149話
私達は案内人に従い広間の中を進み、フォールダー辺境伯と同じテーブルに着いた。
…辺境伯の奥にいらっしゃるのは奥様と子供達かしら?
凄いわ。奥様始めお嬢さん2人は皆んな巻いた髪の毛をツインテールにして、黒を基調とした光沢のある布地にピンクや紫のフリルやリボンがこれでもかとあしらわれたお揃いのドレスを着ている。
なるほど、私の豹柄は地味かもしれない。
そこに後ろの楽団からファンファーレが聞こえてきて一番大きな扉が開き陛下と王妃様がお出ましになった。
…王妃様…図鑑で見た事のある孔雀の羽根をドレスの袖やドレープ部分全面にあしらい、とどめに髪飾りにも孔雀の羽根がバッサバッサとはためいている。
「母上…一体何が…」
殿下が絶句してしまった。
何と言って慰めようかと思っている内に、陛下の挨拶と共に晩餐会は始まり次々と豪華な食事が運ばれてくる。それぞれ近い席の人達が歓談をしながら食事を始めると
「殿下お久しぶりでございます。覚えていらっしゃるかしら?プリシラでございます」
「あぁ。久しいな。息災にしていたか?」
「ふふ。お陰様で。殿下もお元気そうですね」
私の向かいに座る可愛いらしいと言う言葉がピッタリの、フォールダー辺境伯のお嬢様が私の隣に座る殿下に話しかけた。
「プリシラ嬢も変わりないようだな。ナディア、紹介しよう。フォールダー辺境伯の4番目の娘、プリシラ・ビィ・フォールダー嬢だ。プリシラ嬢、こちらは婚約者のナディア,だ。仲良くしてやってくれ」
貴公子然とした殿下のやりとりに驚いたけれど、ここは私も公爵令嬢としてキチンと挨拶をしないと
「初めまして。シャナルから参りました。ナディアとお呼び下さいね」
笑顔でそう言うと
「こちらこそよろしくお願いしますわ。私の事もプリシラと。それで殿下はいつまでこちらにいらっしゃるの?今度お茶会がありますの。ぜひ参加いただきたいわ」
え?会話ぶった斬ったわね。
まぁ無用な争いはしたくないし、フォールダー領に長居しないでしょうから別にいいですけど。
あからさまに私を居ない者として扱うプリシラ嬢に、殿下は気遣うようチラチラとこちらを見ている。
大丈夫ですよ、殿下。この場で言い争ったりしませんから。
仕方ないので食前酒をチビチビと飲む事にした。だってコルセットが苦しくて固形物が喉を通る気がしないのですもの。
その間周りを一通りみてみる。プリシラ嬢の隣、殿下の向かいに座るご令嬢もフォールダー辺境伯の娘さんよね。
確か貴族にしては珍しく6人程お子様いるとおっしゃっていたけど、一番下の娘さん?プリシラ嬢も可愛らしい顔をしているけれど、更にその上を行く美少女だわ。
顔も小さいし、菫色の瞳にシミひとつない肌、小さく色づいた唇。どれを取っても非の打ち所がない美少女。
肖像画にして持ち歩きたい。
一通り2人の話しが済むとプリシラ嬢は突然こちらを向き
「ナディア様、お食事が口に合わないのでしょうか?先程からほとんど召し上がっていないようですが…」
殿下との会話に夢中で私の事はほぼ無視だったのに、行動は良く見ていらっしゃる。
「いえちゃんと頂いてますわ。こちらの魚介料理はとても美味しいですわね」
お得意の作り笑いの方でそう答えると
「まぁ、ではナディア様は少食でいらっしゃるのですね。羨ましいですわ。私は食べてもあまり身にならないものですから」
…今、全然食べないのに太っていると言った?
「ふふふ。ちゃんと頂いてますわ。こちらの魚介料理はとても美味しいですから」
にこやかに先程と全く同じ言葉を繰り返すと
「まぁ私、何か気に触る事を申し上げたかしら?」
「んまぁぁ何故ですの?」
「だって何だか怒っていらっしゃるような…」
上目遣いで眉毛を少し下げ悲しげに彼女は言った。
キィ〜!何ですの!?初対面で何故このような仕打ちを!?人を悪者に仕立てあげようとしているのがアリアリですわ!
そしてもちろん怒ってますわよ。でも表情には出ていないはず。目にはちょっとだけ出ているかもしれないけど
「プリシラ様、気のせいですわ…私、小国から参りましたでしょう?少々緊張しているので顔がこわばってしまったのかも…」
私も彼女に負けず悲しそうにポツリと言って俯いてみる。貴族令嬢の戦いは決して言い返したり、やり込めるだけではない。
秘技『か弱い返し』をする。
「まぁそうでしたのね。私ったら知らなかったとは言えお恥ずかしいですわ」
何故かここに悲しみめいた令嬢が2人。自分から喧嘩を売ってきたクセになんて図々しい
「何だプリシラ、シャナルが小国だなんて知っていただろう。何故知らなかった風に言うんだ」
殿下が私を庇ってくれた!
顔を赤くしプルプル震えているプリシラ嬢。
ホホホ殿下は私の婚約者。肩を持つのは当然…
「ナディアも緊張なんてするタマじゃないだろう?どっか悪いのか?食欲無いなんて」
前言撤回
この人に婚約者を庇うなんて考えはは持ち合わせていなかった。
ドン
テーブルの下で殿下の足を踵で思い切り踏んづけた。ついでにグリグリも忘れない
「イッ!!」
何をするんだと言う眼差しで見ていらっしゃるけど、自分の目の前で婚約者が貶されたら庇いなさいよ!キッと睨んだら
「目が赤いぞ。また熱でも出たのか?」
そう言って私の首筋に手を当てた。
一体この男は公衆の面前でいきなり何をするのか!
文句を言おうとしておかしな空気を感じた。このテーブルだけ時が止まったかのように皆んな固まってシンと静まり返っている。
「クスクス…殿下とナディア様はとても仲がよろしいのですね」
プリシラ嬢の隣に座る美女性が鈴を転がすような声で言った。美少女は声も素晴らしい
「あ、失礼しました。シエナ・ビィ・フォールダーと申します。どうぞシエナとお呼び下さい」
この方が洋服を貸してくださっているシエナ嬢だったのね
「では私の事もナディアと。この度は洋服を貸してくださりありがとうございます」
殿下の手をひっぺ返し挨拶をした。
「いえ、お役に立てたなら良かったです。それより妹が大変失礼な事を申し上げた事、お詫びします」
妹…え?シエナ嬢が姉!?一体おいくつ!?
「プリシラは昔から殿下に憧れを抱いていたので、少し意地悪を言いたくなっただけなの。許してね」
「え、いえ、そんな…」
こんな美少女に言われたら、何でも許してしまいそう
「違いますわ。お姉様!私はただ、今でも殿下に釣り合うのはお姉様だけだと…」
「ふふふ。もう随分前に終わった話しなのに。ねえ?殿下?」
す、凄い!美少女なのに色気まで備えている
「あぁ、そうだな。婚約解消からもう10年近く経つのだな。まぁ今はこのナディアがいるから」
…元、婚約者…と言う事?私は殿下の婚約者話しを思い出そうと頭を高速回転させた。
ダメだわ。
聞き流したせいかマデリーン様の話ししか思い出せない…
「殿下の魔力と釣り合いつつこんなに仲良くなさっているなんて、泡を吹いて倒れた甲斐がありましたわ」
朗らかに笑うシエナ嬢。
思い出した!初めての婚約者…会った瞬間泡を吹いた人!