111話
トボトボとひたすら歩く。
先頭はご機嫌なコンラッドさん。鼻歌を歌ってらっしゃる。続いて私、横には半泣きのフレデリックさん。そして最後尾に焼き釜馬車を引いたエルドさんも鼻歌を歌って、コンラッドさんと輪唱をしている。
ちなみに馬車は六等立てだったりする。何故こんな事に…
「あの、すみません…」
フレデリックさんが小さな声で謝ってきた
「いえ…元はと言えば私が元凶なので」
数時間前ーーコンラッドさんにハイドン村の中に連れて行ってくれないかとお願いした時、人の足音や喋り声、ざわめきが布一枚隔てた外から聞こえるのに、天幕の中は沈黙しかなかった
「今ハイドン村の中に入ろうと、ここにいる奴らは頑張っているのは知ってるか?」
「はい。重々承知しております」
「お前はアイツらを出し抜いて、ハイドン村に入りたいと?」
出し抜くつもりはないけれど、そう取られても仕方ないわね
「…はい」
「理由は?」
理由も何も、帰りたいだけだと言えたならどれだけ楽でしょう。きっと言った途端ギョロ目辺りに突き出されるか、フォリッチに連行されるわよね。暑くもないのに背中に汗が伝った。
「…言えません」
言える訳ないけれど、今はこの人にお願いするしかない。フレデリックさん達はここから出られないから、捕虜になってパンを焼かされているのだし、ハイドン村に入るためには第三者のこの人が必要だ。
絶対に
「ふぅん…」
コンラッドさんは目を伏せ何かを考えている様だ。
何に悩んでいるのかしら?お金?村に入る方法?それともまさか誰に私を突き出すとか?
「お前はまさかドレナバルの皇太子…なんてこたぁないよな?」
「はい?」
「いや、念のためだ。頭も身体も弱いって話しだけど…」
そう言って頭の先から足の先までマジマジと見ている。
「どう考えても年が合わないわな」
「当たり前です!」
殿下の噂はどこまで広がっているのかしら?シャナルには全然入ってこなかったわよね。釣り書きの中に頭も身体も弱いなんて書いてあったら、私は間違いなくドレナバルには来なかったけれど。
「ジュード、お前ディラン殿下の関係者…なんて事はないな。下っ端だし。殿下の関係者の知り合いはいるか?」
ゴクリ…いると言って良いのかしら?
コンラッドさんの目的は殿下と言う事よね?
「…た、多分。」
「多分なら引き受けない。金はいらない。ディラン殿下と話をさせろ。それが絶対条件だ」
これが傭兵王の圧力かしら?物凄く怖いけれど、ここで負けてはいけないし怯んでもいけない
「分かりました。約束します。無事帰れたらディラン殿下とお話しできるようにします」
殿下勝手に約束してごめんなさい。
でもそんな簡単な事で良かった。それなら…
「よし。契約成立だ。破られる事があったならお前の首を刎ねた上に、今立てこもっているハイドン村にパーカー傭兵団総出で乗り込む」
ヒィィ!お金の方がいい。むしろお金で契約したい。いざとなったら隠しポケットにある国宝級のサファイア差し上げたい!
「まっ待って下さい!」
突然声を上げたのはフレデリックさん
「何だ?」
不機嫌全開でコンラッドさんが聞くと
「い、いや!ぼ、僕も。僕も連れて行って下さい!!」
「おいコラ。お前俺を置いて逃げる気か?」
エルドさんも会話に参加してきた
「お前らは捕虜だろ?いくら俺でも勝手に連れ出す事はできん。兵士なら自分で何とかしろ」
コンラッドさんがもっともな事を言った
「エルド小隊長が焼き釜馬車諦めればいいんですよ。それなら何とか…」
「アホか⁉︎焼き釜馬車は俺らの仕事道具だろ⁉︎それをお前、置いて行くって…」
「そもそも焼き釜馬車を始めから諦めてたら僕達ここで捕虜なんかなってませんよ」
突如始まった口論をコンラッドさんと黙って聞いていると
「今更そんな事を⁉︎だったら始めからここに来ないで逃げれば良かったじゃないか!」
「無理矢理連れて来たのは誰ですか⁈そうじゃなくて!焼き釜馬車は僕にとっても大事ですよ!でもコンラッドさんと二人きりはないって話しでしょ!」
「いんや!フレデリック!お前にはパン焼き班としての自覚とか…」
「ちょっと待て。フレデリックは俺とジュードが二人っきりが嫌で連れてけって言ってるのか?」
「え?」
「まさかお前らそんな関係だったのか…まぁ人の色恋も色々あるからなぁ」
はい⁈コンラッドさん一体何を言いだすの⁈
「ええっ⁈いやそうではなくて…」
フレデリックさんの言葉が続かない…まさか私が女性でその殿下の婚約者だからとは言えず言葉に詰まっている
「いえ…そうですよ!だから僕も連れて行って下さい!!」
涙目になったフレデリックさんがヤケクソになって言った。チラッとエルドさんを見ると『あ』っと言う顔になっていた。
今更気がついたのかしら?この人かなりのポンコツだわ。
「コンラッドさん!この2人と一緒に俺と焼き釜馬車を連れ帰ったら、殿下と話ができる確率が跳ね上がりますよ!俺は小隊長だし、小隊メンバーと見習い、焼き釜馬車をここから出したとなったらコンラッドさんと是非話がしたいと殿下から言ってくるに違いありません!!」
「確かに見習い小僧1人連れ帰るより、話ができる確率は上がるわな。ってか始めから焼き釜馬車だけを手土産にした方がよっぽどいいか…」
えええ!?本末転倒!と思わず言いそうになった。
エルドさんの馬鹿!!
「いやいやいやいや!コンラッドさん。ほ、本当は秘密なんですけど、殿下は実はこの見習い小僧と…できてるんですよ!」
エルドさん!?
「なっ!ドレナバルの皇太子は婚約者がいるだろう。それとも…いやだからこそか…」
コンラッドさんが難しい顔をして唸っている。
もう話がどこへ行ってしまうのか全然分からない。
こんな訳のわからない話になってしまうなら、後から色々言われるかもしれないけれど、コンラッドさんと2人でハイドン村へ向かった方が良かったのでは?
2人をチラリと見るとフレデリックさんはほぼ白目になっているし、エルドさんは自分が口にしたくせに青白い顔色に変な汗を浮かべている
「ふぅ…何となく色々なものが繋がってきた。よし。わかった。皆んなで行こう」
!!良かった!何か色々誤解が盛り沢山だけど、ハイドン村にさえ入ってしまえば何とかなりそう。
何とかなるわよね?