153話
「お相手のイアン殿下に想う方ができたと言う噂で持ちきりとか。あのクソ王子!本当許せない!」
いきなり私達の会話に参加してきたプリシラ様。心臓に悪いからやめて欲しい。
「プリシラ。言葉を慎みなさいと何度も言っているでしょう」
シエナ様すごい!こんな美少女なのに傲る事なく冷静で客観的で。そんなシエナ様がいるのに他に想う方?
「イアン殿下はこの結婚には元々10年前から乗り気ではありませんでしたから」
10年前って殿下と婚約解消した後に結ばれた婚約、と言う事?
「イアン殿下の国、ミルテッド王国はここ何年か立て続けに大嵐に襲われまして…ドレナバル帝国から国としての支援があったと聞きますが、このフォールダー領からも個別に支援していたのです。主に兵士や衛生兵を送りミルテッドの復興に尽力していたのですが…」
そこで目を伏せてしまったシエナ様に変わりプリシラ様が叫ぶように言った
「その衛生兵の中から聖女が急に現れたって!その聖女と陣頭指揮を取っていたイアン殿下が恋仲だと噂になっているのです!」
…聖女?それって…
「私と同じような状況だから、話しがしたくていらしたと言う事ですか?」
静かに聞くと
「…失礼なのは重々承知しています。でもナディア様はどの様なお気持ちで、婚約解消されたのか聞きたくて…正直、私はどうして良いのかわからなく…」
シエナ様の絞り出すような言葉に胸が痛くなった。
あの時の無力感や諦め、この先の不安感が蘇ってくる
「私は…」
あの時の気持ちは中々言葉にするのが難しい
「私はあの時、何一つ自分で決める事はありませんでした。周りの人達が勝手に決めていったので。ただ、もし自分で決めて選ぶとしたら…」
どうしたんだろう?マーシャル殿下と過ごした日々を無かった事になんて自分で選べる自信がない。
多分政略結婚なのだからと言って、自分に気持ちを向けられていないのを知って一緒にいたかもしれない。
「多分選ばなかったと思います」
あの時私はきっと選べなかった。
「あの時の私はシャナルでの日々が全てでしたから。それ以外の人生を考えていなかったですし」
「…今は違うと言う事ですか?」
「はい。今の私なら不敬だと思われても、私から婚約破棄を言い渡すと思います」
周りに言われるがまま、私に一言も無く聖女に乗り換えたマーシャル殿下。
積み重ねた日々は何だったのだろうと思わずにいられない毎日だったけれど、今ではマーシャル殿下の顔さえうろ覚えなのよ
「何故かお聞きしても?」
「楽しい…からでしょうか。最初は何故このような酷い目にと思う事が多々ありましたけど。もちろん今でもそう思う事もあります」
それはもう間違いなく
「けれど、シャナルでの毎日は…つまらないものだと、今は思います。もちろん今も貴族令嬢である事に変わりはなく、ドレナバルの皇太子の婚約者と言う立場ではありますが」
「それはシャナルとドレナバルの違いと言う意味ですか?それでしたら…」
「いえ。国の違いではなく…私の心持ちの違いかと。上手く言えないのですが、それまでは与えられた毎日を当たり前に享受するだけだったのです。でも今は…」
…誰も考えを汲んではくれないから、自分の意見は言わなければならないと言っていいのかしら?キチンと自分の意見を言わないとあらぬ方へ話しが行ってしまうのです。なんて…とても言えない
「自分で考えたり、決めたりできて新鮮なのです。温泉もありますし、ささやかな夢もできましたし」
うん。これなら嘘は言っていない。
「心持ち…ですか」
シエナ様はそう言って考え込んでしまった
「少し考えてみますわ。立場的にイアン殿下のミルテッドは小国でしかも三男、私は大国の辺境伯の娘…ほぼ対等な政略結婚なら一方的に解消される事もないでしょう。ならば現れた聖女は側室に…愛情を求めさえしなければ心持ち次第で楽しく過ごせると言う事ですわよね?」
そう言う意味ではなかったけれど…前向きになったのなら良かったの…かしら?
「話しの途中ですまないが、その聖女の話は変じゃないか?急に現れたなんて」
殿下が話に入ってきた。誰も何も答えないのでちょっと私が答えてみる。
「シャナルでも急でしたよ。しかも初めてでした。聖女が現れた事自体が」
「え〜…やっぱり変かも?聖女って生まれた時から聖女って聞いてるんだけど」
プリシラ様が言った
「そうなのですか?」
「ゼロじゃないけど、ほぼ生まれてすぐ発現するって習いましたよ。ねぇお姉様?」
「そうね。この大陸だけで中途覚醒者が急に2人って、変ね」
「大陸内でせいぜい2〜3名いれば良い方だった聖女が、ここにきて急に2人か…」
呟くように殿下が言った
「でもドレナバルは魔法を使える人がほとんどで、その魔法の中には傷を治すとかあるじゃないですか」
グレタはそれでセラさんの毛穴まで塞いでしまったのよ?
「魔法と聖女の力は別物だ。魔法は傷を塞ぐが、聖女のそれは始めから無かった事になると言うものだ。病気も魔法は魔力を身体の中に巡らせ治すが、聖女は病気を消滅させると聞いた。俺は会った事は無いが」
だとしたらやっぱり変かも…
「この同時多発覚醒聖女の件は俺が預かる。他になければ俺はナディアともう少し話ししたいんだが」
「あら、失礼しましたわ!ではごきげんよう」
ヒラリと立ち去ったプリシラ様と対照的に
「全くあの娘は!殿下、ナディア様、貴重なお時間ありがとうございました。ではまた。ごきげんよう」
シエナ様は華麗にお辞儀をして帰って行った。あとは…
「殿下。お話しって何ですの?」
手短にお願いしたい。何度も言うけれど疲れきっているのよ。
「何って婚約解消の話だ。俺としては継続したいと思っているんだが」
あら、そうだったわ。
「私も事情を知らなかったとは言え、あんな風に怒ってしまい申し訳ありませんでしたわ」
思っていた事を素直にそう言って頭を下げた。私だってここを追い出されたら非常に困るもの。
「なら継続で?」
ゴクリと頷くと
「良かった。これからも頼む」
ホッとした表情で殿下が右手を差し出したので再びガッチリ握手をする。
「私のお茶がないと魔力回復しなさそうですものね」
嫌味ったらしくニッコリ笑って言う。悲しいけれど、私との婚約継続はそこが一番大事なのでしょうから
「当たり前だろ。魔力が無ければナディアの事も守れないのだから」
…え?嫌だ。胸がドキドキ…
「何よりハイドン村の復興には俺の魔力が絶対必要だ。あそこに盤石な王都を造らない事にはドレナバルの復活はありえない」
やっぱり殿下だわ。ドキドキして損をした