11話
ざわざわとしている。
ガラガラガラガラ…
同時に人の声もする。急げ!早くしないと間に合わないぞ!
瞼を開くと空の青と夕日のオレンジが混ざり合っていた。
ガバリと起き上がるといきなり手で口を塞がれた。
⁈
「静かに」
私の口を塞いでいる殿下と目が合いコクコクとうなづくと手が外された。
ここはどこ?辺りを見回す。
先程の荒野らしき所を見下ろす場所のようだ。木が鬱蒼としている。
殿下は何やら難しい顔で見下ろしている。
あら?この殿下良く見ると中々カッコいい。ステキ。ただ、それを上回る目つきの悪さと雰囲気。
今は盗賊色が強いけれど、それなりに身なりを整えればもっと素敵になりそうな容姿をしている。
マデリーン嬢が言っていたのはまんざら嘘ではなさそうね。
殿下の視線の先をみる。
あれは先ほど言っていた大隊?
「合流されるのではないですか?」
さっさと合流して私を安全な所へ送ってほしい。
「…いや、しない。」
「…何故ですの?」
「あの大隊の中央にいる飾りが沢山ついた馬が見えるか?」
「はい。オレンジ色の飾りが目立つ馬ですか?何頭かいますけど」
「ああ。何頭かいる更に中央にいるのが大隊長の馬で、その周りに丁度五角形になる様に飾りのついた馬がいるだろう。」
「ええ。見えますけど」
「それぞれに旗があってな。」
一体何が言いたいのかしら?
「五角形は中隊の大尉達なんだが、5隊の内4隊は多分敵の可能性がある」
⁈またえらい秘密を聞いてしまった気がする
「…あの、殿下。ずっとお尋ねしたかったのですが、、、」
「なんだ」
「今ドレナバルでは内戦、クーデターが起こっていたりします?」
「まぁそうだな」
何をあっさりと。
「皇位継承者はディラン殿下お一人とも伺っているのですが」
「そうだな」
「他にもいらっしゃったと言う事ですか?」
「…いや、それは違う。法が変わり皇位継承者が増えた。だな」
「ドレナバルでは法改正はよくあるのですか?」
「ないな」
この人はコミュニケーションを取る気があるのかないのか。
質問に一応答えてはくれる。けれど積極的に説明をしようと言う気概が全く感じられない。
それはエアリーが言っていた契約魔法のせいで説明出来なかったと言っていたのと関係あるのかしら?
それともとりあえずで婚約した私には特に説明はいらないと思ったのか。
どちらにしてもこれからどうするつもりなのか聞かなければ。私は私の安全を確保しなければ。
「お前は何と言われてドレナバルに来たんだ?」
!いきなり質問が来て驚いた。
「何と…」
どう説明しよう。どこから言えばいい…
「別に言いたくなければ…」
「いえ、シャナルで皇太子殿下と婚約しておりましたが…」
隠した所でいずれ耳に入るのだろう。それならば始めから正直に話そう。
「…そんな訳でドレナバルに行ってみようと思った次第にございます」
「…割と軽いな。」
「え?悩みましたよ」
話を端折りすぎたのかしら?
「いや、そうゆう意味ではなく、ドレナバルがどんな状況かあまり知らずにきたのだろう?」
そうゆう意味でしたか
「情報がほとんどありませんでした。ちなみに殿下のお年は最初13〜28才となっていましたから」
「ブホッ。…13才とかだったらどうするつもりだったんだ?」
「ドレナバルに行ってから考えればと…」
「随分行き当たりばったりだな」
「はい」
取り繕っても仕方ないし
「それで、どうするんだ?」
「どうする、とは?」
「だから…ちょっと待て」
私の頭を抑え自分も体制を低くした殿下は大隊の行列をじっとみている。
何があるのかと私も一緒に岩の影から覗いてみると、軍団の中の1人軍服ではない人がこちらを見て小さく指を動かしている。
多分周りにバレない様小さな動きで
「私達がバレていますね」
「アレは魔法使いだからな。それより…」
何?
「移動する。体制低くしてついてこい」
「え?今?」
「今だ」
何故そんなに強引なのか…
「あの!」
「命が惜しかったらついてこい。説明は後だ」
命は惜しい。
まだ死にたくはない。
渋々と殿下の後をついて行く。
けれど…ゼィゼィゼィ…苦しい。
どんどん森の奥深くに入って行く殿下。
所詮馬車の2段を昇り降りしただけでは体力差は埋まらない。
すると殿下が立ち止まり
「そうか…悪い」
そう言って私の肩に手を置いた
?
あら?あらあら?
急に体が楽に動かせる様になったわ。
「魔法が使える者は自然と体力増強を自分にかける事ができるのだ。忘れていてすまない。今風魔法をかけた。これで楽に動けるだろう」
!今私は魔法をかけられたの?
では、今まで王宮内でも1人四苦八苦していたのはその体力増強が私だけ出来なかったせい?
私の体力不足ではない?
これは凄いわ。とても登る事が難しそうな岩場もサクサク歩く事ができる。ものすごい勢いで殿下を追い越すと
「「あっ」」
忘れていた。私は室内履きだった。
殿下の軍靴と違いヒラヒラのツルツルで滑る!
