150話
「そんな事もあったな…確か今は隣国の第3王子と婚約中であったか?」
「ええ。春になったらこの地を発つ予定なのですが…」
シエナ嬢の顔が少しだけ翳った。
何かしら?まさか第3王子は物凄くお年寄りとか大嘘つきとかハゲているとか女たらしとかかしら?
「何だ?憂いでもあるのか?」
「…いえ、なんでも。私より殿下の方が大変なのでは?色々と面白い噂を耳にしますわ」
「フン!言わせておけ」
顰めっ面になった殿下が言う。
殿下の噂だけよね?私の噂はまだここまで来ていないわよね?
途端に不安になってきた。
その後晩餐会は微妙な空気で終わり、女性達で別室でお茶でも飲みましょうと言うお話しを丁重にお断りした。もうコルセットが苦しくて気が遠くなりつつある。
部屋に戻ろうとしたその時
「いましたわ!私の部屋に火を放った放火犯!誰か!この人を捕まえて!!」
この声!驚いて振り返ると殿下が美少女に詰め寄られていた。
忍び込んだ時うっかり火事を起こしてしまった部屋の美少女!
どうしましょう。このまま黙ってここを立ち去ろうかしら?今のこのメイクなら私だけバレない気が…
2人は言い合いになっているのでこっそりその場を立ち去ろうとしていると
「おい!ナディア!お前からも言ってくれ!」
ヒィ!何故ここで私を呼ぶのよ。人でなし!
周りの目に押されるよう渋々殿下の所へ行くと
「一緒にいたのはこんなド派手な方じゃないわ!地味で野暮ったいメイドよ!」
ほら、ご覧なさい。一目で私だとわからないじゃないの。
それにしても地味で野暮ったいとは…殿下だってあの時、髪も髭もボサボサのコック姿だったのに
「そうは言ってもあの時いたのはこのナディアだ。そしてわざとではなくて…」
私達の周りに人だかりができ、兵士が駆けつけて来た時
「お2人はお知り合いでしたの?」
人だかりの中からプリシラ嬢が声を上げた
「プリシラ様!ここに放火犯が…」
「エレノア様、こちらこのドレナバル帝国の皇太子、ディラン殿下であらせられますわ。丁度ご紹介しようと思いましたの」
「はぁ!?皇太子だからって…こう、太子?」
プリシラ嬢はこの美少女の知り合い?
今、目をひん剥いて驚いている美少女は、あの時やむを得ずでしたけど、花瓶の水をぶっ掛けてしまったのよね、私。
「殿下、こちら王都の南にあるエーレン領からいらしたエレノア・ビィ・エーレン嬢ですの。魔力も豊富で殿下の新しいご婚約者にいかがです?」
私は!?
「ハァ?何故新しい婚約者の話しになるんだ!」
しまった。殿下の素が出始めてる!
一瞬周りがビクリと怯えた
「ディラン殿下、私は大丈夫です。落ち着いて下さい」
咄嗟に殿下の袖口をつかんで止めに入る。
ここでダダ漏れは…あら?今の殿下に魔力は無いのよね
「殿下、もしかして…完璧に魔力を抑えられるようになったのですね!素晴らしいですわ!!」
プリシラ嬢が瞳をキラキラさせながら言った
「あ、あぁ。そうだ。つい最近」
また大嘘を…
「でしたらまたシエナ姉様と婚約を…」
「一体何なんなんだ。今はナディアと言う婚約者がいると…」
ウンザリした殿下の言葉に被せるようにプリシラ嬢が
「噂をご存知ですか?そこにいらっしゃるナディア様の」
プリシラ嬢は言いながら私を見た。まさか…
「ここにいるエレノア様は5日程前にこのフォールダー領に20日程かけていらしたのです。その途中アチコチで耳にしたその噂、エレノア様ここでおっしゃって下さい!」
バーンと言う音が聞こえそうな位の勢いでエレノア嬢を殿下の前に押し出すプリシラ嬢。
まずいわ。ここにいるのは貴族ばかり。そしてここフォールダー領はドレナバルの西端にあり、貿易の要となる地。こんな所で私の噂話を暴露されたら私の悪評が世界を駆け巡ってしまう!
「カッコいい…素敵ですわ」
うん?両手を胸の前で組みうっとり見つめるエレノア嬢。いつかどこかで見たような…
「エレノア様!うっとりしていないであのナディア様の噂話をしてくださいな!」
「え?あらそうね。ゴホン…まずエーレン領は王都から南に位置するのですが、情報はここフォールダー領よりかなり早く出回りますの。それこそナディア様が王都に入ってすぐ虚弱なご令嬢に始まり、その後も行く先々で…」
「何のお話しですの?」
その場にスッっと現れたのはシエナ嬢。
「お姉様!今エレノア様がナディア様の噂についてお話しくださっているのです。お姉様もぜひお聞きになって…」
「何故私が聞かなくてはならないの?」
「だって!お姉様も聞いたら考えを改める筈です。お姉様の方が殿下に相応しいですわ!ドレナバルの事もよくご存知だし、容姿だって!!」
酷い。流石に傷つく。
大衆の面前で噂話を暴露されるのとどちらが良いかと聞かれれば、どっちも嫌。
何故こんなに大勢の人がいる中、誰も私を知らない中で貶されなければならないの?
「ナディア様には申し訳ないとは思いますが、他所の小国からやって来て、このドレナバルと言う大国の王妃にいきなり収まろうなんておかしいですわ!お姉様がダメならエレノア様は伯爵位ですけど資格はございます!」
ほんの少し静寂に包まれた。
ぷち
私以外なら誰でも良いと言う事ね
「わかりましたわ。ディラン殿下、今この場で婚約解消しましょう」
「ナディア!?」
「否定するでもなく、庇ってくれるでもなく。こんな婚約者ならいりません」
フン。今なら魔力も無いのだから誰とでも一緒にいられるでしょう。
そのまま扉から出ようとしたら腕を掴まれた
「バカな事言うな!俺はちゃんと否定しただろ!?」
「否定?晩餐会で私が話しから外された時もほったらかしだったではないですか。今なら選び放題です。頑張って新しい婚約者を…」
「ふざけんな!!お前がいなければ誰が茶を淹れるんだ!俺を見捨てるのか!?」
何ですって!?
「それを言ったらディラン殿下だって守ってくださると言った言葉はどうなんですか!?今このような時こそ守り時でしょ!!」
2人して肩で息をしながら言い争っていたその時
『おぉ〜』
何故か周りから歓声ともため息ともつかない声が聞こえてきた。
一体何なの!?2人怒りの形相で振り返ると
「なんてロマンチックな告白でしょう」
「キャ〜!!!俺を見捨てるのかって…」
「人と接するのが難しかった殿下が誰かを守るだなんて…」
「ナディア様もヤキモチ焼かれて可愛いらしい」
「「ハァ!?」」