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流されて帝国  作者: ギョラニスト
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9話

 そうしてやってきたのは野営地から少し離れた岩場の陰。


 なるほど、地元住民しか訪れないと言うのも頷ける程何も無い。

屋根もなければ塀も扉もない。


要するにただの岩場にチョロチョロと湯が流れ込んでいるだけの所に穴を掘って石で堰き止めた湯船らしい。


 また、夜空で全裸…でも今回は薄布を羽織っているので良しとしましょう。


身体をさっと洗ってもらい湯船に浸かる。


「この湯は髪にあまり良くないので本日はお身体を流すだけにしましょう」


とはグレタの言葉。何故そんな事が分かるのかしら?



 湯船で目を閉じてじっくりこの先の事を考えたいのに全く集中できない。


 なぜならこの湯船の周りに、私からは見えない所で大尉を始め精鋭5名、先程のサウル医師も付き添いで全員湯船に背を向け見張りとして立っている。


私は全裸に近い格好。

居た堪れない事この上ない。


 それでも。少し嫌な気持ちもモヤモヤとした感情も薄まる気がするから、温泉って不思議だわ。


 湯から上がり着替えを済ました後、今度こそ棺桶馬車に戻る事となった。


 私はここで1人で眠る。

また不安がぶり返しそうになったので、頭を振り嫌な考えを追い出した。


 エアリーやグレタによると、天幕より馬車の方が安全だし、防音も効いているとの事。


 確かに天幕だと布一枚隔てた所に人が歩いているのが聞こえたら安眠できなさそうね。


「では、明朝お迎えにあがります。キチンと鍵掛けて下さいね。隣にある天幕に私もグレタも控えておりますので、何かございましたら何なりと仰って下さい」


「ありがとう。エアリーもグレタもゆっくり休んでね」


おやすみの挨拶を交して鍵をしっかりかける。


 はぁ〜〜〜

 疲れた


 ドレナバルに来てから疲れっぱなしな気がする。

そのドレナバルの王宮だって3泊4日しかしていないし、内1日は寝込んでいただけだし。


考えなければならない事は沢山ある。

ありすぎて、それだけでもう疲れる。


 肉体面では疲れていないけれど…そう言えば私は王宮内の散策をした時に体力増強に勤しもうと思っていたわ。


何かやってみようかしら?


 馬車の入口の2段しかない階段を無心でひたすら昇り降りを繰り返していると虚しさだけが押し寄せてきて仕方なくベッドに入った。


私の人生は一体どこに向かっているのだろう




 翌朝、いつの間に眠っていたのかしら?と思うくらいぐっすり眠っていたらしい。


 棺桶馬車では眠れないなんて思っていたのがウソのよう。何だかとても清々しい朝だわ。


昨晩無心で運動したのが良かったに違いない。


迎えに来たエアリーは私の顔色を見て心なしか安心した様にみえる。心配かけてごめんなさいね。


 今朝の朝食は焼きたてパンにスープ、生野菜のサラダ、キノコが沢山入ったオムレツ、カリカリに焼いたベーコンを美味しくいただいた。


流石美食隊。


 馬車に戻るとグレタに綿の沢山入った帽子を被らされ顎下で紐を結び、何も入っていない皮の袋を手渡された。


「もしもの為でございます。使わなくても問題ありません」


 と言い残して侍女が乗る馬車へ去って行った。


何かいつもより顔色も良くない気がするし、元気もない。大丈夫かしら?


