104話
ようく思い出して。
昔カール兄さまが言っていた。
『ナディア、太陽は東から登るんだ。だから東へ行きたければ朝日の方角に。西へ行きたければ太陽が沈む方へ』
『では北や南はどのように?』
『右手を東側にすると前面が北。南はその逆だよ』
カール兄さま、自分がどこから来たか分からない場合はどうすればいいですか?
夜中に馬車を目指し雑木林の入り口まで来たから、南から真っ直ぐだったのか東から真っ直ぐだったのか…
こんな事になるなら、この村に来た時に地図を見ておけば良かった。
でも、間違いなく北からではないわ。この村の北側は川だった。
そしてそのすぐ近くに温泉があったのだから、東か西に行けば良いのよね?砂風呂に入った時、帰りは南に下ったわよね?
砂風呂の近くにマリアンナさんの家があったのなら…東に進めばいい?
太陽は真上にある。もう少し待たないと東か西かわからないわね。喉も渇いたし、お腹も空いてきたわ…
大きな木を中心に少し歩き、口にできそうな物を探すも、木の実もキノコも見た事ない物ばかりで迂闊に口に出来ない。
『食べられる薬草』に載っている草が何一つ無いなんて…捕まる訳にはいかないけれど、死んでしまう訳にもいかない。
けれど空腹と不安と疲労で再び涙が溢れそうになる。
こんな時物語や小説では、ヒーローが助けてくれたりするけれど、いくら待っても助けなんか来ないし。
そもそも私の場合、ヒーローは殿下と言う事になるのかしら?
…あまりヒーローっぽくないわね。盗賊だし…
陽が少し傾いたので北に向かう事にした。
このまま東に向かってウッカリ魔法使いと鉢合わせだけは避けなければ。
砂風呂は川の近くにあったのだから、マリアンナさんの家も近いはずだわ。
そこから一番近い雑木林の入り口にウィンディアさんと従魔を置いてきたのだから。
川の水も飲めるし、川の上流に行けば必然的に東に向かう事になる。
遠回りだけれど、確実に雑木林を抜ける事ができる。
ガサガサと音がするたびにビクリとなってしまうのは仕方ない。だって怖くて仕方ないのだもの。
なるべく木から木へ身を隠す様に移動していたら、雑木林を抜け川音が聞こえる頃には陽が大分傾いていた。
出来れば明るい内に何とかしないと…歩くスピードを早めザクザク歩く。
途中喉が渇いて川辺に寄り、水を飲もうとして少し躊躇った。
…これでお腹を壊したらもう仕方ないわね。他に口にできそうな物は何も無いのだから。
などと考えていたせいか、足場の悪い岩場でバランスを崩した。咄嗟に手を着いて踏ん張ったつもりだったけれど、思っていたより力が入らず
「痛っ」
手首をクキッとすると同時に更にバランスを崩し、川に向かい身体が転がる。
嘘!嘘!このまま⁉︎
バシャン
大丈夫!まだ浅瀬!足を着き立ち上がりさえすれ…ばっ⁈ズルリと足が滑った
ドプン
皆んなごめんなさい…
私はこのままここで死んでしまうのね…
遠くでぷっぷちゃんの鳴き声が聞こえた気がしたけれど、ごめんなさいね。今ぷっぷちゃんに構ってあげれないの。
川が合流する前の上流は流れが早く、身体が二転三転し口や鼻からも水が入ってきた。息が苦しくて意識が段々薄くなって来る
「おい!目を開けろ」
ピシピシ頬を叩かれて目を開ける
「ゲホゲホッ」
「お?気がついた」
何?く、苦しい…
「ゲホゲホゲホゲホッ」
ゼイゼイ…私…生きてる?
「落ち着いたか?」
ふと見上げるとドレナバルの制服…ガバリと起き上がり周りを見回す
「お前、サボるんなら上手くやれよ。何川に落ちてんだ」
誰?
「あ、あの…」
水を飲みすぎたせいか声がガサガサだわ
「何だお前頭でも打ったのか?あ、俺の名前はコンラッド。コンラッド・パーカー」
言いながらスイッと指を動かしびしょ濡れの私を乾かしてくれた。
「で?小僧どこの部隊だ?送ってやる」
小僧⁈
「えっと…」
ここはどこ?
この人ドレナバルの制服を着ているけれど…私はどのくらい流されてしまったの?
私はハイドン村に来ている全兵士と面識ある訳でもないし、私の容姿を知らない兵士だって当然いる。
だけど万が一敵だったらと思うと…
「何?ほんとに頭打ったの?」
「あ、その、そう…かな?」
そして以前これと似たようなシチュエーションがあったのを思い出した。
「み、水飲み過ぎて…頭がちょっとぼんやりしている…かも?」
思い出した!アッシャーさん達と出会った時だわ。
あの時も小僧呼ばわりだった!そして言葉遣いが硬いと言われたのだったわ
「ここは…ハイドン村?」
「おいおいおい…大丈夫か?小僧、名前は?」
ジッと私を見る目が何かを探っている。ような気がする
「ジュ、ジュード」
あぁ、また村長さんの名前を勝手に拝借してしまった。でもコンラッドさんが誰だかわからないのに、迂闊に名乗れない
「フン。まぁいいか。着いて来い」
立ち上がったコンラッドさんは身体が大きな人で、腰には馬鹿みたいに大きな剣を帯刀している。
今振り切って走っても逃げられる気がしない…
どうしましょう
私は早くウィンディアさんの所に行きたいのにっ