167話
バッと殿下を振り返ると殿下も聞いていなかったようで、カッチリと固まっていた。
更に陛下は言葉を重ね
「ディランはまだ未熟者ゆえ、支える者が必要だ。伴侶についてはこのナディアがしっかりと支えてくれるであろう」
陛下!?まだ婚約しただけですのに!?
「で、ディラン殿下…な、なんか陛下が…」
壇上であまり動揺を見せてはいけないのは分かっている。分かっていても動かずにはいられない。袖口を引っ張りながら言うと
「あ、あぁ…」
特に誰かに言ってはいないけれど、私達の婚約はお互いの立場とか事情によるもので、婚姻はこのドレナバルの情勢が落ち着いた時改めて考えましょうと同盟を結んでいる。
政略結婚に愛や恋など求めてはいないけれども、今の情勢で私は全然気にならないからお嫁にいくわとはとても言えない。
そして、ここドレナバルならば私が貴族令嬢だと知る人はほぼいない。
私はシャナルで頂いた宝石を売って、一市民として生きる道だって選べるのよ!
温泉巡りをしたり、気の利く殿方と素敵なロマンスだって待っていないとも限らない!そんなささやかな夢だってあるのよ
「陛下、その辺で…」
いくら息子で皇太子とは言え、この場で口を塞いで壇上から引きずり下ろす訳にはいかない。殿下はそっと横から声かけながら陛下の腕を取ると
「あ?なんじゃ。止めるでない」
陛下は殿下を振り解き
「それに伴いディランの直接の部下、イザーク・ラッサを将軍職に任命し叙爵され、伯爵位を与える事にした。また、いずれディランが儂の後を継いだ暁にはセラ・パーカーを宰相になるであろうからついでに叙爵する!」
周りの騒めきがどんどんと大きくなってきた。
ついでって何!?
非難とも動揺とも歓声とも取れるどよめき…
早く陛下を止めなければと思い、セルゲイさんを見るとニコニコと立っているだけで手を貸す気はないみたい。
その横でラッサ将軍は固まり微動だにせず、セラさんは口をパカンと開いて震えている。
もう!役立たず!
「陛下、もうその辺にして次の宰相様の言葉にしましょう!さささっ、こちらに…」
半ば強引に陛下の腕をとり壇上から下そうとすると
「いや、待て。最後に一言…」
もう何も喋らないでほしい。と言う私の願いは届かず
「ディラン、ナディア、儂と王妃は早く内孫の顔が見たいんじゃ。できればじーじとか呼ばれたい…」
もう黙って!
殿下と顔を見合わせグイッと陛下を引きずり下そうとしたらおぉ〜!!っと歓声が上がった。何故!?
必死に陛下を下ろしセルゲイさんがとラッサ将軍、セラさんが壇上に上がるのを見届けると殿下が呟いた
「やりやがったな…クソじじぃ」
「ふふん。お前がいつまでも不甲斐ないから後押ししただけじゃ。儂の方はいつでも準備万端だったのだから」
陛下が言うや否や殿下は
「だからってやり方が汚ねえんだよ!」
ドゴンッ
後ろの中央本部の端っこが吹き飛び辺りは悲鳴と怒号に包まれた。
殿下の魔法が暴走したようで、周りの兵士達が倒れ始め、陛下も蹲ってしまった。
大変!壇上を見上げるとセルゲイさんが顔色を悪くしながら「静粛に!」と呼びかけている。
何とかこの場から殿下を離さないと!
夢中で殿下の腕をとり陛下から引き離す。ご高齢の陛下がこのまま何かあってはいけない。
力の限り殿下を引っ張り一部崩れた中央本部の瓦礫横に回った。
「ディラン殿下!落ち着いて下さい!」
「お、落ち着いている!だが止まらないんだっ!」
何ですって!?
殿下の魔力を恐れてだれも私達には近寄ってこない。多分今もダダ漏れしているのよね?
殿下の左手を見ると人差し指が真っ赤になっている。これって魔力が溜まって?と思っていたらその指先がカッと光りドカンと音がすると同時に少し離れた雑木林が一直線に穴を開けた。
「クッ…ナディア、俺の背後からどこかに避難しろ!」
苦しそうに左手を押さえながら殿下が言う。見ると殿下の人差し指が再び真っ赤に…
どうしましょう!このまま逃げる?
でも殿下が…
「今だ!!!」
声と共に瓦礫の上から何かが降ってきた?と思っていたら、アイラさんが殿下の背中を蹴り倒し、左右からショーンさんとヒューズ君が殿下の両手首に何かを巻きつけた。
そのまま殿下は気絶したかの様に倒れ全く動かない。
「ふぅ…間に合って良かった」
アイラさんの言葉と同時にエアリーとグレタが駆け寄り私と殿下を引き離した。
今になって身体がガクガクと震えてくる。
「ナディア様お怪我はありませんか?」
エアリーが尋ねてくる。震えながらガクガク首を縦に振って答えるのが精一杯。一体何が何だかわからないけれど…
「で、殿下は?」
ピクリとも動かない殿下。
まさか…
「いゃ〜危なかった。強力な魔封じの魔道具作っておいてよかったよ」
少し離れた所でショーンさんが呟いた。言いながらショーンさんも震えている。その横ではヒューズ君も
「まさか…殿下?」
いくら無神経で気の利かない殿下でも、嫌いではなかった。たまに優しくしてくれて気を遣わずに済む良い人だったのに…