122話
パチリと目が覚めた。
日は大分高い位置にあるようで、窓に嵌っている木の扉の隙間から明るい日差しが漏れている。ガラスはまだ手に入らないようね…
ノソリと起き上がり思い切り伸びをした。
昨日ラッサ大尉がぷっぷちゃんの通訳係に任命された後、ぷっぷちゃんと巫女をどうやって引き合わせるかを話し合った。話は平行線で全く進まず結局そのままお開きになってしまった。
多分今日もこれから話し合いをするのでしょう。でも、私は今日の話し合いには参加しない。本来ならぷっぷちゃんの飼い主は私だから、同席するのが当然なのだけれど、私は物凄い寝不足だし、怪我もしているから休ませましょうとなったのだ。
もしかしたら居ても役に立たないと思われての事かもしれないけれど。
コンコンコンノックと共にグレタとコニーさんが入ってきた
「ナディア様、おはようございます」
「おはよう。今日は寒いわね」
言いながらベッドから出ると、グレタは私にガウンを掛けていた手を止め
「ナディア様!発熱かもしれないです!ベッドにお戻り下さい」
ガウンを剥ぎ取りベッドに押し倒された。
「違うわ。グレタ!普通に今日は寒いでしょ」
これ以上病弱にされたらたまらないわ
「確かに今日はちょっと寒いわよ。さ、ナディアちゃんコレ羽織ったら顔洗って」
いつもの優しいコニーさんだけど、昨日の恐ろしいコニーさんが時折り頭を過り、少しだけ背筋に冷たい物が流れる。
東門にいた時に隊列を組んだ兵士達が出てきたのは私の捜索隊だった。
その中にいた1人はやっぱりヒューズ君で、大急ぎで戻り大声で『東門にナディア様とエルド小隊長、フレデリックさんがさんがいたー!』と叫んだらしい。
すぐさまラッサ大尉らの騎馬隊が確認しようと出ようとした時、『いや、ナディア様は1人で林から出れるはずはない』『ならばエルドとフレデリックが元老院側に寝返って、ナディア様を攫い更に人質にした上で脅しに来たのでは?』等と言う私にとって不本意極まりない噂が急速で流れ、それが巡り巡ってコニーさん達の耳に入ってしまった。
話し合いの後グレタに連れて行かれた場所は、本部建物の奥の一室で、新たに私の警備がしやすい部屋となった場所だった。
扉を開けるとそこは屋外かしら?と思う程寒々しい空気が漂い、エアリー始め怪我をした手を吊るしたアイラさん、コニーさん、ウィンディアさんが勢揃いしていてそれはそれは恐ろしい空間だった。
みんなそれぞれ『無事で良かった』とか『心配したんだ』的な事を言ってはいるけれど、目が全く笑っていない。
「じゃあ私とりあえず行ってくるわ」
と最初に言ったのはコニーさんで
「あ、じゃあアタシも」
とアイラさんがそれに続いた。
「お2人共どちらへ?」
私が声を掛けると
「「エルドとフレデリックをシメに」」
「待って!待って!待って!」
私は疲れ切った身体に鞭打ってコニーさんとアイラさんを引き留め、それまでの経緯をもう一度話す羽目にあったのだ。
それはもう、物凄い圧力の中で…
みんなが口を揃えてあの2人はヤバいと言っていた意味が改めて分かった様な気がした。
顔を洗い寝室を出て隣の部屋へ向かう。続きの部屋だからガウンのままで。
テーブルには既にブランチの用意がされていて、美味しそうな香りが食欲をそそる。野営食ではない食事は久しぶりであれこれ手を出して食べてしまう。
ここ何日か粗食だったのだから、きっとゲッソリ痩せているのに違いないわ。
ソファで食後のお茶を頂いているとグレタが
「ナディア様、お茶を飲み終わりまさしたら散歩がてら温泉に参りませんか?」
温泉!行きたい!
…けど気分的に今は砂風呂も泥風呂も何か違う
「この村に普通の湯船の温泉てあるかしら?できれば今日はそんな温泉に入りたいのだけど…」
「普通の温泉ですか。聞いて参ります」
グレタが部屋を出ると同時にぷっぷちゃんが私の膝に乗ってきた。何だか凄く長閑だわ。幸せな気持ちでぷっぷちゃんの顎下をナデナデしていると
「ナディア様、ちょっと離れていますがあるそうですよ。普通の湯船の温泉。馬車の手配もしましたので準備しましょう」
グレタは戻ってくるなりそう言った。
やったわ!砂風呂も泥風呂もとても良いのだけれど、あの星空の下で入った湯船の様に指先から疲れや悲しみが出ていく様な感覚を味わいたいのよ。
悲しんではいないのだけれど、疲れた心と身体を癒したいわ
いそいそと準備を始めあっと言う間に馬車に乗り込む。優秀な侍女達ね。
ガタゴトガタゴト…随分走っているようだけれども村から出てしまうのでは?
それとなく同乗しているエアリーに聞くと
「大丈夫ですよ。ただ、温泉の沸いている場所は村の北西の端っこにあるので。中央本部も中央とは名ばかりで南東にかなり寄っていますからちょっと時間がかかるのです」
そうなのね。
もっと近くにあるのだと思っていたわ。
これは困ったわね…大陸No.1の温泉施設を作るのには色々な湯を施設に集める必要がある。その温泉が王都のあちこちに分散していてはそもそも温泉施設を作る事が出来ないわ。
一番動かす事が出来ないのは、地熱が必要な砂風呂だけど、近くを掘ったら温泉て沸くのかしら?そして問題は泥風呂の湯は掘ったら出ると言う感じではなさそうよね。そんな事を考えていたら
「ナディアちゃん、着いたわよ」
馬車は止まり外からコニーさんが声をかけてくれた
「あ、はい」
外から扉が開かれコニーさんの手を借り降りて驚いた。
「な、何事!?」
私の乗っていた馬車の周りに、騎馬兵がいたのは車窓から見えていたから知っていたけれど、私達が乗っていた馬車の後ろに更なる騎馬兵、そして荷馬車に乗った兵士がわらわらいた。
一体総勢何名の兵士達がいるの!?
「ナディアちゃんの為に特別に組まれた通称ナディア隊よ。フフフ…沢山いるでしょ?騎馬隊20名と兵士70名、伝令3名、医師1名、護衛や侍女を入れ総勢100人編成よ」
ニコニコとしながらコニーさんは言うけれど、私が温泉に行く為に!?
「素敵ですよねぇ。殿下の愛を感じます」
フフフと笑いながらグレタがバカな事を言い出した。これでは今後気軽に温泉に入りたいと言えなくなってしまうではないの!落ち着いたら温泉施設作りの為にこの村中の温泉に入り調査だってしたいのに…