171話
外はチラチラと小雪が舞っているのを中央本部の3階から眺めている。
窓はガラスが相変わらず手に入らないので、魔道具で透明な膜が張ってあり景色も見え寒さも防ぐ。便利だわ。
狭いと言えば狭いけれど、市民の事を考えたなら文句なんて言える筈もない。天幕より心地よいし
話し合いから10日程経過して、ここからは見えないけれど王宮及び街の整備は着々と進んでいるらしい。『らしい』と言うのは私が部屋から一歩も出る事ができないから見ようがない。
何故なら部屋内にはいつもの4人が、部屋の外にも兵士がいて窓の下にもいるらしい。私とぷっぷちゃんを完璧に護衛すると言う名の監禁状態よね。
確かにぷっぷちゃんが聖獣だった場合、ぷっぷちゃんを攫うのは聖獣の意に反する行為だけれど、私ごとぷっぷちゃんを攫えば問題ないと考える輩はいるかもしれない。一応飼い主だから。
そんな風に説得されて監禁状態に甘んじてはいるけれど…
温泉に入りたい温泉に入りたい温泉に入りたい。広い湯船に浸かり癒されたい。温泉独特の香りも感じたい。手足を伸ばしまったりしたい。最後に入ったのはフォールダー領の海辺の足湯だし。
「ナディア様そろそろお茶でも召し上がりませんか?あまり根を詰めるのはよろしくないですよ」
「そうね。そうするわ」
エアリーの優し気な言葉に席を立ち、ソファに向かう。
私は今、間違い探しと言う名の行政書類の検算をすると言う仕事を任されている。
それには理由があって、部屋に移り2〜3日はゆったりのんびり過ごした。けれどどこにも行けず、読む本も無く刺繍の材料も何も無いとなると人は予想もつかない様な事をしでかしてしまうらしい。
部屋の中なら鎖魔法は必要ないと殿下が言ってくれた翌日、晴れ渡る外にキラキラと輝くモノを見かけほんのちょっとなら平気よね?と言う思いに駆られた私は部屋を抜け出し何事も無く外に出た。
ドレナバルの冬の晴れた日があんなに寒いとは知らずに…
結果僅か数十歩歩いたら凍った地面に足を滑らせ派手に転んで捻挫し、微熱まで出してしまった。
当然の様に皆んなに叱られ、毎朝復唱が20回になってしまった。
流石に反省し大人しくしていたのだけれど、暇すぎてぷっぷちゃんを叩き起こそうとしたら再び叱られ、見かねたセラさんがこのお仕事を持ってきてくれた。
元々シャナルにいた頃は家庭教師から「ナディア様は計算の方がお得意のよう」と褒められていたけれど、思わぬ才能が開花したようだわ。
これなら温泉施設の経理は万全よね。
ちなみに外にのキラキラはダイヤモンドダストと呼ばれ、この辺りでは冬の晴れた無風の日にたまに見られる現象だそう。とても綺麗だったけれど、窓越しでないと凍死しそうなのが残念だわ。
「そう言えば来週にでも元老院の誰かが来るらしいわよ?誰かは知らないけど」
「え?コニーそれどこで聞いた?アタシはマルゴロードの誰かって聞いたけど」
5人でテーブルに座ってお茶を飲む至福の時間に不穏な話しが出てきた。どちらにも、と言うか今これ以上誰もハイドンには入ってきて欲しくない筈。主に食料問題で
「え?何をしに来るのですか?噂になるくらいなら攻めにきた訳じゃないですよね?もしかして差し入れとか?」
「グレタ相変わらずバカだね。この時期ここに来るヤツが味方な訳ないじゃん」
「じゃ師匠はわかるんですか!?」
「わかる訳ないじゃん。ただロクでも無い来客って事しか」
エアリーと私以外がキャンキャン言い合いをしているけれど、私は帳簿に目をやった。あの帳簿の束の中には食料物資の物もある。足りないのだ。食料が。
皆んなも薄々気づいているはずだけれど誰も口にしない。それだけ深刻と言う事だと思うのだけれど…
「ナディア様、今はお仕事の事は忘れてゆっくりお茶を飲んでください。このお茶菓子代わりの干し葡萄もとても美味しいと評判です」
「エアリーありがとう」
この5粒しかない干し葡萄だって貴重な栄養源だ。配給として一応全員に配られている物で遠慮なく一粒口に運ぶ。ん〜美味しい!
甘いお菓子は美味しいけれど、干し葡萄だって捨てた物じゃないわね。沢山味わいたくて口の中飴玉のように転がしていると
「ナディア様、干し葡萄お好きだったのですね。よろしかったら私の分も召し上がって下さい」
大真面目な顔で言うエアリー。
「ありがとう。気持ちだけいただくわ。干し葡萄を口の中で転がすのが好きなだけだから」
もっともらしく言ってみたけど、本音は1人だけ太りたくない。だったりする。
配給で足りない訳ではないけれど、満腹には至らない。そんな中1人皆んなより食べたりしたら私だけふくよかになって、皇太子の婚約者は皆んなに我慢を強いて1人美味しい物を食べていると言う噂が立つのは火を見るより明らか。
そんな情けない噂は勘弁だわ。
お茶を飲み終えると再び執務机に向かう。私はバリバリと仕事をする女性を目指してもいいかもしれない!
コンコンコン
あら、誰かきたわ。扉の近くに座っていたグレタが応対に出たけれど程なくして難しい顔をして戻ってきた。
「どなたかしら?」
「それが、マデリーン様の侍女の方で…」
え…まずいわ。急いで書類を机に並べとても忙しい風にペンを片手にしてから
「マデリーン様とお茶の時間はちょっと無理かしらね…」
気取って言ってみた。だってマデリーン様ってば毎日午前も午後もやってきて、お母様の愚痴をこぼしていくのだもの。
気の毒思い微熱が下がった時話しを聞いたら、その日の夜再び発熱してしまうくらいだった。
それ以来午前だけとか、午後のお茶の時間だけと時間を決めて話しを聞いたのだけど、今日はもう午後のお茶も終わってしまったし。
「いえ、侍女の方は個人的に話をしに来た様なのです」
え?そうなの?
「なら、お通しして」
「はい」
マデリーン様の侍女ってあの温室にいた1人かしら?そう言えばマデリーン様の侍女って複数人いた様な?顔は全然思い出せないけれど
「お忙しい中すみません。実はお願いがあって参りました。」
「何かしら?」
朝も昼も夜もマデリーン様とお話しをと言ってきたら断固として断ろう
「侍女をお一人貸していただけませんでしょうか?私達の所に」
うん?私の侍女?エアリーかグレタを?
チラッと2人を見るとあからさまに嫌そうな顔をしている。それはもう心底嫌そう
少しは取り繕ってもいいのでは?