180話
塀を出ると凍った世界だった。
草や木、大地までも。こんな人も住む事が出来なさそうな場所に国があるなんて…
「アレは町かのぅ」
ウィンディアさんが指差す方へ目を向けると確かに町らしき所が見える。
見えはするけれど、この凍った大地を歩いて行くのかしら?この室内履きで。
案の定凍りついた大地を歩くには室内履きは不向きで、すぐビシャビシャのドロドロになってしまった。しかも滑る!
殿下の魔法で寒くはない。手足の先も冷えたりしない。ただただ不愉快なだけで…
やっとの思いで辿り着いた町で私達はとりあえず衣服を調達しようとなった。
殿下とノアさんと私はこの凍った町で上着を着ていない。何より捕まっていた3人は頭に魔封じを取り付けられていて全員明らかに魔法を使える者ですと言った出で立ちで目立ち過ぎるとノアさんの弁。
まぁ魔法が無ければ上着を着ていない頭のおかしな人だ。
話し合いの結果ノアさんと私が買い出しに行く事になったのだけれど
「殿下!コンラッドさん!さっさと早く出すもの出して。換金してくるから」
ノアさんは追い剥ぎの様に2人の指から指輪を引っこ抜こうとしている。
ちなみに殿下は皇太子の指輪はまだ修理できてなくて、その他の指輪だけれど。他に金目の物が無いとは言え売れるのかしら?あんなゴッツイ指輪なんて
「ちょっと待て。自分で外すから勝手に抜くな!」
「俺がつけている指輪より殿下の方が明らかに高いんだから俺のはいらんだろ!」
男同士で何イチャイチャと…女性陣は呆れ顔で3人固まっていると
「ずっと眠っているのかえ?」
コーデリアさんがぷっぷちゃんを撫でながら話しかけてきた。
「いえ、コーデリアさん達の所へ行くまでは起きていたのですけど」
どうしようかしら…ぷっぷちゃんの事今聞いてもいいのかしら?
「あの…」
勇気を振り絞った所で殿下が声を掛けてきた
「おい、準備できたぞ」
「あ、はい。今行きます」
ちょっとビクッとなってしまった。残念だけど後で聞けばいいわね。
そのままノアさんの側に行くと
「あ?ソレ連れてくの?」
「ダメですか?」
「ダメだろ。ただの変な人だ。だいたいどこで誰がいるかわからないし、聖獣だってバレたら掠奪されるぞ。俺ならするし」
…やっぱりダメかしら?掠奪は置いておいて、魔物っぽい生き物を首に巻いてたら怪しさ満載ね
「ではぷっぷちゃんをよろしくお願いしますね」
ぷっぷちゃんを首から外し殿下に手渡す。
ぷっぷちゃんがいなくなって首元がすごく寂しい。襟巻き代わりになってくれてたのね、ぷっぷちゃん。
私とノアさんはとりあえず換金所へ行き殿下の指輪一個を換金した。
「思ったよりいい金になったな。よし次は…」
ザクザク歩くノアさん。
ゼィゼィゼィ…ノアさんは殿下に輪をかけて気が効かないらしい。私と足の長さが同じだとでも思っているのだろうか。
「ノ、ノアさん。ちょっと…待って、下さい」
私の足元はグッチョグチョの部屋履きなのよ。しかも置いていかれたらノアさんの魔法の効きが悪くなって寒気が襲ってくる。最悪…
「ん?あぁ悪い悪い」
ヘラヘラ笑いながら戻ってきたノアさんに
「大体、な、何故…私を連れて、来たのですか」
お世辞にも魔力も体力も筋力も持ち合わせていないのに
「そりゃ、一番目立たないからな。中肉中背、茶色の髪、特徴が特にない顔。どれを取っても何一つ目立たない」
なんだかとても暴力的な気持ちになってきた。今すぐ必殺技を駆使し、うずくまった所で髪の毛全部引っこ抜きたい。できればグレタを呼んで強力なヒールをノアさんの全身に施してもらいたい。
「いやいや、褒めてんだよ」
どこが?
