169話
ここは中央本部3階、陛下の応接室。席にはしょぼくれた陛下に下を向いた王妃様。シレッとしているセルゲイさん。
不機嫌全開の殿下に小さく縮こまっているセラさん。横にはソワソワとセラさんを気にしているラッサ将軍。そして真っ白な灰になった私が席に着き、後ろにはリシャールさん、ノアさん、オリビアさん、アイラさんにコニーさん、エアリーとグレタ、ショーンさん、ヒューズ君と皆んな揃って立っている。
要するにあの場にいた人達プラス王妃様。
「で?何でぷっぷの事言った?」
不機嫌全開殿下が言う。魔力封じの腕輪のおかげで誰も倒れたりしない。
「その…急な叙爵と宰相指名でパニックになってる所にズラがずれてるって言われて…」
ぷっぷちゃんはまだ何者であるかもわからない。コンラッドさんがオルスト神聖国から巫女様を連れてこなければわからない。
いえ、連れてきてくれてもわからないかもしれないし、聖獣ではない可能性だってある。
そのぷっぷちゃんを引き合いに出し、あろう事か聖獣の可能性がなんて言ってしまうなんて。
確かにこんな状況の新王都に聖獣がいたら他国は迂闊に手を出せないでしょう。それはありがたい事だけれど、問題は違った場合。一気に攻め入られ下手したら国が無くなったっておかしくはない。
でもね?悪いのはセラさんではないわよね。
パニックにもなるわよ…ぷっぷちゃんの事言ったのは許せないけれど。悪いのは最初に陛下がいきなり譲位するって言ったり、後を丸投げしたセルゲイさんだわ。
段々と真っ白な灰の私の鼻息が荒くなる。許せない!と言おうとした時
「だよな…セラだってパニックにもなるよな。
ってか半年後譲位なんていつ考えたんだよ?まだやれるだろ?」
殿下が睨みつける様に先に発言してしまった
「いや、時期は以前から何となくは決めていた」
「は?」
陛下の答えに、うっかり素の間抜け面を披露する殿下
「儂はなディラン、お前に合う伴侶ができたらその時に辞めれたらなと」
「いや、伴侶ってまだ婚約しているだけで…」
「あぁちょっと違ったか…ディラン、お前が普通に過ごしている中に、一緒にいられる人はいたか?」
「…普通?」
「魔力を抑える事なく、リラックスしてしている時に側に人がいる事はあったか?」
「それは…」
リシャールさんといる時でさえ、少しでも気を遣い魔力を抑えていたの?
「まぁリシャールには気遣っている様には見えなかったが…ディランは相手がどの位耐えられるかに焦点を当てて嫁を探している様に感じた。それがナディアが来てから耐久時間を気にせず、お喋りしたり一晩2人きりで過ごしていると聞き…」
「ちょっと待って下さい!!」
まさか陛下が殿下と一晩一緒だった事を知っているなんて!
私は立ち上がった。今、ここで誤解を解かなければ!!
「確かに…」
「ディラン殿下!何うっすら肯定なさるのです!?ここは毅然とした態度と言葉であの晩はその様な夜ではなかったと仰って下さい!」
「ん?あぁそうだな。何もなかった」
毅然とした態度と言葉は?ちゃんと言ってくれないと、ふしだらな私は消えてくれない!
「何かあった、なかったは問題ではない。ディランが誰かと一晩過ごせたと言う事実は、儂に希望を与えたのだよ」
……希望?
「あぁこれでやっと退位して王妃と隠居生活ができるとな」
じ、自分の為じゃないの!
「百歩譲って隠居生活を目指していたのは知っていたが、丸投げはないだろ?セルゲイもセルゲイだ。無駄に追い詰める様な真似して」
「お言葉ですが殿下、私は陛下の側近でありこの国の宰相を任されている身。陛下のご意向にのみ答えるのです」
それって陛下が望めばドレナバルはどうでも良いと言う事?
「そんな事は知っている」
え?知っていたの?
「でもセルゲイは同時にこのドレナバルの事も考えるだろ」
「ええ、勿論。ですからナディア様に逃げられない様手を打ちました。噂を故意に流し放置しました。ただ今回、まさか追い詰められぷっぷ殿の事を言ってしまったのは想定外でしたが」
!?手を打ち?故意に放置?
「ナディアの悪い噂はお前だったか…」
!?!?!?
「はい。ナディア様がドレナバルに留まって頂くにはこれが一番効果的かと。シャナルに帰ると言われる恐れは多少ありましたが…」
な、な、なんですって!?
「ナディアの噂話は後で話すとして、何故今譲位の話になったんだ!?もっと落ち着いてからで良かったんじゃないか?」
殿下!?私の噂話の件をもっと深く掘り下げて!!
「殿下の魔力を持ってすれば、ドレナバル全体は無理でも、この新王都くらいならば守る事は出来ると判断しました。旧王都は以前申し上げた通りマルゴロードに侵食され過ぎておりましたが」
「この間話し合った時にそんな話は出なかったよな?」
「聞かれませんでしたので」
信じられない。相変わらずシレっと答えるセルゲイさんを殴りたい衝動をいつまで保てるか…怒りに震えていると
「…儂に不治の病が発覚したんじゃ」
え?
「治すのはほぼ不可能。ヒールや聖女の力を持ってしても治す事は難しいらしい…」
肩を落としポツポツと喋る陛下に誰もが息を飲んだ。
「先々の事は次代の者達で話し合うといい。儂らはここで失礼するが他言無用だぞ」
陛下と王妃様は、セルゲイさんオリビアさんを伴い私室に行ってしまった。
そんな…陛下が不治の病だなんて…
「ディ、ディラン殿下…」
殿下の肩に手を置いて声を掛けた。こんな時どの様な言葉をかければ良いのか…無闇に大丈夫ですよ、とか元気を出してとも違う。
言葉に詰まっていると私の手に殿下の手が重ねられた。
「大丈夫だ。陛下はあんなでも今まで何とかやってこられた。内孫も見たいと言ってた位だからな。俺達は今出来る事を、今後について話し合おう」
そう言って手を握ってくれた。
殿下…
その後話し合いが進められ2時間程経った頃
・譲位については明言しない
・ぷっぷちゃんについて触れない
・私と殿下の婚姻は未定で通す
・王宮及び街の建築を急ぐ
「でどうだ?」
「殿下、お言葉ですが何一つ建設的な話が無い様な…」
ラッサ将軍良い事言ったわ。一体この2時間は何だったのかと言いたい。
「いや、でも今とりあえず出来る事ってこれくらいじゃないかな?王都をどうにかしなきゃ他は進められないよ」
セラさんも最もな事を言う。そうなのよね…結局今頑張れる事ってそれしかない。
その後は定期的な炊き出しについてと、孤児院や病院の建設と人員配置を決めお開きとなった。
僅か30分で。
皆んな一応国民の事はキッチリと決める事ができるのね。やれば出来るのではなくて?
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますm(_ _)m