125話
「変装でございますか?」
「そうなの。ずっと部屋にいるでしょう?読書や刺繍だけ、と言うのも限度があると思うの。変装してちょっとだけ外に出たいなぁと思って」
髪を解いてもらいながらグレタと話をしている。
昨日一日1人で部屋を出る事を試みてみた結果私は全く部屋を出る事は叶わなかった。
それはそうよね。食事は運んでくれるし、バストイレも室内にある。図書室へ本を借りにと言っても図書室はまだありません。と返ってくるだけで、部屋から出る必要が全くない。
あれから他の兵士と顔を合わせる事もなく今に至っている。
「ナディア様、変装なんかより他にやる事があるのではないですか?」
!グレタから思わず厳しい言葉が返ってきた。
「そ、そう?例えば?」
あのグレタが厳しい言葉を…
せっかくグレタと2人きりで絶好のチャンスだと思ったのだけれど、まさかグレタが変装話に乗らないなんて
「護身術の練習はされていますか?」
うん?
「あの片膝を折って右手を顔の前に掲げるヤツよね?確か合格点をもらえた気がするのだけど」
「護身術は常日頃からの鍛錬が必要なのです。ましてやナディア様は魔法が使えないのですから、右手一本で木っ端微塵にする握力を手にいれなければ」
人体の一部を木っ端微塵にする握力を手に入れろと?
「でもねグレタ、その肝心の右手首を怪我していて…」
「ええ。ですから今は下半身と背筋の強化が必要かと思われます」
…私はほんの少し兵士達が、私をどう思っているか知りたいだけなのに、鍛えなければいけないのかしら?
「ナディア様の場合先ずは下半身の強化、その次に背筋を鍛えれば付随して体力の底上げも叶うと思われます」
「そ、そうかしら…」
体力の底上げは賛成だけれど、貴族令嬢に下半身や背筋を鍛える必要があるのかしら?そう聞こうと思った時
「ナディアには必要ないよ。体力はあった方が良いけど、木っ端微塵は無い」
「アイラさん!」
扉からアイラさんが入ってくるなりそう言った。やっぱり私の王子様はアイラさんだわ。私が戦わない方向で考えてくれている。
「いいか、ナディア。木っ端微塵にしなくても、こうっ!左右どちらでもいいから捻るんだよ!」
「…そ、そうなのね。でも、右手は負傷していて…」
「グレタ!アイラさん!ナディア様を戦う方向へ持っていかないでください」
「エアリー!」
エアリー!貴女こそ救世主だわ!
「大丈夫です。ナディア様、部屋から出なければ良いだけの話です。読書や刺繍に飽きたらぼんやり過ごすのもアリです」
…ここに私の味方はいないのかもしれない
誰も私の心を汲んではくれない
…ダメよ。そんなのはおかしいわ。
貴族令嬢であっても誰かに私の心を汲んでもらって当たり前ではないのよ!
この国ではちゃんと自分の気持ちは口にしなければ、話がおかしな方向へ行ってしまう。
「あのね、違うのよ。私はただ、一般の兵士達が私の事をどう思っているか知りたいのよ。皆んなは私の事を想って正直に話してくれないでしょう?」
一気に息継ぎもしないで言った。躊躇ったり遠回しに言っても通じない気がして
「ナディア様…」
…待って。どうして皆んな憐れむように私をみるの?
「ナディア様。大丈夫です。噂なんてすぐ無くなりますから。今はお気になさらず穏やかに日々お過ごしになる事が一番です」
エアリーが私の前に跪き両手で私の手を握りしめて言った。
…これは私の想像以上に酷い噂が流れているようだわ。
先ずはどんな噂が流れているのか知らなければ、かき消す手段も思い付かない。
でもどうやって兵士達の直接の言葉を聞く事ができるかしら?
「私はね、エアリー。外の空気も吸いたいの。室内は明るく快適だけれども日の光も浴びたいの。ほら、ガラスが手に入らないから木の扉でしょう?外の空気を吸ってそのついでに最近の私の評判はどうなっているの聞いてみようと思っただけなの」
ダメかしら?外にさえ出れれば兵士達と顔を合わせる事はできるはず。その時皆んなと上手く逸れられれば本音を聞きだす事も不可能ではないわ。
「そこまでおっしゃるなら散歩に参りましょう。今すぐナディア隊を招集できるか聞いてまいります」
「ま、待って待ってエアリー。たかが散歩にナディア隊なんて」
「いや、エアリーの言う通りだよ。殿下にそう言われている。今ハイドン村は厳戒態勢なんだよ」
アイラさんがピシリと言った。
私はもう諦めるしかないのね…ガッカリしながらその後1週間程、午前中は基礎体力作りに励み、午後は読書をしたり刺繍をしたりぼんやりしたりと中々忙しく過ごした。
退屈と言えば退屈だけれど、思えばドレナバルに来てからこんなに穏やかに過ごした事は無かったので、これはこれでとても良い。
兵士達の噂は全く聞けないけれど
コンコンコン
「誰かしらね?夕食にはまだ早いけれど」
コニーさんが立ち上がり応対に出てくれた。
カチャ
扉が開いた瞬間
「ご機嫌よう。ナディア様!」
この間より更に元気なマデリーン様がそこにいた
「ご、ご機嫌よう。マデリーン様。いつこちらにいらしたのですか?」
辛うじて微笑みを浮かべて言うと
「本日ですわ。引きこもっていらっしゃると聞いて、若干強引に入れて頂きましたの」
若干?
「よく入れましたね。この中央本部どころかハイドン村に入るのも大変だったのでは?」
冷静にアイラさんが尋ねると
「ええ。ハイドン村に入るのはたいへんでしたわ。4日かかりましたもの」
ハイドン村の東門前の状況を思い出した。まさかあの貴族の様な立ち振る舞いはしていないわよね?
「あのとき疲れ切ったディラン殿下をお見かけした時までは」
両手を胸の前で握りしめウットリとマデリーン様は話を続けた
「東門の前で兵士達に指示を出す殿下をお見かけし…駆け寄り抱きついたのです!中に入れて下さいと」
そ、それはまた大胆な…
「殿下はしっかりと私を抱きとめてくださいましたわ!その後この中央本部までついて参り、ナディア様の所に案内するように言ったのです」
殿下達言いくるめられて断れなかったのかしら?私の所には止めてくださってもいいのに
「それでナディア嬢、一体どうなっているのかしら?東門前にいた時ロクでもない噂を耳にしましたわ。挙句引きこもっていらっしゃると言うではないですか!」
ここに噂の一端を知る人がきたわ!!