「ナディア様、知ってる?敵陣や戦場では必殺技みたいなもんなんだよ。目立たないって」
…そうなの?てっきり貶されたのだと思ったわ。
「ナディア様だったら鍛えれば間違いなく一流のスパイになれそうなんだよなぁ。市民に混ざっても違和感ないし、貴族の作法も知ってるし」
えっ!ここにきて新しい私の道が開かれるのかしら?もし殿下と破談したりドレナバルが滅んだりしたらどこかでスパイになろうかしら?
「まぁポンコツ感が秀でてるから難しいか」
ハハハと笑って歩き出したノアさん。やっぱり必殺技を使えば良かった。いつかギャフンと言わせてみせるわ。
一通り買い物を済ませ殿下達の元に戻ると、殿下達はぷっぷちゃんをひっくり返し何やら話し込んでいた。
「ただいまっス。殿下何してんすか?」
「あぁ、帰ってきたか!ナディア、ぷっぷが…」
えっ!?ぷっぷちゃんに何かあったの?急いで駆け寄るとクタリとしたぷっぷちゃんが…
「ぷっぷちゃん!!」
殿下を押し除け抱き抱えると
「ぷにゅ…」
一瞬目を開きそのまま瞼を閉じた
「ぷっぷちゃんぷっぷちゃんぷっぷちゃん!」
揺さぶり必死に声をかけると
ZZZ…
安らかな寝息が…
「殿下…何か眠っているだけの様ですが…」
「何!?先程まで身体を震わせ息も絶え絶えだったんだぞ」
「そうじゃ。ナディア様がいなくなってすぐに死にそうになって、今心臓マッサージまでしてたのに」
殿下とウィンディアさんがギャンギャン言っているけれど、明らかにぷっぷちゃんはただ眠っているだけだわ。全く子守もできないなんて人騒がせな…
その場で全員町民の衣服に着替え、ぷっぷちゃんをいつもの様にお腹に巻きつけ外套を羽織る。
コンラッドさん達3人は衣服の他に帽子やスカーフを頭に巻き魔封じの魔道具を隠した。
更に明らかに町民らしくない身体の大きな男性陣はさらに鼻メガネやつけ髭、ふさふさした襟巻きを身に着けてもらいノアさん曰く『ゴージャスなマタギ風変装』が完成した。
余計に目立つ気もするけれど…実際は無事に宿屋を見つけ部屋を取る時
「こんな時期に獲物いなくて大変だろ?」
「まぁね。ただ、たま〜に迷子になったのがいるからさぁ」
労いの言葉までかけられ、仲良く話しているノアさんを見ていると、もしかしたら凄い人かもしれないと思ってしまう。
「あぁ、大猪なんかたまに出るらしい。頑張れよ、部屋は二階の奥にあるから」
「あぁ、ありがとう」
二階に上がりやっと休む事ができると思っていたら、作戦会議だと言いだして一部屋に皆んな集まった。
「ノア、さっきのオヤジは身内か?」
え?お知り合い?
「あぁ。ここはどうやらマッサーラだ。どうするよ?ディラン」
え?え?どうゆう事?
「スパイ仲間か?」
コンラッドさんがさも当たり前の様に会話に参加した。
「あぁ。こんな時期、ってのは何でこんな所にいるんだ?って意味。大猪はマッサーラの隠語だ。」
凄い!あの会話がスパイ会話なんて!スパイカッコいい
「もうちょっと情報を集めたい所だが…まあいいや。とりあえずコレ…ぷっぷ?の正体わかるのか?」
親指でぷっぷちゃんを指した。失敬な。聖獣かもしれないぷっぷちゃんをコレ呼ばわりなんて。
「そうね。多分だけど」
コーデリアさんが静かに答えた。
ゴクリ…