172話
マデリーン様の侍女は恐る恐る口をひらいた
「実はこのハイドン来る途中、他の侍女と逸れてしまい今マデリーン様と奥様の侍女は私ともう1人しかいないのです。毎日日替わりで2人の愚痴を聞きつつ、喧嘩を諌めると言う仕事がある為実際は1人と言う感じで…」
それはお気の毒に…だけど、2人を見ると良いですよとはとても言えない。かと言って護衛のアイラさんやコニーさんを貸し出すのもちょっと違う。
答えに窮していると
「た、助けて下さい!日替わりでもあのお2人の愚痴を一日中聞くのはかなり気力を消耗してしまうのです!喧嘩もしょっちゅうで!実際もう1人の侍女が今朝から寝込んでしまって!私1人でお2人の愚痴を聞き喧嘩を諌め尚且つ侍女の仕事をしたら…」
良く見ると目の下に隈ができていて、髪も乱れている。
「愚痴が1人なら大丈夫なのか?」
「え?」
アイラさんの言葉に皆んなが意表を突かれた
「セラが計算だけじゃなく誤字脱字を修正を誰かしてくれーって嘆いていたから。マデリーン様にやらせてみたら?暇だから愚痴も出るし、喧嘩もするんじゃない?」
確かに…私のように変な思いに駆られてロクでもない事をしてしまうかもしれない。または侍女が逃げ出すか。
とても良い考えだわ!
「あ、あ、ありがとうございます!ではセラ様に聞いてみて、早ければ明日からこちらに通うようにいたします!」
「「「え?」」」
待って、どうゆう意味?
「あの、ここでと言う意味では…」
「奥様のいる所でマデリーン様はお仕事なんてとてもできません!こちらなら広さも十分ありますし」
「いえ、そんなに広くはなくて…」
「大丈夫です!多少狭くても奥様と離れられるならマデリーン様も文句は仰りませんよ」
私が仰りたい!!
マデリーン様とここで仕事なんて絶対無理!誰か止めて!!周りを見回すと誰も目を合わせてくれない。
酷い…
「あ〜まぁ、アレだよ。私語厳禁とかにしてみたら?」
アイラさん?
「仕事場なんて大抵そうなんだから、ここも作業している時は私語厳禁。なら大丈夫じゃないか?」
…言われてみたらそうかしら?
「ではそんな感じで…」
不本意だけどこうしてマデリーン様の私の部屋通いが始まった。
「ごきげんよう!!」
扉がバーンと開き誰よりごきげんなマデリーン様が入ってきた。
「セラ様がどぉ〜してもと仰るので、仕方なくこのマデリーン・ビィ・エルラートがお手伝いに参りましたわ!」
セラさんはすご〜く渋い顔で了承してくれたけれど、そんな事はとても言えない。
「そ、そうですのね。よろしくお願いします」
「ええ!本来貴族令嬢は働くなんて下品な行為はもっての外ですけれど、あの様に頼まれれば仕方ないですわね。ナディア様までなさっているのなら、本っ当に仕方ないけれどお手伝いいたしますわ!」
まだ何もしていないのにもう面倒くさい…なんて思ってしまう私は冷たい人間かもしれない。
「マデリーン様、ありがとうございます。さぁ頑張りましょう」
さっさと執務机に座り書類を捲る
「え?ええ。そうね」
マデリーン様もつられて、座り書類を捲りだした。
よし!この先は私語厳禁なのだし、ひたすら仕事をしましょう。
カリカリカリカリひたすら無言でペンを動かしていると
「お2人ともそろそろ休憩なさってはいかがですか?」
気がつけば午後のお茶の時間になっていたよう。
「エアリーありがとう。マデリーン様ソファに参りましょう」
「ええそうね」
立ち上がり思いっきり伸びをする。同じ姿勢でいたから身体がギシギシするわ。マデリーン様を見るとマデリーン様も同じ様に伸びをしていて、目が合った時どちらともなくフフフと笑い合った。
「久しぶりに何かに集中しましたわ。たまにはよろしいわね」
普段とは違うマデリーン様の笑顔に私も
「そうですわね。黙々と一つの事に没頭するなんて中々ないですものね」
2人でホホホフフフと笑い合っていると
「お2人共集中すると何も耳に入らないのか、ブツブツブツブツ呟いてて…」
「は?」
「え?」
いつの間にいらしていたのか、ラッサ将軍がお腹を抱えて笑いを堪えていた
「ご、ごきげん麗しゅうございます」
流石マデリーン様。すかさず優雅なカーテシーをしラッサ将軍に挨拶する
「いやいや、堅苦しいのはやめて下さい。ちょっとお話しがありまして、そこで待たせてもらっただけですので」
いつからそこにいらしたの?もしかしてずっと見ていらした?ラッサ将軍も人が悪い。
「それでお話しとは?もし宜しかったらこちらでお茶でも飲みながら…」
「いえ。それには及びません。ちょっと南門付近で小競り合いがありまて…攻め入らせるつもりはありませんが、東門に近いここも安全とは言えない状況になりました」
!
折角マデリーン様といい感じだったのが一瞬で吹き飛んだ。
「まだ造りかけですが、至急王宮の方へ移動いただくよう殿下の命令が下りました」
いつも通り飄々としているのに、声に切迫感が…
「わかりました。すぐ準備をします」
え?え?とマデリーン様は動揺していたけれど、急な移動に慣れてしまった私達はテキパキと準備を始めるとラッサ将軍は
「では後ほど迎えに参ります」
と去って行ってしまった。マデリーン様がオロオロしているので
「マデリーン様、すぐお部屋に戻り準備をされた方が良いですよ。お母様もいらっしゃるのだし」
「あ、あぁそうね。で、では失礼するわ」
そそくさと戻って行ったマデリーン様。あれで物凄く働き者だと知った今は、あまり心配いらないでしょう。
今日一日だけだけど何となくマデリーン様に親近感を覚えたので、少し残念な気持ちに蓋をして私は自分の事に集中した。
持ち物は全然増えていないので、ささっとまとめ綿帽子を被る。最後にぷっぷちゃんの入った桶を持っていつでも出発できるようにした。
程なくしてフレデリックさんがやって来て王宮まで送ってくれる事になった。
フレデリックさんも外も本当久しぶりねなんて思っていたら出口に人集りが出来ていて何やら揉めている様子。
「ちょっとここで待っていて下さい」
フレデリックさんは走って人集りに入って行った。
「何があったのでしょう?」
「何か変ねぇ。フレデリックってこうゆう手際は凄く良いのに」
グレタとコニーさんの立ち話を横目に人集りの奥を見ていると誰かが物凄く文句を言っている。
何やら凄く嫌な予感にフルリと身体が震えた