127話
「失礼致します。ナディア様準備の方はいかがですか?」
「ええ、まだ全てはできていないけど…ヒューズ君!」
「おはようございます!ナディア様!」
ヒューズ君!とても懐かしく感じるわ。何だかちょっと見ない間に大きくなったのでは?この間まで同じくらいの背丈だったのに。
驚いて声をかけるもその後ろから、見かけた事はあるけれど名前を知らない人が立っていた
「お、おはよう。えっと…」
「ショーンと申し上げます。ファミリーネームはつい先日無くなりました」
「…ナディアです。よろしくお願いします」
愛想のカケラもないので、ファミリーネームが無くなった事には触れなかった
「では、ただ今から引っ越しを始めます」
無表情なショーンさんが言う
「今から!?」
「ナディア様ごめんなさい。急だけど今からなんです」
ヒューズ君は申し訳無さそうに言うけれど、ショーンさんの掛け声が呼び水となり、扉の中に5人程の兵士がズカズカ入り込んできた
「申し訳ありませんが、諸事情があり荷物は後で届けさせますので、ナディア様だけでも今から出発していただきます」
ええ!?私だけ?今から?
「申し訳ありませんが失礼します」
そう言ってショーンさんは私の手を取り今すぐ連れ出そうとする
「ま、待って待って。上着くらい着る時間はあるでしょう?」
そう答えると少し離れた兵士の1人が舌打ちをした。
他の人は多分誰も気付かないくらい小さな舌打ちは、私を打ちのめす破壊力があった
「そ、そうです。いくら何でも早すぎですよ!女性は色々と準備ってものがあるのです!」
グレタの一言をきっかけにそれまでオロオロしていた女性陣が一斉に口をひらく
「そうよ!いきなりやって来て引っ越しはないわ!」
「大体男性ばかりゾロゾロと引き連れて!配慮が足りません!」
「しかもナディアだけ連れて行くって誰の指示だよっ!ヒューズ!知ってたら答えろ」
「わー!スミマセンスミマセン!」
怒涛の口撃にヒューズ君は謝り倒し、ショーンさん一行はたじろぎ後退るが女性陣はそれを許さず、アイラさんが背後に周り一行の退路を塞ぐ。
その間にショーンさんの手を振り解き1人寝室に入る。
心臓がドキドキする。舌打ちなんて今まで生きて来た中でされた事なんかないわ
でも…何かおかしい
ヒューズ君は誰の指示か答えなかったし、ヒューズ君とショーンさんと他の兵士達の間に壁の様な物を感じたわ。
とりあえず軍服の上に上着を羽織るとぷっぷちゃんがやってきて私のお腹に巻きついた。キッチリと上着のボタンを止めぷっぷちゃんを隠し、胸元の宝石を確認してから綿帽子を被る。
私の大切な物って結局これだけなのね
寝室の扉を開けるとエアリー、グレタとショーンさんが揉めていた。
「一体どこに行くのか位教えてくださらないと服の準備もできません!」
「ですから今は言えませんって」
ウンザリした様にヒューズ君は言うなりチラリと後ろの兵士達を見た。
うん?後ろの兵士達に聞かせたくない?私以外にもヒューズ君の前側に立っていたエアリー達もそれに気付いたようで
「わかりましたわ。今は必要最低限の物だけ持って行きます。でもナディア様お1人にする訳にはまいりませんので、こちらは二手にわかれます。残った者が残りの荷物を持って行くのでいいですね!」
ヒューズ君の返事を待たずエアリー達はじゃんけんで組分けしていた。
強引なショーンさんも演技かしら?ヒューズ君は信用して良いと思うけれど、ショーンさんもその他の兵士達の事はわからない。
荷物と言っても本当に無いに等しいので、もう少し待ってもらえれば5人一緒に行けるのだけれど、ショーンさんについて来た兵士達は勝手に荷物を箱に詰めだした
「もっと丁寧に扱って下さい!」
残って荷物運びをすることになったエアリーはかなり機嫌が悪いようでガミガミ怒りながら荷造りを始めた
「ではナディア様はこちらに」
ヒューズ君に促され私と、ジャンケンに勝ったコニーさんとグレタ、その他に連れて来た兵士が3名と最後尾にショーンさんがそのあとに続き建物を出ると
「まぁ、いつの間に…綺麗」
ほぅとため息を漏らすと息が白くなった。久しぶりの外は銀世界で胸が痛いくらい空気が冷たくて寒い。
「この辺りは豪雪地帯なのですよ。ナディア様はあまり外出なさらないからご存知ないでしょうが」
ショーンさんが連れて来た兵士が言う
何でしょう?棘が含まれていると言うか嫌味な言い方で返事に困っていると
「ナディアちゃんあまり丈夫じゃないのよねぇ。それとも何?この雪の中、ナディアちゃんに鍛錬でもしろと?」
「いえ、その様な意味ではないですが…」
兵士は口籠った
あら?もっと私への非難が続くかと思ったのに、コニーさんは怖いのかしら?もしかして根性無し?
「ナディア様はこちらの馬車に。護衛と侍女殿もご一緒にどうぞ。御者は私とヒューズが務めます」
ショーンさんに促され見上げる
あらまぁ、久しぶりの棺桶…もとい、寝台馬車に目を細めているとショーンさんが私の手に何か握らせた。
他の兵士達は騎乗して寝台馬車を囲む様に配置され、多分魔法も使われているらしく馬車はグングンとスピードを上げ走り始めた。
コニーさんはチラリと窓の外を見る。
ピッタリと馬車に張り付く様に並走する馬と兵士。まるで私達を見張る様で、御者台にいるショーンさん達に尋ねる事もできない。
もしかして拉致かしら?