10話
一体何事⁈
「殿下!ナディア様は魔法が使えません!」
エアリーが叫ぶと、目をすがめさせた後盛大に舌打ちをし
「お前はこっち来い!」
ガッと腕を掴まれエアリーやグレタと引き離される。
嫌よ。離して!
と言う間もなく殿下は私のお尻の下に腕を回し荷物の様に肩に担ぎあげそのまま駆け出す。
コルセットと言う名の鎧を身に着けていない私はダイレクトに殿下の骨を内臓に感じ揺れる馬車でも我慢していた何かが込み上げるのを感じた。
その尋常じゃないスピードに私は悲鳴をあげる事も許されず、振り落とされないよう殿下の背中のあたりの服を掴んでいるがお腹が苦しい。
こんな死に方があるなんて知らなかった。
意識が朦朧としてきた頃殿下の足が止まる。
何?降ろしてくれるのかしら?
「随分面白い格好してるな。それとも俺達を馬鹿にしての女連れか?」
誰?声のした方を殿下の肩越しに見ると金髪でギョロ目の男を先頭にドレナバルとは違う制服を着た兵士達が大勢いた。
「ふん。馬鹿にも何も、呆れ返ってるだけだ。まさかフォリッチに寝返るとは。愚かにも程がある」
やめて!何喧嘩売ってるの⁈後方で待機している兵士が俄に殺気立った。
「何とでも言えばいいさ。俺が皇帝になればフォリッチも協力を惜しまないと約束した。ディラン、お前の居場所はドレナバルには無いって事だ。」
どうゆう事?
と言うか早く降ろして欲しい。
そしてそんな大事そうな話は私のいない所でして欲しい。
「生憎だったな。昨夜の内に陛下には早馬でお前らの事は伝えてある。もう一刻もしない内に大隊がここに来るだろうさ。」
「来た所でお前の皇位継承権は無くなるだろう。婚約者すらいないからな」
…私?
「先ほど婚約は成立し、教会にも受理された。もう逃げ場などないぞトーラス。諦めてさっさと投降した方が身の為だ。」
「何をふざけた事を。ちゃんと教会でお前に婚約者がいない事は確認済みだ」
「いつ確認した?俺は先ほど、と言ったが」
「…その女か。どこで拾ってきた?お前はちゃんと読んでないのか?ドレナバル帝国の王宮法典にあるだろ?皇太子たる者、婚姻又は婚姻を約束する者がいるとする事。又その者は自国、他国問わず伯爵令嬢より上の爵位を持つ者の令嬢である事。その爵位を持つ者と血縁関係がある者。血縁関係のない養子、養女は認めないと。そんな変な帽子を被った女がどこぞの令嬢であるわけないだろう」
ぷち。
私は殿下の腕から抜け出し帽子を脱いでからカーテシーをする。
足元はおぼつかないけれど。
「お初にお目にかかります。シャナル王国クロード・ド・マイヤーズ公爵家第一息女ナディア・ド・マイヤーズにございます。」
「…シャナルだと?フッ、フハハハハ!あのシャナルか。廃れた時代遅れの!どこで見つけたんだ、そんな女。ディランも落ちる所まで落ちるんだな。ハーッハハハハ」
プチプチプチ
「何処のどなたか存じませんが、名乗りもなさらず人の事を嘲笑うとは…ドレナバルの平民の事は未だ勉強不足なので、とても勉強になりましたわ。」
ギョっとした顔で殿下が私を見ているけれど、構うものですか。
廃れた時代遅れの国だと知っていても、他人に言われたら腹が立つのです。
「どうやら田舎王国の公爵令嬢は礼儀知らずと見える。次期皇太子の私にその様な口を聞くとは」
どうゆう事?
皇位継承者はディラン殿下1人と聞いていたけれど違うの?
