155話
気を取り直した私が次に向かったのは、整備された港から離れた岩場だった。
「本当にこんな所に温泉があるのですか?」
そう温泉。
マーラ曰くこの先の岩場に、地元の人も知らない温泉があると言うのだ。
「ええ。秘湯とも言われている所なのです。少し歩きますがご案内しますよ」
秘湯…何だかカッコいい。
そう思ってついて来たけれど、本当にこんな所に温泉が?
足場が悪くショーンさんの魔道具をこっそり借りながら進む事30分。魔道具を使用しているのに、この疲労感は一体どうゆう事なのか…納得いかないわと思っていたら
「さぁこちらです」
薮を抜けた先、ドーンと波が打ち寄せる岩場の一部、谷間になった所から湯気が上がっている!!
でもね、いくら人気がなくてもここで服を脱ぐのは流石に私も憚られる。
打ち寄せる波が谷間入ってきて水面が安定していないし、第一底が見えなくて怖い。入ろうか悩んでいると
「男性だと裸になって入る人もいらっしゃるのですが、女性はそこの浅瀬で足だけ温めたりするのですよ」
谷間の横にある窪みを指しマーラが教えてくれた。
なるほど。それなら危なくなさそうね。
いそいそと靴と靴下を脱ぎ、はしたないけれどワンピースの裾をたくし上げそっと入ってみようとした所、グイッっと何かに引っ張られた。
「え?」
「あぁ、すみません。殿下に絶対離れない様言いつかっていたので、鎖でナディア様と離れないよう繋ぎ、尚且つ魔法で鎖が見えない様にしていたのを忘れていました。今外しますね」
鎖!?先程逸れなかったのはこの鎖のおかげかもしれないけれど、何だか納得できない。私はペットではないのよ!
それでもそっと温泉?に足先をつける。
ほ〜〜〜…少し熱いけれど、波が打ち寄せると温度が下がって、丁度良い温度になる。寒いのに足だけ温かくて気持ちよい。
マーラに言われハンカチの上に腰かけると、目の前の海がキラキラと輝く絶景が目に入る。
すごい…凄く広い。空と海の境目が遥か遠くにみえ、今ここにいるのは自分だけなのかしらと錯覚しそうになる。
王都で満天の星空を見た時は地上の家々の灯りのコントラストに魅入られたけれど、この人工物の何もない空と海だけの景色はまた違った感動だわ。
しばらくボーっと眺めていると海が盛り上がりそれが陸に近づくと白い波になる事に気がついた。
あの波は一体どこから来るのかしら?考えていると一際大きな盛り上がりがすぐ近くに来ていた
「ナディア様!!すぐここから離れて…」
ドッパーーン
立ち上がり逃げようとした途端、波は私の太ももまで来て、物凄い力であらぬ方へ引いて行く。
嘘!?待って!このままでは…
ドボンッ
つ、冷たい!!直後再び波が来たようで自分が上を向いているのか、下になっているのか全然わからない!しかも海しょっぱい!
息を止めなければいけないこの場面で、しょっぱさに驚いて息を全て吐き出してしまった。
ガボガボガボ…
さようならみなさん
…最後にお父様、お母様、カール兄様にローラン兄様…あぁエアリーとグレタ、アイラさんにコニーさん…会いたい人が後から後から湧いてくる。
それなら殿下やラッサ大尉辺りにも会いたかったなぁ…
気が遠くなりかけた瞬間、右半身に激痛が走って意識がシッカリしてしまった
痛みと苦しさにもがき苦しんでいると、いきなり目の前に大きな丸が迫ってきて飲み込まれる
「ゲホゲホゲホッっ…」
気がつけば陸に上がっていて周りが何やら叫んでいる
「意識戻ったぞ!」
「出血止めろ!!早く!」
「ダメだ!誰かっ……」
「……」
「…」
遠ざかる意識の中何か暖かいモノに包まれ指先、足先から徐々に暖かくなるのを感じた。
あら?私、とうとう死んでしまったかしら?
評判はあまりよろしくなかったけれど、地獄に落ちるような悪い事していないから天国よね?
うっすら目を開けると薄い青空と柔らかい太陽の光、そして波の音。波の音?
バチっと目を開くと
「ナ、ナ、ナディア様〜〜」
大号泣するマーラと両手に魔道具を抱えたショーンさん、護衛の2人が私を覗き込んで目を見開いていて、横に顔を青ざめさせ呆然としたヒューズ君。
…天国ではない?
ゆっくりとマーラの手を借り起き上がると、服はびしょ濡れな上ズタボロになっていて髪からは水が滴り海藻が絡んでいる。そして私の周りに血溜まり!?
「一体…」
何が起こったの?
「ナディア様!痛い所はございませんか?あぁどうしてこんな事に…」
泣きながら私の頭に絡んだ海藻を取り除いているマーラ。誰かこの事態を説明してくれそうな人は…パチ、ショーンさんと目が合った
「私、海に落ちましたよね?」
「え、ええ。まぁ」
気まずそうに目を逸らし答えるショーンさん。何故かしら?
「私、怪我もした気がするのですが、ショーンさんが魔道具か何かで助けてくださったのですか?」
「いえ。海中から助ける時に魔道具は使用しましたが…」
ハッキリしないわね。段々ムカムカとしてきた
「では誰かがヒールかなんかで助けてくださったのですね」
何故か皆黙り込んでしまった。だから、何なのよ!
「その、確かに最初ヒューズがナディア様にヒールをかけようとしたのですが、その…」
歯切れが悪いにも程がある。
「ヒューズ君が魔法で助けてくれたのね?」
ならば言い淀むショーンさんなんか放っておいてお礼を言わなければ!と思いヒューズ君に向かい合うと
「お、オイラ…もしかしたら…」
ヒューズ君がズボンの中を覗き込みながら泣きそうな声で
「お、おん、女に、なったのか?」
何ですって?何故いきなりヒューズ君の性別の話に?
「だ、大丈夫だ。お前はまだ男だ」
ショーンさんがヒューズ君のズボンの中を覗き込み言った。いよいよおかしな感じになってきた。
意を決したようにショーンさんが
「ナディア様!確かにナディア様を助けたのはヒューズです。ただ、かけたのはヒールではなく、間違いなく聖女の力の様に傷が内側から治っていって、それで…その…」
……ヒューズ君が聖女になっちゃったの?