいわ。あんた名前は?」
「ナ、ナ…」
「ナチョスです!女将さん」
元気にコンラッドさんが答えてくれた。ナチョスって何!?誰!?
「ふうん、こっちきな。これ代金。とりあえず見習いからね」
「は、はあ…」
去り際に殿下が
「ナディア、さっきも言ったが必ず助けだすから。胸が大きくてふくらはぎの柔らかい女を探し出して聞きだしてくれ」
私がやるの!?てっきり私は囮か何かで貴方達が裏でコソコソ探るのだと思ってたわ!しかもあんな曖昧なヒントでわかる訳ないじゃない!
キィーーー
「さぁ入りな」
「…お邪魔します」
まさか婚約者に娼館に売り飛ばされるとは…あの時コソコソ話してたのはこうするつもりだったのね。
「あんた、ナチョスだっけ?もしかして北の方から来たんじゃないか?」
「え?は、はい。そうです」
どうしましょう。何と答えるのが正解かわからないから頷いてしまった。
「はぁ〜やっぱり。最近あっちの複数の村が賊に襲われて若い娘が拉致されてるって噂になってたけど、まさかこんな離れた所まで。あんたいいとこのお嬢さんだろ?」
まぁ!私の内側から溢れ出る気品に気付かれたわ!!
「手、綺麗だもんね。爪も農家の娘のモノじゃないだろうし…ナチョス、あんた村長の娘とか商家の娘だろ」
…身分的にはもう少し上に見られると思っていたけれど…
「はぁ、まぁ」
手や爪からしか気品は溢れないのかしら?
「とりあえず、まだ売り物にならなそうだから、このミラから見習いの仕事教わって。」
え?この12才くらいの娘さんに?助かったような複雑な気持ちになっていると
「憲兵に知らせてもいいんだけど、今は時期が悪いから暫くはここで大人しくしてたら、いずれ家に帰れるようにするから」
いい人!女将さん最初に怖いと思ってごめんなさい。
「もう一度聞くけど家は金持ちなんだろ?」
「え?は、はい。」
「5倍は値段ふっかけられるか…」
最後に女将さんが呟くのが聞こえた。そんなにいい人ではないかも?
私はミラちゃんの後ろを着いて回り、洗濯や掃除を習っていた
「ナチョスなぁんもできないね」
返す言葉も見つからない。洗濯の水は冷たいし、掃除道具の使い方もよくわからない。
「す、すみません…」
自分がこんなにできないとは思わなかった。検算の仕事はないのかしら?
「大丈夫だよ。その内できるようになるから。次は姉さん達の身支度の手伝いだよ」
ミラちゃんとっても良い子ね。私達は姉さん達の部屋を順番に回り髪型をセットしたり、スケスケ衣装の着付けの手伝いをする。
これは人探しにはもってこいでは!と期待が膨らんだけれど、胸が大きくてふくらはぎが柔らかそうな人ばかりでさっぱりわからない。
大体胸はともかくふくらはぎを触る機会なんてないじゃない!
そうこうしている内に日が暮れ始めると娼館の看板に火が灯った。
「「いらっしゃいませ〜」」
小さめのホールにお姉さん達が着席し、やってきたお客様が選んでいくというシステムらしい。
女将さん曰くこの店は比較的裕福なお客さんが多く、良心的なお店だそうでお客さんも節度ある人が来る店との事。
確かに噂で聞く娼館のくたびれ感はあまりない。荒くれ者は店の前にいるスタッフのお兄さん達が入れないのだとか…何故ノアさんが入れたのかしら?荒くれ者には見えないけれど、普通な町人にも見えない。
「ねぇ、そこの新人ちゃん?名前なんて言うの?」
突然お姉さんの1人に話しかけられビクッとしてしまう
「ナ、ナチョスだす!」
吃った上に訛ってしまった。この姉さん、確かこの店No.1の凄腕。
「ふふふ、ナチョスちゃん、可愛い名前ね。お茶淹れてくれない?」
「は、はい!喜んで〜」
なんて妖艶な…流石この店No.1の事はある。
言われた通り姉さんの前にお茶を置くと
「いい香り…ナチョスちゃんお茶淹れ慣れてるのね。貴族の家に奉公してたの?」
「え、ええ、まぁ」
ある意味ドルナバルに奉公していると言っても良いかもしれない。
「ふうん。王都に続々と各国のお偉いさんが集まってるって噂だけど、もしかしてその最中逃げ出したか拉致された、とか?」
来たわ!王都の噂話!胸も大きい!ふくらはぎを触らせてくれないかしら?
「な、何かしら?急に鼻息荒いけど、怖い目にでもあったの?」
「い、いえ…」
鼻息はいけないわ。ここは公爵令嬢として培った、か弱い令嬢風を装い頷いた。ちょっと涙目にもなってみる
「あらら、心配いらないわよ。ここのオーナーはマッサーラの貴族で近衛隊長もされてる正義感の塊みたいな人だから、拉致されたって言ったら必ず犯人を八つ裂きにしてナチョスちゃんもお家に帰れるわよ」
マッサーラの将軍が何故娼館経営?マズイ、マズイ、マズイわ。私の正体を知られる訳にはいかない。殿下ー早く助けに来てーー