154話
ガタゴトガタゴト
私は今馬車に揺られフォールダー領の都ヒッパに向かっている。と言っても領主城から坂を下るだけなのだが、非常に揺れる。
吐きそう
「ナディア様大丈夫ですか?」
「ええ。もうすぐ到着するのよね?」
寝台馬車は今思うと物凄く乗り心地が良く出来ていたみたいだわ。あの外観に意識を全て持っていかれたけれど、考えてみたらシャナルではこんな感じだった気がする。
「はい。もうそろそろでございます」
彼女はフォールダー辺境伯夫人の侍女のマーラ。街に出るに当たって夫人がお貸しくださった。
エアリーやグレタと違いお年は上だけれど、その分落ち着きもある。
今回街に出たのは辺境伯夫人の勧めもあり、せっかくきたのだから迎えが来るまで見学するのも良いかもしれないと思ったから。
それにしても家々がカラフルで可愛いらしい街並みだわ。
沢山の人が行き交い活気溢れている。そう言えば初めてドレナバルの王都に着いた時もそんな事を思ったわね。何だか遠い昔の事のようだわ…
馬車置き場に到着し手を差しのばしてくれたのはヒューズ君。
「ありがとう」
手を借り馬車から降りると嗅いだ事のない匂いが鼻を掠めた。
鼻をスンスンしていると
「潮の香りですかね。海が近いですから」
ショーンさんが教えてくれた。
今回街に出るに当たり殿下は凄く反対をしていた。
「何かあったら危ないだろ。俺は陛下と別件で用事があるし」
「街に出るだけですし、護衛も付けてくださるようです。間借りしているフォールダー辺境伯夫人の厚意を無碍には出来ないですよ」
何より暇で仕方ない。一応視察と言う名目も作ってくださったのよ
「ここでナディアに魔力が無い事を知るのは、やって来た俺達の他両陛下と辺境伯夫妻だけだ。何かあった時どう誤魔化すんだ」
…そうよね。何かあった時もそうだけど、普通に街を歩いているだけで置いていかれる事もありそう。
「でしたらショーンさんの魔道具貸してください。体力を使わず歩くとか、うっかりずぶ濡れになっても自分で乾かせられたら疑われないと思うのですが」
むーっと考え出した殿下は眉間に皺をよせて
「ならショーンもヒューズも連れて行け」
そんな一言で2人も同行する事になった。まぁ全然知らない人と行くより良いわね、と2人に声を掛けたら
「俺ヒッパの街大好きなんですよ!」
「オイラ海見たことない!行きたい!」
思っていたより喜ばれた。良かった…
坂を下るように大通りを進んで行くと広場に出る。通り沿いに沢山の店が並び、更に内側に露店が並び大勢の人が行き交う。
「お、お祭りでもあるのですか?」
私の隣を歩くマーラは
「いえ。ただ今日は貨物船が到着したようで、いつもより少し人が多いですね」
何て事…シャナルではお祭りでもこんなに人はいない。
しかも時々聞いた事もない言葉が耳に入ってきて異国の人もいるらしい。
どうしましょう、ドキドキしてきたわ。
露店に並ぶ品物も見た事のない細工のアクセサリーや雑貨、道端では聞いた事のない楽器を片手に異国の言葉で歌を歌う人。
私の足は吸い寄せられるように人混みの中を進んで行くと香ばしい匂いが漂ってきた。
「マーラ!あれは何かしら?」
マーラはこんな人混みでも、私からピッタリ引っ付いて離れない。流石ベテランは違うわ
「あれはイーカ焼きです。ナディア様。お食べになりますか?」
「え?」
買い食いなんてした事ないわ。身体に良くないと聞いた事があるもの。それに私には持ち合わせはないし。でも…
悩んでいると
「一つ買ってみましょう」
ニコニコとマーラは列に並んでしまう。
「あの!マーラ、実は私持ち合わせがですね…」
「大丈夫ですよ。ディラン殿下からお預かりしてますから」
そう言って小袋をチラリと私に見せた。
何ですって?殿下がお金を?…なんて良い人なのでしょう!!
少し並んで購入したイーカ焼き。茶色の丸い輪っかになった物体や細長いブツブツがついた物体が串に刺さっている。
「これは…」
匂いは香ばしいのにこれは本当に食べて良い物なのかしら?と言うか食べ物?
「ふふふ。ナディア様は初めての様ですね。これは遠い国のソイソースがベースになっているのですよ」
マーラはそう言って串に輪っかを刺して私に寄越してきた。
ゴクリ…大丈夫よね?思い切って輪っかを丸々口に入れた………モグモグ…
お、おいしい!!少ししょっぱいのに噛めば噛むほどイーカの味?と相まって非常に美味しい!!だけど…モグモグモグモグ
一体どこで飲み込めば良いのかしら?
「ほほほ。シエナ様もプリシラ様ももっとお小さい頃初めて食べられた時も、どこで飲み込んで良いのかわからず涙目になりながら咀嚼したんですよ。最もその半分の量だったのですが、大丈夫ですか?」
この輪っか一つでは大きいってもっと早く教えてほしかった…
他にも揚げたお芋や焼き菓子、果物など色々と食べ歩き広場から出ると、今度はただの木の壁の大きな建物が並ぶ通りに出た
「この先には何かあるのかしら?」
もうお腹もいっぱいだしヒッパの街は満喫できたので満足なのだけれど
「この先は港がありますよ。異国の貨物船が並んでいて壮観です」
異国の船…一応視察なのだから、行った方が良いわよね。シャナルに海は無かったので異国の船ももちろん見てみたいし。
「それは楽しみですね」
馬車が行き交う程の道幅はなく、沢山の人々が肩や頭に荷物を乗せ歩いていたり、荷車に山積みにして運んだりしている。何故もっと道幅を広げないのかしら。私の疑問を感じ取ってくれたのかマーラが答えてくれた
「この右側にある建物は貨物船からの荷物が、左側は水揚げされた魚介類を仕訳したりする場所になっているのです。中はもういっぱいいっぱいで、ここに馬車止めを作ったりできないのもあるのですが、何より馬は糞をするので、衛生的にもここは馬は立ち入り禁止になっているのです」
なるほど…よく考えられて街づくりされている。シャナルで衛生面なんて誰も考えた事も無かった気がする。
そんな話しをしながら曲がり角を曲がった私の目に飛び込んできたのは
「なんて大きい…」
見た事もない大きさの帆船が三隻も並んでいて、沢山の人が荷物を船から降ろしている。そしてその向こう側は、果てが見えない海?あまりの景色に息を飲んで見てしまった。
「ふふふ。いかがですか?フォールダー領自慢の港と海です」
「ええ、ええ…何て壮大で素晴らしいのでしょう…」
話で聞くのと実際見るのとでは大違いだわ。ヒューズ君も私同様初めての海に大はしゃぎしている。
一通り港の視察をしていると水揚げされた魚かしら?沢山の木箱の中に色々な魚が一緒に入っていて、その中から一匹ずつ魔法で凍らせ種類ごとに箱に入れていく。
なるほど…凍らせる事で魚を腐らせる事なく運ぶ事ができるのね。感心していると凍らせる前の箱が何やらモゾモゾと動く白っぽい…魔物!?
「マ、マーラさん!あそこ!魔物が紛れ込んでいます!」
私が箱を指差すと
「ええっ!?あぁ、アレは魔物ではございません。先程ナディア様が召し上がったイーカですよ」
微笑みながら言うマーラさん。何て物食べさせるのですか!?
一瞬で気が遠くなった