164話
私は今、焼きたてパンを運んでいる。
「早くこっち持ってきて!」
「こっちにも!!」
炊き出しコーナーの一角で焼きたてパンを籠に入れひたすら運ぶ。
私達は折角のガルバルの衣装を簡素な服に着替えさせられ、私に至っては簡素なワンピースに顔の布を外さない謎の異国人になっている。
そうしてセラさんに連れてこられた場所は、雪が降りしきる中長い列を作り温かいスープとパンを待つ人々。
セラさんは炊き出しコーナーに来る間、事の経緯を説明してくれた
「ディラン達がいなくなったって分かった後大変だったんだよ。ラッサ大尉が大急ぎで戻ってきてさ。もうね、パニック状態だった訳」
セラさんは少しズレた鬘を抑えながら続ける
「東門も南門も大混乱だったし、気温も急激に下がって結構な数の病人や亡くなった人もいて全員入れざるを得なかったんだ。ただ入れたはいいけど、住む所もなくて…」
肩を落としながら話すセラさん。なんて酷い事に…そんな時私はイーカ焼きを食べてはしゃいでいたのね。
ムクムクと罪悪感が湧いてくる。
「それで中央を3階建てにしたのか?」
「うん。でもあそこはまだ元気のある人達で、病人は別の建物にいる。今までは魔力を流して治療していたんだけど、アイラやヒューズが陛下と一緒に来てくれたから、陛下がそっち手伝えって治療に当たっているんだ。全部陛下のお陰なんだ。本当凄い方だよね。この炊き出しも陛下発案でさ。仕事が早い事早い事」
私達には王を辞めたいって言っていたけど、やはり20年以上も皇帝やっていただけの事はある。決断力が無いなんてとんでもないじゃない。
「そうか。父上が」
あら、殿下も誇らしそうね。などとのどかな時間は炊き出し場に着いた途端に吹き飛んだ。
「ナディア様は焼きたてパンを手伝った事あると聞きました。パン係へ向かって下さい!ディランはスープ配膳係!」
ええっ!?アレを手伝ったと言って良いのか…躊躇っていると
「早く!!」
セラさんから檄が飛んできたので走ってパン焼き馬車へ向かう。
「あのぅ…」
熱気溢れるパン焼き馬車で働く人に声をかけると
「あっ!使者の方ですね。お手伝いありがとうございます」
そう言って焼きたてパンが沢山入った籠を渡してきたのはエルドさん。横でせっせと焼きたてパンをかまどから出しているのはフレデリックさん。
いつか見た光景だわ
「あの…言葉分かりますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
感傷に浸っている場合ではなかった。急いで指示された場所へ行くと
「あなた!そんなに盛らないで。みんなに行き渡らないでしょ」
殿下が見知った女性に怒られている場面に出会した。あれってマデリーン様!?
「こ、このくらいでいいか?」
「良くってよ。はい!渡したら次の方の分をよそって。パキパキ働いて」
凄い…態度も口も悪いのに物凄い働き者だったのね…公爵令嬢らしくは全くないけど少し見直した。
周りを見ると、多分貴族だろうと思われる人がポツポツいて、辿々しくも皆さん真剣に働いている。
「陛下がいらしてからお達しがあったんだよ〜。貴族ならその責務を全うしろーって」
「ヒィィ」
いきなり耳元で話しかけられ変な悲鳴が出てしまった。
「ごめんごめん。ナディアちゃんでしょ?」
「リシャールさん!」
使用済みの木の器をお盆に山盛り乗せたリシャールさんがニコリと笑った。
「陛下のあの顔でそんな事言われたら皆んなビビっちゃって。でも貴族が率先してこうやって働いたら、ここに来たみんなも大分落ち着いてきたんだよ。僕もコレ洗いに行かなくちゃ。じゃあね」
……私ももっと頑張ろう。
走り回る様に働き終わった頃にはとっぷり日も暮れていて、中央本部に戻った頃にはヘロヘロになって近くの椅子に腰掛けた。
「大丈夫か?」
顔を上げると殿下がいた
「ええ、まぁ」
嘘だけど。何となく元気そうな殿下に疲れたと言いたくない。
「ディラ…あなたは大丈夫?」
いけない。一応変装中だったわ
「あぁ。野営で慣れてはいたからな」
そっか…それはそうよね。
「この後陛下の所へいくんだが、行けるか?」
「もちろんですわ」
本当ならこのまま部屋に戻ってそのままベッドに向かいたい。だけど、みんな頑張っていた。
私だってまだまだ頑張らないと。下っ腹に力を込めスックと立ち上がる
「そ、そうか。無理はするなよ」
「全然大丈夫ですわ」
2人で陛下のいる3階の部屋をノックすると、既に陛下と王妃様、セラさん、セルゲイさんにコック姿のままのラッサ大尉が席に着いていた。
「これで全員揃ったな。早く席に着くといい」
陛下に促され着席するとオリビアさんがすかさずお茶を淹れてくれ、そのまま退室して行った。
「まずはディラン、ナディア長旅直後の勤労ご苦労であった」
そう言った陛下の顔がこの上なく凶悪!
何故?何かあったのかしら?それとも私は何かした?驚くほど不機嫌な陛下は続けて
「明日の歓迎式典だが、王妃は欠席とする。儂はやむを得ず出るが少し顔を出せば良かろう。以上解散」
そう言って席を立った陛下。はい!?これが秘密会議?
「あなた、いくら何でも…」
「そうです!陛下、民に何と説明を?」
王妃様やセルゲイさんが一生懸命説得していると
「そうだ。ラッサ大尉だったな?」
「は?はい。そうですが…」
いきなり振り返った陛下に話しを振られ戸惑うラッサ大尉に
「此度のそなたの働きに褒美をやろう。そこに跪くがよい」
「は、はい」
珍しく戸惑っているラッサ大尉は、おずおずと陛下の前に片膝をつき頭を垂れた。すると陛下はラッサ大尉の肩に手を置き
「此度のそなたの働きは実に素晴らしいものであった。お陰で王妃も事無きを得た。イザーク・ラッサよ、只今よりそなたを将軍職を賜ると同時に叙爵しよう。とりあえず伯爵位とする。明日よりイザーク・ビィ・ラッサを名乗るがよい」
!!驚き過ぎて誰も動けない!