136話
私達は彷徨い歩く。
道なき道を進みビュービューと乾いた風が吹く中ぬかるんだ場所を避けながら。
遡る事数十分
誰もいない森の中に簡易テントと私達
「これってやっぱりアレ…ですかね」
ショーンさんが何かに届きそうで全く届かない言葉を発した
「…………」
全く言葉を発さず微動だにしない殿下
「ディラン殿下?大丈夫ですか?これって多分ぷっぷちゃんの…」
私が話しかけるタイミングでヒューズ君が被せる様に喋り出した
「スッゲー!!これって瞬間移動ってヤツ!?オイラ体験しちゃった!?マジかー!誰かに言いてぇー!」
興奮しているヒューズ君にギギギと音がしそうに殿下が振り返り肩を掴んだ
「あれ?違うの?あ…違うんですか?」
しまった!はしゃぎ過ぎたと言う表情のヒューズ君。
「…いや、どうしてそう思った?」
「だ、だってナディア様がぷっぷ…殿?様?にフォールダー辺境伯の所まで連れて行ってって言った瞬間目の前がチカチカしてここに来てたから…」
え?私?その前にヒューズ君だってチャチャっとやってくれって言っていたじゃない
「そう言えば殿下達と合流する前も、ナディア様殿下に会いに行きたいって言ってましたよね?」
ショーンさんまでそんな事言い出した。そんな事、言った…わね?あら?え?
「ちょっと待って。違うわよ。たまたまよ、たまたま。ね?ぷっぷちゃん」
ボタンを開きぷっぷちゃんに話しかけてみたけれどピクリとも動かない
「寝ちゃったの?ぷっぷちゃん?」
叩き起こす勢いでぷっぷちゃんを揺り動かすも全く動かない。背中が少し上下しているから生きてはいるわよね
「ナディア。起こさなくていい。起こした所で誰もぷっぷの言う事はわからんだろ」
そうね…ラッサ大尉もいないし。でも良かった。殿下やっと通常運転に戻ったのね
「パッと見た感じ我々4人以外はいないですね。テントごと我々だけ移動したんですかね」
ショーンさんがポツリと言った
「ふむ…」
私達を見回し難しい顔をする殿下。そうよね…一番頼りになるラッサ大尉もいないし、この間見習いから一般兵士になったヒューズ君とよくわからないショーンさん。
肝心の殿下に今魔力はないのだから、ここは私がしっかりしなければ
「う〜ん…」
眉間の皺を深くし考え込んでしまった殿下
「大丈夫ですわよ、私がいますから。とりあえずフォールダー辺境伯の所に向かいましょう」
しっかり殿下の目を見て言う。
「あぁ、そうだな。お前の言う通りだ」
殿下の何かに火がついたようで力強く言った
「よし。先ずはテントを片すぞ。ショーン、お前魔道具はどのくらい持っている?」
「小さい物はこのバッグに入ってますけど、大きな物は寝台馬車の中ですよ」
二人はショーンさんのバッグの中を確認しいくつか取り出していた。
良かったわ、いつもの殿下に戻って。ホッと胸を撫で下ろしていると
「ヒューズ、お前魔力は普通にあるんだよな?」
殿下はテントを解体しながら話しかける
「まぁまぁですけど…まだあまり上手く扱えない時もあって…」
解体されたテントを一つ一つまとめながら答えるヒューズ君
「気にする事はない。お前はオレにつきっきりでフォローしてくれ」
そうよね。殿下魔力が無い状態なんて経験した事ないでしょうし、誰かに助けてもらった方がいいわよね
「オイラが?ショーンさんの方がよっぽど…」
「ショーンにはナディアをフォローしてもらう」
「俺ですか!?」
小さくまとまった荷物をひとまとめにしながらショーンさんが驚いて言うと
「あぁ。あえて公表していないが、ナディアには魔力が全く無い。言ってる意味わかるな?」
「「はぁ!?」」
「私は大丈夫ですわ。一人である程度の事はできますから」
