163話
ガルバル国
朝晩は冷えるが、日中は太陽が照りつけ非常に暑い国だと言う。オアシスが点在していて国と国の中継地点として栄え、色々な国の文化の交流起点が国の成り立ちと聞いた事がある。
そう。暑い国なのだ。
「殿下、本当にこれがガルバル国の正式な民族衣装なのですか?」
「あぁ。姉上の結婚式もほとんどの貴族がこの様な衣装だった。魔道具はちゃんと持っているな?」
「はい。持っています」
グッと魔道具を握り締めた。鮮やかな鳥の羽をふんだんに使った上着。派手だけれどそれは良い。問題はその下の民族衣装。
下着の胸当てより小さな面積の派手な色の布を胸元に巻き、薄い薄い布を何枚も重ねウエストのくびれが分かるよう腰で履くふんわりしたズボン。上に透ける素材を羽織るだけの民族衣装。
一応寒い所に行く時の正装とかで羽織りに動物の毛で縁取られているけれど、全く暖かくないし。
ほぼ裸に近いこの様な格好で来賓の挨拶を本当にするの?殿下に至ってはズボンの上は胸元を開けたベストのみの裸。
この様な格好で街中を歩いていたら私なら目を合わさない。
「ディラン殿下、やっぱり私は留守番する訳にいかないでしょうか?」
「ハイドンの入り口は目の前だ。諦めろ」
テオドールで急遽あつらえた豪華な箱馬車の中、私はもう泣きそう。
ショーンさんが作ってくれた魔道具がなければ一瞬で凍死してしまう中、この様な衣装で敵がいるかもしれない所へ行く事を承諾してしまった自分が恨めしい。
「大丈夫だ。そう心配するな。コントロールがまだ難しいが、大分魔力も戻ってきているし、陛下達が目立つ様動いて俺達に目が行かないようにしてくれる手筈だから」
「ソウデスカ」
そう。殿下曰く魔力が戻りつつあると言っている。
そりゃあそうでしょう。厚くなった胸板、腹筋の割れたお腹。
私が毎日毎食後に淹れたお茶の味を忘れないで欲しい。そのおかげで魔力が戻りその素敵な筋肉を身につけたのよ?
それに比べ私は少し気を抜くだけで、薄い布のズボンの上に肉が乗ってしまう。なんて理不尽な…
堀の手前で兵士に呼び止められる。
「そこの馬車止まれ!!」
外から声がした。いよいよだわ。馬車の中に緊張が走る
「ガルバル国の使者とお見受けした。中を改めさせていただきます」
ガチャ
外から扉が開かれる。
「ガルバルの使者の方でよろしいですか?」
「あぁ。信書はここに」
黒髪の鬘を被りメガネをかけた殿下が答える。
私はガルバル国の多くの女性達が身につける、顔を覆う布が頭から下げているだけで特に変装をしていないのでドキドキする。
「そちらはご夫人でよろしいか?」
「あぁ、妻のミーシアだ」
私は殿下と兵士のやり取りを黙って聞いている。変に口を開いてボロが出てはいけない。
「ご提示ありがとうございます。跳ね橋降ろしますのでしばしお待ちください」
ガラガラとゆっくり跳ね橋が降り、馬車は進む。
出る時にはなかった堀の中に水があって工事は順調に進んでいる様で安心した。
ちなみに御者台に座っているのはショーンさん。口元をワサっとしたヒゲに覆われて少しふっくらとして見える衣装を着込んでいて正にザ・変装と言う出立ちね。
他のみんなは別の馬車に乗っているが、エアリーは髪の毛を下ろし濃いめの化粧を、グレタに至っては気合いを入れて老婆の様な鬘と化粧でなり切っている。
老婆を連れる使者って何かしら?と思ったけれど、みんなグレタの変装を褒め称えるので何も言えなくなってしまった。
堀を超え今度は城門で馬車を止められるが、今度はすんなり通されその先には
「ようこそお越しくださいました。我々がご案内いたしますのでついて来てください」
騎乗した陛下達と一緒に出発したラッサ大尉、ノアさん、アイラさんらが隊列を作って出迎えてくれた。
仰々し過ぎる気もしたけれど、周りに集まった人々を見てこれは出迎えではなく護衛なのだと感じた。
雪が降りしきる中集まった人達の冷めた表情やヒソヒソと話す様子は明らかに歓迎していない。
「ディラン殿下、これは…」
「想像以上だな…整備が全然間に合わないとは聞いていたが…」
出発した時にはなかった石畳の道ができ、道の両脇に石で作られた家が立ち並んでいるけれど、家に対して人が多すぎる。
「家に入れない人達は一体どこに…」
「元々もっと整備を進めてから受け入れる予定だったが、予想を超える人々を受け入れるしかなかったと聞いている。多分どこかにひとまとめにして、寒さだけは凌げる様にしてある筈だ」
何て事に…こんな中使者が来たら嫌な顔されるのも当然だわ。
馬車が止まり以前中央と呼んでいた石造りの建物は三階建になっていて、一階は大勢の人達が身体を寄せ合ってうずくまっていた。
人々の間を縫う様に歩き2階に新たに設置された中央本部まで行くと殿下と私だけ部屋の中に通される
「ディラン!ナディア様!無事で良かった!来てそうそう悪いんだけど予定変更だ!急いでこっち来て!」
本当ならこのまま陛下を交えて秘密会議を行う予定と聞いていたけれど、駆け寄ったセラさんに腕を取られそのままUターンして扉から出されてしまう。
一階に降りると
「遠い所わざわざお越しいただき恐縮です。このまま炊き出しまで手伝ってもらえるなんて本当にありがとうございます!」
大声で周りに聞こえる様にセラさんが言った。
…炊き出し?