「気をつけろ」
難なく私を受け止めて立たせてくれた
「次転けたらまた担ぐからな」
ヒィ
たまに優しいけれど、基本この人は合理的にしか動かない。
気をつけよう。嫌だと言ってもきっと聞いてくれないわね。
黙ってひたすら殿下について行く。
しばらくすると開けた場所にたどり着いた。
何かいる。
殿下はそれに近づき首をなでている。
馬?の様だけれど、私の知っている馬ではない。
少なくともシャナルで角の生えた馬は見た事がない。2本も。しかも巻いてるし。
化け物?
そう思った瞬間それは歯を剥き出しにしてこちらに走ってきた。
「おいっ!こら、待て」
殿下もそれを追ってこちらに向かってくる。
ーー殿下のお側が1番安全です!ーー
とはラッサ大尉の言葉だったかしら?
私はこの国に来て進化と成長を遂げているはず。とばかりに殿下に向かって走りだす。
意表を突かれた馬?が一瞬怯んだ隙に殿下の後ろに回り込み背中の服を掴んだ。
「何ですか⁈この生き物は」
「お前馬見た事ないのか?」
「ありますよ。でも角なんか生えてません」
「普通生えてるだろ。角」
私は断固として首を振る。それを見た殿下は
「シャナルでは生き物も違うと言う事か」
と呟いた。
そんなはず無い。同じ大陸で生きてきて端っこならともかく、周りにも国があるのにシャナルだけ生き物が違うなんて有り得ない。
むしろドレナバルが変わっているのでは?大陸の端っこと言えば端っこだし。広いけど。
今まで見てきたドレナバルの馬達は角付きの兜をしていた訳ではなく、初めから角が生えていてそこに兜を被せていたと言う事?
「まぁ、、そんな事もあるかもしれんな。それよりお前馬に乗った事はあるか?」
流された!と撫然としながら
「嗜む程度には。角の無い馬ですけど」
ちょっとだけ自己主張しながら答える。
「とりあえず王宮へ向かうぞ」
そう言ってヒラリと馬に乗って手を差し出してきた。それにつかまり乗ろうとするけれど…大きくない?
「で、殿下。大きくないですか?この…生き物」
馬だとは認めたくない。
「馬のキャシーだ。引っ張るぞ」
多分魔法もかかっているのだろう。ヒョイっと引っ張りあげられ殿下の前に横乗りする。
「殿下の飼っていらっしゃるのですか?キャシーと名付けたのも?」
「いや。俺の馬ではないが知り合いの馬だな。少し飛ばすから」
殿下の、この国の少しは大分おかしい。
このキャシーにも魔法がかかっているのかあり得ないスピードで走る走る。
もちろん殿下は片手でしっかり支えてはくれているけれど私は恐ろしさのあまり悲鳴も上げられず、ひたすら殿下の服にしがみつくしかなかった。
ちなみにこの時、あら殿下の胸の中…等と言う甘酸っぱい考えは全く無く、ひたすら恐怖との戦いのみである。
綿帽子を被っていて良かった。
しばらく走り続け私の恐怖心が麻痺した頃漸くキャシーは脚を止めた。
辺りはもう真っ暗で良くこんな暗い所をあんなスピードで走る事ができたなと変な感心をしていると城門が目に入った。
流石馬車より早いのね。
それよりここはどこの城門かしら?入る時とも出た時とも違う小さくそして寂れた印象の城門。
まぁこれだけ大きな王都の城門なのだからいくつかあってもおかしくはないけれど…
「門番はいないのですか?」
「ここは封鎖されているからな。北に向かうとちゃんとした城門がある」
それならばここは裏口と言う事ね。
殿下はキャシーを近くの植え込みに連れて行き半ば隠す様にした。
「こっちだ」
裏口城門を過ぎ更に奥まった所に小さな扉が目に入る。
通用門かしら?
殿下は鍵がかかっていない事を確認し中に入る。
続けて入るが何だか様子がおかしい。人がいないのだ。もちろん夜なので人気が少ないのは当たり前だけれどもそれにしても…
「こっちもダメか」
殿下はそう言って元来た道へ戻り始めた。
「ちょ!殿下。王宮へ行くのでは?」
「行かない。多分マズイ事になっている」
「マズイ?」
「ああ。さっさと出るぞ」
「私は残ります」
もうこれ以上危険な目に合うのは嫌よ。
私がいても何の役にも立てない上、足手まとい以外何者でもない。
そんな決意を表情に乗せて言ってみる
「どうしてもと言うのであれば仕方ないが、捕まったらシャナルに対しての人質になるぞ」
人質⁈この王宮で何が起こっているの⁈
「今詳しく説明している時間はない。どうする?」
そんな…確かに今この王宮の雰囲気は少しおかしい気がする。だからといってそれだけの理由で…
「そこにいるのは誰だ!」
誰か来た!
振り返り遠目に見える制服、あれは先程ギョロ目の後ろにいた制服!
「一緒に行きます」
そう返事をするやいなやいきなり担ぎ上げられた。
それは嫌ー!そう声に出したくても勿論出ない。だって苦しいから。
また何かの魔法なのだろう力で通用門から飛び出しキャシーの元まで行くが、追いかけてきた兵士達が続々と増えてきている。
やはり只事ではないのをヒシヒシと感じた。
キャシーは見た目と違い利口な生き物らしく引っ掛けてあった手綱を自分の鼻先でヒョイと外しこちらに小走りでやって来た。
「よし!キャシー飛ばすぞ」
殿下はそう言いながら飛び乗った。
私を担いだままで。
「グエッ」
あぁまたしても令嬢らしからぬ声が…
しばらく担いだまま走り兵士達が見えなくなった所でやっと普通に殿下の前に横座りとなった。
もう瀕死状態…