急に魔力が無くなった殿下と一緒にしないでいただきたい。私は生まれてからずっとこの状態が普通なのだから、特別困る事なんてないのよ
「ちょ、ちょっと待って下さい。え?え?」
ショーンさんは私と殿下を交互に見た後に
「魔力無し?どうやって今まで生きていらしたのですか?いやいや、そんな事より魔力無し二人を俺と見習い兵士がフォロー?無理ですよっ!」
「オイラもう見習いじゃない!」
「そんな可哀想な目で私を見ないでください!」
私とヒューズ君の反論が被った
「いや、無理な物は無理!俺の魔道具だってほぼあっちだし!」
「なら、今すぐここを去るか?あの要塞には俺無しでは入る事は叶わないが、近くの村や小さい街ならお前を喜んで迎えてくれる。ただしその場合父親や祖父に会う事は二度と叶わないと思え」
脅し!?何て事を言うの!?ここはちょっと煽ててでも協力してもらった方が良いではないの?少しの間俯きブツブツ言っていたショーンさんはカッと目を見開き
「…っくっそ!分かりましたよ!やりゃあいいんだろ!?全力でナディア様フォローしますよ!」
近くの木の根を蹴飛ばし悪態をつくショーンさん。カバンの中からいくつか魔道具を取り出し私に渡してきた。
「ありがとうございます…」
返事をしながら考えた。悪態をつきながらでも殿下に着いて行くのね。あんな脅しのような言葉なんて無視してそこら辺の村や町に助けを求めた方がきっと楽に違いないのに。私のお世話をしながらでもフォールダー辺境伯の所に行きたいと言う事?
「よし!出発するぞ」
先頭にヒューズ君、殿下、私、最後にショーンさんの順で歩き出した。
寒い…雪は降っていないけれど、地面は凍りつき風が強いせいかとにかくやたらに寒い。
しばらく歩き続けやっと城門が見える場所に立った時には私と殿下の唇は紫色になっていた。
「わぁー!殿下!今あっためますから」
ヒューズ君は一生懸命殿下を魔法で温めて、ショーンさんは無言で私に魔道具を渡す。何と言うかショーンさんに付いてもらった方が安全確実かもしれないけれど、ヒューズ君の方がいいなぁとちょっと殿下が羨ましくなった。
「何かご不満でも?」
ショーンさんがボソっと話しかけてきた。しまったわ。言葉にしてしまったのかしら?それとも表情に出ていたかしら?
「表情にも言葉にも出てましたよ」
あら、私とした事が
「おほほ、ジョークですのよ。シャナルでは流行ってましたの。とても温かくってよ」
忘れてはいけないわ。私は公爵令嬢。感情を表に出すのははしたないわ
「お前ら何者だ!」
「キャー!!」
突然背後から声をかけられ感情が爆発した。現れたのは10人程の男達
「怪しい者ではない。取り急ぎフォールダー辺境伯にお眼通り願いたい」
冷静に殿下が答えた
「怪しいだろ!東の方で隊服を着た謀反人が大量に出たらしいじゃないか。馬も馬車も無く歩いて来たとでも言うのか!?」
リーダーっぽい人が言う。制服を着ているけれど、どう見てもならず者にしか見えない。
城門からもわらわらとならず者らしき人がやってくる。もしかしてフォールダー辺境伯の領地も制圧されている?
ショーンさんもヒューズ君も臨戦体制だけれど殿下だけは落ち着いて
「俺の名前はディラン。ディラン・ビィ・ドレナバル。父上も来ていると聞いている」
え?陛下が?いつの間に…
「「ギャハハハッ」」
ならず者達が一斉に大笑いし始めてた
「バカも休み休み言えよ!」
「何で王様がここに来るんだ」
「ドレナバル王家はこぞって逃げ出したって話しだぞ」
「頭も身体も弱い皇太子じゃ国を治められないってやっと分かって、妾の子に譲ったんだか元老院に譲ったんだかって話しだ」
相変わらずの殿下の頭と身体が弱い説…でも大丈夫ですよ殿下。私の噂の方が酷いですから