144話
「ディランからザッと話は聞いた。ナディアにはすまない事をした」
そう言って陛下が頭を下げた。
「や、やめて下さい!そんな頭を下げていただく程の事なんて…」
あったわね…何度か死にかけているじゃない私。
実際死んでいるのかどうかわからない偽装までしてハイドン村に行ったわよね
「皆さんに助けていただけたので大丈夫ですわ。あの…陛下もご無事のようで何よりです」
本当は一体今まで何をしていたのか問いただしたいけれど、立場上そんな事もできるはずもなくご機嫌伺いみたくなってしまった
「まぁ聞きたい事は山程あろうな。何故王都を捨てる様なマネをして、とか?」
嫌だ。はしたないわ。顔に出ていたかしら?
「そうだな、どこから話せば…セルゲイ」
陛下の背後に控えていたセルゲイさんは陛下に近寄り、二言三言話すと壁際に立っていた全員を連れて退室して行った。
このサロンに残ったのは陛下、王妃様、殿下、フォールダー辺境伯、私の5人。何やら大切な話の予感がヒシヒシとしてならない。
ここは腹を決めて話しを聞きましょう。私は座りながら下っ腹に力を入れて話しを聞く体制になった。
「さて、ナディア。何故王都を捨てる様なマネをしたかだったな。まぁ簡単に言えば半分以上マルゴロードに落ちていたから、だな」
何の感情も乗せず淡々と陛下は仰る。
落ちた…王都はマルゴロードに落ちていたの?一体いつから?
陛下の横に座る殿下を見ると、目が座っている殿下と目が合った。不機嫌マックスね。魔力が全然ない状態で良かったわ。
それにしても、少なくとも殿下は知っている風ではなかった。あまり王都にいないと言っていたし知らなくても仕方ないけれど、皇太子が知らないって…
「あの、この事を知っていたのは…いえ、それよりいつ頃からそんな事になってしまったのでしょう?」
私はドレナバルがそんな事になっていたと知っていて嫁に出されたの?
ううん。待って…あの時お父様は手当たり次第他国に釣り書きを送っていた風だった。でも国王夫妻はご存知だった?あんなに可愛いがってもらっていたと思っていたけれど、やはり息子可愛さに私達には何も言わずにいた?
「ナディアがここドレナバルにやってきたのは
かれこれ2、3ヶ月程前じゃったか?いつ脱出を図るかの瀬戸際だったな…」
なんですって!?
「で、ではディラン殿下が戻ってきていたら、あの時…」
「その場で婚約をした後、ナディアを国に帰そうと思っておったのだ」
!?!?
「シャナルにいればナディアは安全だからな。まぁディランが帰って来れない様、ハイドンとテオドールから手をつけた辺りあちらの方が用意周到だったと言う事じゃ。」
信じられない…
私の事情を知っていたのかは知らないけれど、一体私の事を何だと思っているの!?怒りで握りしめた手がプルプル震えてくる
「私を国に帰してもディラン殿下の婚約者がシャナルにいると知られれば、最悪婚約解消させようと他国から攻め入られる事もあったと言う事でしょうか?」
怒りの眼差しで聞くと
「それはない」
え?
「シャナルは永世不干渉国じゃからな」
何ソレ
「シャナルは他国に対し侵攻はならず、またどの国もシャナルに対して攻撃及び侵略する事はならない。と文献には載っておる。この大陸の不文律じゃよ」
「何故、その様な…シャナルにとっては大変有り難い不文律が?」
「これも文献じゃが、千年程前にシャナルに卵が現れた時、シャナルなら征服は簡単とばかりに各国から攻め入られそうになってな。卵の段階ならば奪う事は可能だ。孵ってしまったら聖獣を攻撃するのと同義だからな。だが当時の国王が迷惑だから何処かに捨てようとしたそうな。結局捨てようとした時に孵ってしまったのだが」
はい!?
「聖獣ってどの国からも有り難がられる生き物ですよね?」
「そりゃあいてくれるだけで気候は安定するし、領土を拡げたい等の希望も聖獣との相性が合えば叶えてもらえるとなってはいる。なってはいるが、いなくなってしまった後悲惨な状態になってしまい挙句無くなってしまった国もある」
いや、それでも有り難い聖獣様を捨てようとするなんて…
「まぁ結局は孵ってしまい、その後何もいらないから穏やかに暮らす事だけを願っていたら、聖獣の方から『永世不干渉国』になった方が良いと提案されたとなっておる」
「聖獣って喋れるのですか!?」
しかも聖獣の方からそんな提案をされるなんて!
「文献ではな。前回の代替わりは100年前だから今生きている人間で聖獣の代替わりを実際見たり聞いたりした者はあまりいないな」
「ちなみに代替わりは100年ごとに?」
「一番短くて2年、長くても150年程度とはなっているが、伝わっていない国も多々あるだろう。ちなみに2年はシャナルだ」
陛下は指を二本立て説明してくれたけれど、要するにシャナルは2年で聖獣に見切られたと言う事よね?
色々と混乱と情けなさで訳がわからなくなってきた。
聖獣とかシャナルの話は横に置きましょう
「コホン。あの、2、3ヶ月前には王都はもう捨てざるを得ない状態と言う事は、何年も前からマルゴロードに侵入を許していたと言う事でしょうか?」
「いや、聖獣の卵のお告げがあったのが1年半程前だからそれからじゃろ」
いやーー!聖獣の卵のお告げって何!?話の内容がすぐに聖獣に戻ってしまう。
「えっと…色々と色々な事が聖獣に関係していると言う事でしょうか?」
「そりゃあこの大陸は女神アリアステの思し召しで成り立っていると言われているからな。その使徒の聖獣の代替わりは大陸中の覇権争いが激化すると言う事だ。ちなみに聖獣が亡くなってから新しい聖獣が現れるまで天変地異も多いとされている」
覇権争いから天変地異まで…もう聖獣の存在って災いなのではないかしら?