107話
私は無心になって焼けたパンを籠に移す。
右手は負傷しているから、皮手袋をつけた左手で少しずつ
一生懸命に働くとは素晴らしい事ね
「おい!チンタラやってんじゃねーぞ」
「こっちにも早くパン寄越せ!」
「誰だよ!こんなガキここにいれたの!」
嘘です。
労働とはこんなに大変だったのね。
釜の近くはとても暑くて、最初は肌寒いから丁度良かったなんて思っていたけれど、その内汗だくになっていた。
私より釜に近い2人はもっと大変よね。
約二時間にも及ぶ戦いが終わりグッタリしていると
「ナディア様、お疲れ様でした。俺達後片付けがあるんで、そこの天幕で休んでいて下さい」
「…お言葉に甘えます」
ヘロヘロな私はこれ以上ここにいても足を引っ張るだけだわ
パンを移すお手伝いも、途中フレデリックさんがやってきて、かなり捌いてくれたし。
自分の役立たず感にガッカリしながら天幕に入った。
捕虜と聞いていたけれど、扱いは普通の兵士と変わらないらしい。ここから馬車ごと出る事は出来ない事と、後は他の兵士との交流もあまり好まれないと言うくらいで。
その方が返って私にはありがたいけれど
それにしてもこの先一体どうしたら良いのか…
あれから丸一日経っている。
一睡もしていない筈なのに、全く眠れる気がしない。
アイラさん、グレタ…
天幕の隅で膝を抱え目を閉じてしばらくすると
「ナディア様、起きてますか?」
「はい」
入ってきたのはフレデリックさんだ
「ナディア様、これ夕飯です。普通の野営食ですけど、食べれる時、食べた方がいいです」
さっきパンを4つ程いただいたばかりなのに
「ありがとう」
二時間の肉体労働で大分消費した様で、何となく完食してしまった。
そしてこの果実は…
「それ見た目凄い色ですけど、ミールの実と言って結構美味しいですよ」
知っているわ。
以前殿下に食べ方を教わって、一緒に食べた事を思い出した。
殿下達はどうなったかしら?
村を守ってほしいけれど、私は中に入れてほしい。
「あの、ご相談なのですが、エルド小隊長に事情を話しませんか?僕は信用できる人だと思っているのですが…」
フレデリックさんが言う
そうよね…逃げるには完全なお荷物な私ですもの。
魔力が無いなら無いなりに、対策の立てようがあるのかもしれないわね…
「相談だったら俺が乗るぜ」
突如コンラッドさんの野太い声が聞こえた
「うわっ」
「ぎゃっ」
いきなり入ってきたのは、エルド小隊長とコンラッドさん。
「ちゃんと中将に許可をもらったんだ。俺は正式なパン焼き班所属になった」
コンラッドさんは清々しい笑顔でそう言ったけれど、死んだ魚の目をしたエルドさんが
「そんな訳でパン焼き班は、明日から4名体制になりました」
「何だ!エルド!もっと嬉しそうに言え!2人しかいなくて大変だと言ってたろ?」
エルドさんの背中をバンバン叩きながら言うコンラッドさん。声が大きい
「何言ってるんですか!中将のあの目…視線だけで殺されるかと思いましたよ!何でパン焼くんだよ!戦えよ!その為にここにきたんだろ?」
やってくるなりいきなり口論を始めた2人
エルドさんはコンラッドさんがパン焼き班に来たのが不満なようね。
まぁお金を頂いて戦いに来て、パンを焼くのはちょっと…いえ、かなり違う気もするわよね。
中将も良く許可をだしたものだわ
「いや、違うぞ」
え?
「今回俺は金をもらってここに戦いに来た訳じゃ無い」
傭兵なのにお金を貰わず戦場にいると言う事?
「そんな話ある訳ないだろ?パーカー傭兵団引き連れといて」
エルドさんが反論する
「アレはパーカー傭兵団じゃない。普通の傭兵だ。まぁパーカー傭兵団に入団希望者が媚び売って俺に話しかけてくるけど」
コンラッドさんは嬉しそうにニヤニヤしている
「じゃあ何でここに?元老院側が勝つと思ってここにいるんじゃないのか?」
「…フフン、まぁ探し物ついでの散歩って所か。これ以上は言えねぇけど」
散歩?言っている言葉と裏腹に、コンラッドさんから圧力を感じた。
怖い…
「コンラッドさんが1人戦場にいるだけで、どれだけ戦況を左右するか分かって言ってるのか?」
穏やかそうなエルドさんも負けじと凄いオーラを醸し出し始めた
コンラッドさんてもしかして凄い人なのかしら?
私の疑問にはフレデリックさんが答えてくれた
「コンラッドさん傭兵王って呼ばれてるんですよ。自分で傭兵ギルドを立ち上げ、傭兵団を作り今やこの大陸の軍関係者で知らない人はいない。ちなみにコンラッドさんが加わった戦いって、負け知らずって言われてるんです」
まぁ!あんなオナラ(していないけれど)で爆笑する人が?居るだけで戦況を左右するなんて言われている人がパン焼き班?
それはエルドさんじゃなくても怒ってしまうかもしれない
「俺がいるから勝つんじゃない。俺は勝つ方にしか行かないだけだ。まぁ傭兵の方は今は休んでいるけどな」
傭兵をお休みして戦場に?何をしに…
「じゃあ探し物探しに行けよ!パン焼きに来るな!俺が上から目ぇつけられちまうだろ!戦場にもいるんじゃねぇ!」
エルドさんがキレた。
本音はそっちなのね
「悪ぃ悪ぃ。でもこの辺なんだよ。探し物は。で?相談って何だ?」
!!コンラッドさんがいきなり私に話を振ってきた。
考えて!
考えるのよ私。
コンラッドさんは傭兵。
お金を貰って戦う人、今は傭兵お休み中…
「コンラッドさん!お願いがあります!わた…僕をハイドン村の中に連れて行ってください!お金は後でお支払いします!」
ガバっと頭を下げた。
お願い!うんと言って!!