145話
その後も聖獣についての説明がなされた。
聖獣に愛された土地の人が望めば運を味方にできると言う事。その愛された人々の子供や子孫も聖獣と相性が合えば150年位は側にいてくれるらしい。
それにしても一体いつ王都を見捨てた話しになるのかしら?
王妃教育の様になってしまったこの場を見渡すと…
フォールダー辺境伯、今身体をビクッとさせましたわよね?王妃様はずっと伏目勝ちで微動だにしない。
待って待って。殿下うっすら目を開いている様だけれど寝てますわよね!?
この場で陛下と私だけが起きているなんてヒドすぎる!
「陛下、そろそろ喉が渇いたのではないですか?私で良ければお茶を淹れますわ」
「おぉ、気が利くな。頼むよ」
私が席を立つと、3人はさも寝ていませんの体でそれぞれ咳払いをしたり、髪を触ったり、鼻の下を指で擦ったりしている。
ふふふ…ラッサ大尉に気付薬と言わしめた、私のお茶を振る舞って差し上げようじゃないの。
しっかりたっぷり蒸らした後、ティーポットの中をいつもの3割増しでスプーンでグルグル回し優雅にカップに注ぐ。
それぞれの席にお茶を置き私も席に着く。言われた時は腹が立ったけれど、このお茶の使い所は今この時よ!
ほぼ全員がカッっと目を見開いた
「グホッ!」
「ナ、ナディアよ…これは…」
「…あまり味わった事の無い風味ね」
ほほほ…皆様目が覚めたのではないかしら?ふと殿下を見ると自分の手のひらを見て呆然としている。
「ディラン殿下?」
「あ、いや、何でもない。流石ナディアの淹れたお茶だな」
一体何が流石なのか…
その後皆んなが皆んななんだか目が覚めてきた気がする、とか言って陛下は再び話しをし始めた。
聖獣が亡くなると天変地異に備える為各国に通達を出さなければならない。けれどオルスト神聖国はそれをしなかった。何故なら聖獣が行方不明だったから。過去行方不明になった聖獣はいないし、また大変不名誉な事でもあったため言えなかったと思われる。
そんな時各国元首の夢枕に女神アリアステがやってきて新しい卵がドレナバルに現れますよ。と言ったそうな。
新しい卵の出現は過去千年以上に渡って夢のお告げによってなされてきたものの、今回はまだ亡くなったと言う知らせもなく、皆ただの夢だと思ってしまった。
その後あまり時を置かず大陸の北マッサーラ国の東で山の大噴火が起こった。小さな国が二つ甚大な被害を受けた直後、南にある国で長期間に及ぶ長雨で川の決壊が起こった。各国の元首達はあのお告げは夢ではなく本物ではないかと疑い始めた時、既にドレナバルの王都の中では移民が大量に流れ込み通貨もマルゴロードの通貨に取って変わられると言う事態になってしまった。
「まぁ、儂は元々王である器ではなかったが…こうなってしまうと王都は収集がつかなくなってきてな。挙句、儂以外にももう1人夢のお告げがあったと言う者が元老院の1人バグラー侯爵の甥、ヨハネス・バクラーからなされてな」
それは一大事ですわよね?
話しの流れで行くと国の元首しか見る事ができないはずの夢を他の人が見たと言ったら、陛下の国王としての立場が無くなってしまう。
「で、でも陛下も夢を見たとちゃんと仰ったのですよね?」
「あぁ。王妃とセルゲイにはな」
ええぇ!?それはちょっとよろしくないのでは?
「あ、あの、その後などにキチンと表明されていたのですよね?元老院の方々とか国民にちゃんとお告げがあったと」
「…ヨハネス・バグラーの後にな」
!?!?!?
「そ、それは…」
ダメダメにも程がある。後手どころかヨハネス・バクラーなる人が夢をみたから陛下もそう言ったと、私なら捉えてしまう。
「勿論反論したし、セルゲイの日誌も提出し、お告げがあった日も証明したが…」
…全て後出しの言い訳にしか聞こえない…
「バクラー侯爵がマルゴロードと手を組んでいたと言う決定的なモノはなく、なす術もなく王都から逃げ出した。と見せかけてからの遷都だ」
うっかり表情を作るのを忘れ口をパカッと開けてしまった。
「あの、陛下…いくら何でも、その…」
「何を言いたいかわからんでもないが、実際ディランは力ずくで遷都したではないか」
そうだけど…そうなのだけれど。
国民はただただ陛下が逃げ出して別の所に都作っちゃったよ位にしか思っていないのでは?
このままドレナバル家が王位継承して良いのかと言う話になってしまう。
「もういい頃合いだと思っていたんだ。ただでさえあの王都は国の東寄りにあったのに、西に拡大してしまったからな。位置的にかなり不便で西側の防衛に不利だったのだよ」
そうね。30年前の地図でも随分東寄りだと思っていたのに、更に西側に倍近く拡大してましたものね。それでもタイミングを考えたら今では無いはず
「元々一度はアルに、アルベルトに譲った王位だからな。これを機にディランに譲りたいんだが」
「父上!?」
「「陛下!?」」
私だけでなく王妃様以外誰もが驚きの声を発した
「儂は生まれてこの方、王になりたいなどと一度たりとも思った事はなかった。アルベルトが継承する事が決まった時は小躍りして喜んだ位じゃ」
何かを懐かしむように陛下は言った。
アルベルトって陛下の亡くなった弟で、王妃様との結婚で王位を譲った方よね?戴冠式の前日に殺されてしまったと言う…
陛下は在位23年と聞いた事があるけれど、ずっとそんな風に考えながら過ごしていたのかしら?
「誤解がない様に言うが、嫌だからと言って蔑ろにはしていないぞ。元老院の傀儡になった方が楽かもしれんとよく考えたが、アルベルトの顔が浮かんでそれも出来なかった…」
なんてカミングアウトを聞かされているのかしら?
肩を落とし陛下は続ける
「国民の平和と秩序を守り、あらゆる事に決断を迫られる。儂にはその決断力が決定的に足りない。これは王の資質として致命的だ。」
慎重ではなく優柔不断と言う事?
シャナルの国王はどちらかと言えば何も考えずに決定をしていた様に見受けられたけれど、そっちの方が問題な気がする
「ですが陛下!ドレナバルをここまでの大国になさったのは陛下ですぞ!その実績は偉大なる過去の王達にもなし得なかった偉業ではないですか!!」
鼻息荒くフォールダー辺境伯が叫ぶ。痛い痛い、耳が壊れてしまいそう。もう少し声を落として欲しい
「偶々だ。流されて超大国になっただけで儂が決断した訳ではない」
対照的にベッコリへこんだ陛下が言う。何故そんなに自信がないのかしら?
「あの、陛下…流石にご自身を卑下し過ぎではないですか?」
言わずにはいられない。今この大陸で一番の大きさまで繁栄させた人の言葉とはとても思えない。私だったら高飛車な暴君になりそうなのに
「卑下ではないさ。儂は国民と家族を天秤にかけたら、間違いなく家族を選ぶ。その時点で国王失格なのだよ。」
………何気に家族愛自慢?