176話
あれから何日経ったかしら?
来る日も来る日も検算検算検算…日に日に間違えが増える数字、隣ではマデリーン様がキィキィ言いながら誤字脱字を探している。
書類にセラさんの苦労が滲み出ている。
結局マデリーン様は毎日ここに通う事になってしまった。職業夫人への夢は確固たるものになりつつあるらしい。
殿下やラッサ将軍には全く会えないでいるし、たまに護衛の手伝いでやってくるフレデリックさんやヒューズ君は目が虚だったりする。護衛の仕事大丈夫かしら?
南門や東門もどうなっているのか、食料がどうなっているのかもここには全く届かない。きっとそれどころではないのでしょう。
外を見ると深々と雪が降っていて本格的な冬を告げている。雪深いと聞いてはいたけれど、兵士達は私同様来る日も来る日も雪かきをしているのに、朝になると窓の半分近くまで雪が積もっている。
フレデリックさんいわく、訓練の一環として魔法は使用禁止とラッサ大佐が宣言したそうだ。
魔法でチャチャっとできそうなのに
「ナディア様、マデリーン様そろそろお茶になさいませんか?」
エアリーの声かけに私達は一旦休憩する事にした。
「その後、お母様の様子はいかがですか?」
マデリーン様のお母様は娘が職業夫人になる事も、その為にここに来る事も断固反対しているらしい。まぁそうよね…
「母は相変わらずですわ。多分私とナディア様が仲よくしているのも気に入らないのよ」
別に仲よくしている訳ではないような?
「父や兄とも連絡は取れず、この先の不安な気持ちはわかりますが、だからと言って私とナディア様の仲を引き裂こうなんて情け無いですわ!」
そんな仲でもないわよね?ただ机を並べ検算と誤字脱字を探す仕事をする仲なだけで。誤解を解きたいけれどマデリーン様のお母様には正直会いたくない…
「…でも今日はこのお茶を飲んだら帰りますわ。これ以上放置したらそれこそここまで押しかけて来そうで…」
「それは早く帰った方が良いですわ。お母様を不安にさせてまでする仕事ではないですから!」
私はマデリーン様にグイグイお茶を飲ませお引き取りいただいた。あのお母様に来ていただいたら大変そうですもの。
その後検算の仕事は早めに終わらせ久しぶりにぷっぷちゃんと戯れる事にした。
ぷっぷちゃんはマデリーン様が来るといつの間にかいなくなってしまい、最近ちっとも遊んであげれなかったから
「はい、ぷっぷちゃん取ってきて」
「ぷっぷ〜」
パタパタと羽をはためかせ私が投げた丸めた紙を取りに行くぷっぷちゃん。ヨロヨロと飛んでいて可愛い
「相変わらず飛ぶの下手くそだな。あれじゃ飛んでるって言うより浮遊しながら移動してるって感じ」
「アイラさん失礼な事言わないで。ぷっぷちゃんはまだ子供なのよ。練習してるだけなんだから」
再び紙ボールを投げると
「ぷ〜」
嬉しそうにボールが飛んで行った方向へ何故か右へ右へと真っ直ぐに飛べない事に気がついた。特に羽の動きが変とかではないのに…
「な〜んか右へ右へと行くかなぁ。ぷっぷ〜ちょっとこっち来て」
アイラさんに呼ばれ一生懸命戻ってきたぷっぷちゃんをアイラさんはガシっと捕まえ顔をまじまじと見ると
「ヒゲ…足りなくない?」
「ヒゲ?」
「この長いヤツ。前は2本ずつだったような?」
ええ?と言いながらグレタが寄ってきた。
「言われてみれば…寝てる間に抜けちゃったんじゃないですか?だから真っ直ぐ飛べないんですかね?」
「そうかもね。可哀想に…平衡感覚司ってるヒゲだったのかも」
2人がぷっぷちゃんを撫でながら可哀想がっている。
…私抜いちゃったわね。寝ているぷっぷちゃん突いてた時に。胸が早鐘を打つようにドキドキしてきた。
どうしましょう、私がやったと正直に言った所でただ私が非難されるだけよね。言わなければ自然に抜けてしまったと言う事で終わりそう…
「まぁその内また生えてくるだろ。そろそろヒューズと交代だから私行くわ」
聖女の力が特に強いアイラさんとヒューズ君は交代で怪我人や病人の治療に当たっている。
アイラさんが去って行き、これでこの話はお終いとなった。良かった…
多分軍服の上着ポケットにまだあるはず。今夜にでもちょっとくっつけてみようかしら?
その日の夕飯、何故かいつもより品数も量も増えていた。
「何か多くない?私達だけこんなにいただくのは…」
「あぁ、何か届いたって言ってたわよフォールダーから」
久しぶりの固まり肉を前にコニーさんが答えてくれた
「フォールダーから?でも門は…」
閉まっているわよね?まさか敵に突破された後にフォールダーからの物資?
「何でも新しいルートで来たって話しよ。どうやったのかは知らないけど」
新しいルート?でも門は閉められたままだからどのルートから来ても入れないのは一緒よね?
コンコンコン
「あ、私出ます。果物とって置いて下さいね」
一緒に食事を取っていたグレタが席を立ち扉に向かった。少しして戻ってくるてと
「ナディア様、何かやらかしたんですか?食事が済んだらぷっぷちゃんを連れて殿下の所に来て欲しいそうです」
うん?殿下が私を?ぷっぷちゃんと?珍しいと言うより初めてではないかしら?それにしてもやらかすとは失礼な。
「わかったわ」
グレタが席に着いたのを確認してから、ズイッと果物の入った籠を自分の前に寄せると
「わっ!何するんですか!?」
「ちゃんとグレタが来るまでとって置いたじゃない。戻ってきたから目の前で食べようかと」
「あぁっ!ナディア様酷いです!」
「フンだ。何か私はやらかしたらしいから、果物でも食べて体力つけて殿下の所に行かないと」
「!!ナディア様〜すみませんでした〜!許してください〜」
ドッと笑いに包まれた。
やっぱりお腹いっぱいに食事が取れるのは幸せね。こうやってみんなで笑い合う余裕が生まれる。
市井のみんなもこうだったらいいな