チラリと殿下を見上げると目が合った。
殿下は少し考える素振りをしてから
「トーラス。お前が次期皇太子とは初耳だ。皇太子候補はお前を含め5人いると記憶しているが?」
「そんなもの1番歳が上の私に決まっているだろう!もういい!とりあえず今この場で田舎令嬢を討ち取れば、ディラン。お前と私の立場が入れ替わる。」
言い終わると同時に手を上げ合図を出した。
後ろに控えていた兵士達が一斉にこちらに駆けてくる。距離にしてわすが500メトルン程だろうか?
こちらには中隊200人位いるけれど、数が違い過ぎる。
何処に逃げようか辺りを見回すも隠れられそうな場所はどこにも無い。
数本の木が生えているだけのほぼ荒野。草しか生えていない。少し奥の方に森らしきモノを抱えた山は見えるけれど、遠い。
「あの女を狙え!ディランはお前らじゃ歯が立たない!」
うそ⁈
狙われているのは私だけ⁈
とりあえず中隊の1番後ろへ行こうと駆け出すと、首の辺りをむんずと掴まれた。
「ぎゃー!殺さないで!」
「うるさい!叫ぶな!俺の後ろにいろ!」
「嫌よ!最前線じゃない!危ないじゃない」
「喧しい!黙ってろ!おい!ラッサ何とかしろ!」
掴まれた首ねっこごとラッサ大尉に引き渡された。
「ナディア様!お願いですから動かないで!殿下のお側が1番安全です。私から離れないで下さい!」
あなた達の言う事を聞いていたから、今こんな事になっているのに⁈
更に言う事を聞けと?
ジタバタする私をラッサ大尉は片手で押さえ込み「ちょっと失礼」と言って私の身体の何ヵ所かトントントンと押した。
⁈動けない!動かない!動かせられない!
あんまりではないの!言いたいのに口も動かない。見上げると殿下は静かに目を閉じている。
何諦めてるの!!!
次の瞬間バッと目を見開くと殿下を中心に自国、他国問わず兵士がバタバタと倒れていく。
何故味方の兵士まで…
蹲り片膝をついたラッサ大尉は
「殿下…やり過ぎです。…私まで倒れて意識を、失う所、でした」
「ラッ、ラッサ大尉!大丈夫⁈生きてますの?」
「は、ははっ、流石ナディア様、何ともないですか?」
「あなたが殿下の側が安全と言って動けなくするから。私は大丈夫ですわよ」
ね?と言う気持ちで殿下を見上げると目を見開いて固まっていた。
「殿下?」
「あ、いや、何でもない。行くぞ」
「どこに⁈それより兵士達は?」
「問題ない。向こうよりは早く目覚めるだろう。それよりあちらさん更に奥から兵士が来る。狙われてるのはお前だろ」
そうでした
急いで立ち上がろうとするけど、足腰が言う事をきかない。恐怖のせいかガクガクする。
敵の反対側へ向かう殿下の後を追うべく足を前に出した瞬間誰かに足首を掴まれ見事にすっ転んでしまった。
足元を見ると息も絶え絶えなギョロ目と目が合う。
「ヒィィ」
「逃さ、ないさ、これで…うごっ!」
同じく息も絶え絶えなラッサ大尉がギョロ目にのしかかって抑え込む。
凄い泥試合が展開され動けずにいると
「いつまで転がってる。全くてのかかる」
いつのまにか戻ってきた殿下に手を差し出されその手を掴むと風が巻き上がり身体が浮き上がった。
「ふぎゃー」
先ほどから令嬢らしからぬ悲鳴を上げているけれど許して欲しい。
もうなりふり構ってなどいられない。
「口を開くな舌を噛むぞ。これも被っとけ」
頭に綿が詰まった帽子をズボっと被せられ再び肩に担ぎ上げられる
「フグッ」
「ラッサ!後は任せる。俺はこれを連れ大隊に合流する」
「こ、ここはお任せを、、殿下、くれぐれもお気をつけて」
もう嫌だわ。
シャナルに帰る…気はないけれど、頼むから帰ってきてと言われたら帰ってしまうかも。
修道院も良いけれど、この国の修道院へ行ったらどんな目に合うか…
意識が段々と遠くなってきて私はやっと令嬢らしく憧れの気絶をする事ができた。