109話
震える身体を叱咤して立ち上がり、馬車へ向かう。
周りで何か言っているけれど、よく聞こえないし、意味もわからない。フラフラしながら馬車まで行き、手綱を引き師匠のいた場所まで戻る。
師匠を抱き起こし何とか馬車に乗せようとすると、ドランさんが私の手から師匠を奪った
「な、何をっ!!」
「変に動かさない方がいい。俺が運んでやるから」
そんな事を言ってまた害する気では?
でも今攻撃したら師匠は落とされてしまう。
そもそもそんな魔力はカケラも残っていない。
そうこうしている内にドランさんは師匠を馬車に乗せ終えてしまった
「アンタも少し休んだ方が良い。顔色も悪いし…」
お婆さんが話しかけてくるけど、休んでる場合じゃない。
「いえ…」
この家族は間違いなく魔法使いとグルだったのだ。何もしてこないのは罠かもしれない。
だけど、だからこそ一刻も早くここを抜け出し、ウィンディアさんの所へ行って師匠の治療をしてもらわなければ。
助けれるナディア様も助けられない。
御者台に乗り馬達に鞭を入れる。止まり方ならさっき学んだからきっと大丈夫。
ナディア様!あまりお身体だって丈夫ではない。お世辞にも運動神経も良くないし、体力もドレナバル人の半分もない。絶対一人で心細い思いをしているに違いない。お一人で泣いているかもしれない。
木の密度が減って幾分か走りやすくなってきた。この林を抜けるのはもうすぐだわ。20分程で雑木林を抜け、馬車を止める。
ウィンディアさんどこ!?
師匠と違って私は夜目が効かない。月明かりを頼りに目を凝らし辺りを見回すと、南に行った所から炎が上がった。
アレはウィンディアさんの鳥!馬首を返し一直線に進むと人影らしき物が目に入る。
ウィンディアさん!!…ウィンディア…さん?
ソファに座りオットマンに足を乗せティーカップを手に優雅に寛いでいらっしゃる?
「ウィンディアさんっ!」
何だか怒りの様な感情が湧いてくる。
「おぉグレタか、遅かったな。あら?他は?」
ムカムカムカ〜
「寛いでないで師匠助けてくださいっ!」
「え?」
「ふぅ…多分これで大丈夫。良く頑張ったな、グレタ」
ウィンディアさんの優しい言葉に涙が出そうになる。 でもまだダメ!
「では、ナディア様を探しに行きましょう」
「バカ言うんじゃない。アンタは自分の師匠を殺す気か?」
ウィンディアさんは馬車で到着した私達を迎え、急いで師匠の治療に取り掛かってくれた。
私の毒の手繰り寄せが良かったみたいで、時間はかかるけれど完治すると言ってくれた。私はもう馬車を操れるので師匠を馬車に乗せ探せば問題ない筈。
「アイラは絶対安静だよっ!アンタが毒を手繰り寄せるまで、一度は全身を巡ってるんだから。それに、あの雑木林じゃ私は役立たずだし、グレタだって魔力ほぼすっからかんじゃないか」
「でも…だって…それじゃナディア様が…」
我慢していた涙が溢れてくる。
初めてシャナル王国でお会いした時、この人大丈夫かしら?と思った。
心を全く開く事なく、いつも薄らとした微笑みを浮かべていて気持ち悪かった。貴族ってこんなモノかもしれないけれど、何となく貴族ってツンツンしているとか、怒ってばかりだと思っていたから。
ただ、エアリーの考えは違ったようで毎日一生懸命話しかけ、ナディア様の心を解そうとしている風に思えた。
一度聞いてみたら『作り笑いだけが上手で面白いから』と意味のわからない事を言ってきた。
エアリーがそう言うからには何か意味があるかもしれないと、ようく観察していると、一見完璧な貴族令嬢なのに突然の突風に吹かれ重い筈のドレスが全開に捲れるとか、滞在中の宿の飼い犬に突進されるとか本人の努力とは無関係な所でヤケに災難にあっていた。
ちなみに鳥に糞を落とされたのは、私が知っているだけで4回。でも本人は何事もなかったかの様に微笑む。
ちょっとそれが面白いと思い始めた頃、温泉の説明をしたら物凄く食いついてきた。
その頃ナディア様の心境に変化があったのか、少しずつ心を開いてくださって、更なる面白さに目が離せなくなった。
そのナディア様が正に今、窮地に陥っているのにすぐに助けにも行けないなんて…
「まぁ気持ちは分かる。一応リシャールに事の次第を知らせてはあるけど、あっちも大変だろうし…」
わかっている。
殿下達が今も戦っているからこそ、私達はこうして逃げているのだから。この魔力の効きが悪い雑木林で、魔力の無いナディア様を探すのは人海戦術しかない。そんな人手を今割く事ができない事くらい私にもわかる。
でもだからと言って諦める事もできない。
「私達は私達の出来る事をしよう」
「ぐすっ、私、達に出来る、事とは?」
「魔力回復だろ。満タンになったら少しずつ魔力を吸われても探しに行ける。陽が昇るまで身体を休め、それまでには殿下から何かしらの指示もあるだろう」
理解はした。
でも納得できない。
そう言えば魔法使い達とマリアンヌさん家族を置いてけぼりにしたけれど、それがまた心配に輪をかける。
そう言ってみると
「話聞く限り、諦めたんじゃないのかい?魔法使い二人はあの泉に一度落とされたんだろ?魔力は全部なくなってるだろうから、放っておいても何もできんし、動く事もままならないだろうよ。あの家族も最終的に謝ってるくらいならわざわざ探しにいかんだろ」
ならいいけど…