126話
「マデリーン様、色々と大変でしたでしょう?お茶を召し上がりませんか?」
思いがけず兵士達の噂を聞けるチャンスがやってきた。
「まぁ、ではお言葉に甘えて」
マデリーン様が椅子に腰掛けると、すかさずグレタがお茶を運んでくる。
失礼にならない程度に観察していると
「ナディア様、お身体の調子が大分良くないと聞きましたが、割とお元気そうですのね」
「え?ええ。大分良くなりましたわ」
私はまた寝込んでいる事になっていると言う事かしら?
「それは良かったわ。皇太子殿下の婚約者がいつまでも寝込んでいる訳にはいきませんものねぇ」
「ええ。そうですね…」
噂を早く聞き出さなくてはいけないのは山々だけど、いきなり聞くのは憚られる。
「マデリーン様、王都からこちらに来られるのは結構大変だったのではないですか?」
まずは様子見からよね。
マデリーン様の様子見って大変そうな気もするけれど
「まぁそうね。王都にマルゴロードが攻め入って来た時はどうしようかと思いましたけど」
「マルゴロードが!?」
「…貴女何もご存知ないの?」
知らない。何も聞かされてないもの
「攻め入ってとは言ってもその時点で王都の半分は既に逃げ出していましたからね。なす術なく逃げてきたが正解かしらね」
悔しそうにマデリーン様は言った。
よく見るとマデリーン様の髪はほつれ、着ているドレスも所々汚れている。
「あのっ!マデリーン様はお怪我とかは?大丈夫だったのですか?」
「私が怪我しているように見えて?公爵令嬢たるもの怪我などするはずないでしょう」
そんなバカな…庶民だろうが貴族だろうが怪我なんていつでもするでしょう。
と言いたい気持ちはグッと抑え自分の右手首を隠した。口でマデリーン様に敵う気がしない。
「ただ母が…」
そう言ってマデリーン様は俯いた
「お母様が?マデリーン様の他のご家族は大丈夫ですの?」
「父と弟はちょっと前から領地へ行ったり、隣国へ行っていて不在でしたの。ただ、風の便りで無事だと聞きましたわ」
「そうですか…お母様は残念でしたけど、他のご家族が元気で…」
「母は残念て何ですの!私達が置いていかれたと怒り心頭で八つ当たり三昧でしてよ!?」
えええっ?ご存命?何て紛らわしい言い方…
「聞いて下さいまし!ナディア様!!」
マデリーン様の話ではお父上と弟君は普段滅多に帰らない領地に行くと言い出し、その後隣国に用があるからと言って、不在の時にマルゴロードがやってきたそうだ。マデリーン様とお母様は家令の手引きでここまでやってきたと言う事らしいけれど
「それでですね!ナディア様聞いてますの?母は父上達は知っていたのよ!知っていて私達を王都に置いてけぼりにしたに違いないと怒りまくっているのです!」
かれこれ1時間は過ぎている…
「大変だったのですね。それで、ハイドン村にいらして…その、兵士達は何か噂話など」
「何おっしゃっているんです!大変なのはここからですのよ!?母上の怒りは王都を出て日毎増していますの。私はそれを毎日宥めているのです!ハイドン村に入れなかった時はそれはもう大変でして…」
ダメだわ。
マデリーン様の話がひと段落したらと思っていたけれど、全然終わりが見えない。ツライ…
話が終わったのは夕食の時間になったからで、マデリーン様曰く話はまだ終わっていないとの事。
もう無理です。ごめんなさい。
夕食までマデリーン様とご一緒したら本当に寝込みそうな予感しかしない
「本当でしたら夕食も共に過ごしたかったのですが、仕方ありませんわね。ナディア様も少しのお喋りでお疲れの様ですので、これで失礼しますわ」
そう言って来た時よる元気に去って行ったけれど、私は生気を吸い取られたようで食事もあまり喉を通らなかった。
これはもうさっさと寝室へ行き休んでしまった方が良さそうと思い席を立つと
「ナディア様、お助けできず申し訳ございません。立場上マデリーン様のお話しを止める事が出来なかったもので」
エアリーとグレタが揃って頭を下げた
「仕方ないわよ。気にしないで」
身分ってこんな時厄介よね。それにしても
「ぷっぷ」
「ぷっぷちゃん…」
マデリーン様が来た時、ぷっぷちゃんはいつの間にかいなくなっていた。
こんな時はぷっぷちゃんしかマデリーン様を止められないと思っていたのに。きっとぷっぷちゃんが姿を現したらマデリーン様は卒倒なさって話はそこで終わっていたはず
「一体どこに行っていたの?」
「ぷぷっ」
ぷっぷちゃんは顔を伏せてしまった。
嫌だ、何か考えているのかさっぱりわからないわ。ラッサ大尉でも呼んでみようかと思ったけれど、きっとお忙しいわよね。
私がこの部屋に入ってから、ラッサ大尉はおろか殿下もセラさんも一度も顔を見せない。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、放置されているようで少し腹が立つ。
以前は私が聞きたくない話も無理矢理聞かせて巻き込んでいたのに、今回マルゴロードが攻め入ってきた話も知らされていなかった。
もしかして私は婚約者から外されたのかしら?
まさかマデリーン様が?
凄く疲れていたのにその夜はあまり眠る事が出来なかった。
翌日から毎日マデリーン様はやってきた
もう勘弁してほしい。そもそも私とマデリーン様、そんなに仲良しでもなかったわよね?
誰も助けてはくれないし、兵士達の噂に関しても全然聞けないでいる。
もしかして殿下達はマデリーン様を私に丸投げしたのではないかと疑い始めた頃突然引っ越しの話がきた。
「引っ越し?今から?」
「はい。今朝アイラさんが殿下に呼び出され突然そのように言われたようです」
朝食後ののどかなひととき
エアリーとグレタも困惑を隠せないでいる。今日の今日で引っ越しって…
「そう。わかったわ。荷物もそんなに無いしすぐ準備すれば大丈夫ね」
何でも無い様に言ったけれど、これはいよいよ婚約者から外されたのかもしれない。
外された私はこれからどうすれば良いのかしら?
シャナルに戻される?修道院?願わくばエアリーやグレタ、アイラさんもコニーさんとも離れなくない。後は温泉があれば…どちらも贅沢な願いかもしれない。
兵士達に配るつもりで、一生懸命に作った刺繍入りのハンカチをたたんでいると扉がノックされた