113話
コンラッドさんが上とどう掛け合ったのかは分からないけれど、私達は4人はあの後すぐに西の陣から出発した。
陣を出て少し開けた場所に出ると馬車から2頭馬を外し、1頭にコンラッドさん、もう1頭にエルドさん。私とフレデリックさんは馬車の御者台に座った。
コンラッドさん曰く
「俺は気遣いのできる男だからな。思う存分イチャつけ」
そんな気遣いはいらないし、イチャつきはしないけれど、御者台の方が確かに有り難い。丸一日以上起きていて意識も朦朧としてきた所だった。
アイラさんやグレタの事、これからの事を考えると全く眠れる気がしないのだけれど、これだけ寝ないでいるとフト気絶したかの様に意識が途切れてしまう。
現に今もゴトゴトと馬車に揺られ、意識が途切れ途切れしていると
「ナディア様、もしよろしかったら焼き釜とこの御者台の間に少しスペースがありますから、そこで少し休まれてはいかがですか?寝てないんですよね?」
フレデリックさんが気をきかせて言ってくれた
「いえ、大丈夫です。途中で気を失っているので」
溺れて気を失っているので間違ってはいない。
「…ならいいのですが、無理なさらないで下さいね」
「ありがとう」
多分横になっても熟睡なんてできない。アイラさんが切り付けられた場面が鮮明に蘇ってくる。
しばらく進むと沢山の天幕らしき物が月明かりに映し出される。寝静まっている時間だけれど、見張りはいるはずだわ。
「どうやらここから道を逸れる様ですね」
案の定右に進路を変え、再びスピードを上げた。
村の東側に辿り着いたと起こされたのは、太陽はすでに登っていた
「ナディア様、到着したようです」
「ありがとう」
さも寝ていませんと言わんばかりの返事を返したら
「ナディア様、口元…ヨダレがたれてます」
何て事でしょう。公爵令嬢ともあろう者が…
恥ずかしくて俯きながらヨダレを拭いていると
「なぁに朝から頬赤らめてるんだ。さっさと降りて打ち合わせだっ」
誤解しまくっているコンラッドさんから叱責され、慌てて降りると離れた所に天幕が沢山張られていた。結構な数だけど…
「東門、思ったより人が多いですよね」
エルドさんが言った
「ああ。予想外だな」
コンラッドさんは答えるなり目を眇めジッと天幕を見つめていた。
確かに見た感じ南門の前よりは少ないのだけれど…
「作戦変更だ」
「「「え?」」」
「あの天幕は軍の物だけではない。一般人らしき人が結構いる」
目を凝らし見てみると、明らかに兵士では無さそうな女性の姿がちらほら…中には赤ん坊をおぶっている人もいる。
「このまま東門で騒ぎを起こせば被害を被るのは民間人だ」
それは絶対良くないわ!
「焼き釜は一旦置いて行くぞ」
「「はあ?」」
エルドさんとフレデリックさんが凄い形相で聞き返した。2人にとって焼き釜馬車はとても大切な物らしい
「いや、コンラッドさん!民間人を巻き込むのは確かに良くないですけど、それと焼き釜置いていくの関係ないですよ!」
「いんや。焼き釜馬車は置いて行く。アレはこっそり入るには目立ち過ぎる」
まぁ確かにそうね。
黒光りしていて威圧感まで持ち合わせている馬車はそう無いものね。
「ってかコンラッドさん始めから焼き釜馬車を囮に…」
涙目でエルドさんが尋ねると
「人聞きの悪い事いうな。西の陣を出る口実が欲しかっただけだ。ただ、どう考えてもアレに乗ってこっそり入るには不向きだろ?入った後に誰かが取りに行く方が手っ取り早い」
言うだけ言ってコンラッドさんはちょっと偵察行ってくると言って席を外してしまった。
「仕方ありませんよ、エルドさん。我々も馬車隠しましょう」
3人で馬車を引きながら、比較的なだらかな斜面を登って行くと
「なぁ、フレデリック、ラッサ隊長怒るかなぁ…」
「今回は仕方ないですって。僕も口添えしますから…むしろナディア様連れて帰らなかった方が怖いですよ」
「え?ラッサ隊長は怒ると怖いのですか?」
2人にジト目で睨まれた。
「まぁナディア様はご存知ないですよね」
少し顔色を悪くしたエルドさんが言う
「ラッサ隊長は怒鳴ったり殴ったりとかは全然しないですけど、怖いですよ」
フレデリックさんが話を引き継いで言った
「あの切れ長の目が笑ってるんです」
「笑いながら何故こんな事になったのか、その原因はどこにあるのか、どうすれば同じ過ちを起こさないか…ニコニコと言うんです」
…怒鳴られたりするより良い気もするのだけど
「3時間でも4時間でも表情も変えずずっと話をした後、特別訓練をつけようとか言って基礎訓練から始まり何週間もの特殊訓練が組まれるんだよなぁ」
「アレは笑顔の下で訓練内容を組み立ててそうですよね」
なるほど…ラッサ隊長っていつもニコニコしていたけれど、もしかしたら怒っていたのかしら?
え、怖い…
2人の愚痴を聞きながら馬車を隠し、元の場所に戻るとコンラッドさんが鳥と戯れていた。
「よう。無事馬車を隠したか?」
「ええ。丁度良い窪みに置いてきましたよ。それは連絡鳥ですか?」
連絡鳥?
「あぁ。何か王都が相当ヤバいみたいだからな。傭兵団を呼ぶ事にした」
え?まだ中に入っていないのに私の首を刎ねて村に総出の乗り込み!?
バチン
「イタっ」
「何て顔してるんだ。村に乗り込む為じゃない」
何故額を指で弾くの!?涙目で睨むと
「王都はもう無法地帯らしい」
…なん…て?
「マッサーラとフォリッチが手を組んで王都制圧しつつあるらしい。元老院や貴族もほぼ逃げ出して、住人も続々と逃げ出して収集がつかない状態だと」
そんな…
「少し前からここに遷都するって噂があったらしく、みんなこの村に集まってきてるんだな」
そう言えばそんな噂を流してどうのって誰かが言っていた様な…でもそれは今じゃない。
まだ村の城壁と堀しかない村に、そんな沢山の人を受け入れられる筈もない。
これから冬になるのに