 しばらくすると出発の合図が聞こえた



 綿の沢山入った帽子、通称綿帽子は激しく揺れる馬車の中で頭を守るため。


 皮の袋は揺れにより込み上げて来るものを何とかするため。


 グレタ…初めから言って欲しかった。


 そうしたらもう少し心構えができたのに。朝食も控え目にしたのに。


 昼食の時間だと知らせに来てくれたのは、ラッサ大尉だった。


 エアリーもグレタも馬車から出る事ができないそうだ。


「ナディア様も昼食無理そうかな?」


「はい。無理です」


 吐きこそしなかったけれど、未だにグラングラン揺れている気がする。

座っているのに倒れそう。


「うーん。本当は何か腹に入れた方が良いんですけどね。出発までまだ少し時間があるので食欲出たら言って下さい」


 食欲なんて湧かないし外に出てまともに歩けそうにない。


 棺桶馬車で休む一択ね、と再び寝台に身体を横たえうつらうつらしていると、周りが騒がしくなった。


何かしら?


 久しぶりの盗賊かもしれない。


 慌てて鍵がかかっているか確認しようと扉に手をかざした時、ノックの後いきなり外側から扉が開いた。


!!


 反射的に手近にあったクッションを投げつけ盗賊が驚いた隙に扉を閉め鍵をかける。


どうしよう。

どうしましょう。


扉がガチャガチャ鳴りだした。

他の人は?エアリーやグレタは?


扉をドンドン叩く音がする。


怖い!シーツを頭からかぶりうずくまっていると


「ナディア様!」


この声はエアリー!


「エアリー⁈大丈夫なの?盗賊が!盗賊が来たわ。早く逃げて!!!」


「違いますナディア様!殿下がお見えです」



…え?



 薄汚れ目付きの悪い無精髭で頭に巻いた布からは伸び放題の髪の毛の男が立っていた。


 盗賊に脅されているエアリーの姿に見えなくもない。


再び扉を閉めようか考えていると扉を大きく開けられ


「お前が花嫁か」


お前⁈


 目付き悪いなんてものではない。

クッション投げつけられて怒ってる?


「ナディア様。こちらがドレナバル帝国のディラン皇太子殿下でございます」


「ナ、ナディア・ド・マイヤーズでございます。お初にお目にかかります」


 急いで馬車から降りカーテシーをしてはいるが、頭には綿が詰まった帽子を被ったままだし未だ足元がフラフラしている。


「早速で悪いが司祭をここへ。婚約をすぐ取り交わす」


「はい。ただ今」


エアリーは早歩きで去って行き入れ替わる様にラッサ大尉がやってきた。


「殿下。わざわざお越し頂かなくても明日夜には合流できましたよ」


 非難している方のラッサ大尉の顔色が良くない。

ラッサ大尉は馬で移動だったのに酔ったのかしら?


「状況が変わった。どうやらトーラスとライアンが手を組んでポストナーの残党とフォリッチに寝返ったと情報が入った」


「フォリッチ?それはまた…」


「こちらも急がねばならん。陛下にも早馬を送ってあるから、もう一大隊追ってくるだろう。今回の魔物の封印も一枚噛んでる様だ」


何やら大事な話をしている模様。


そんな大事な話は私のいない所でして欲しい。

うっかり機密事項だったりしたら、逃げ場がなくなってしまう。


 一歩、また一歩と横にずれていると何かに当たり振り返ると司祭様がいた。


「お待たせ致しました。早速始めましょう」


え?


 羊皮紙を広げディラン殿下に渡すとさらっと目を通しさらっとサインをした。


 そして私に渡される。


今すぐこれにサインしろと言う事ね?


断固お断りしたい。


 そもそもこの婚姻で良いのですか?と聞こうと思っていたので今が絶好の機会。


「あの…」


「ナディア様。事情は私から後程説明させて頂きます。今はサインを」


ラッサ大尉がずいっと羽ペンを押し付けた。


 いや、今はサインをと言われても書いて提出されたら婚約成立してしまう。躊躇っていると


「ナディア様、サインなさいますと王宮のどの大浴場にも顔パスで入れますよ?ちなみに王族専用大浴場は凄いのです」


グレタ!ここでそんな事言うなんてズルいわ。断れないじゃない。


「頼む。のちに破棄してくれて構わない」


盗賊皇太子が言った。


 こうしてドレナバルの皇太子の経歴が傷だらけになるのね。


 何となく納得してしまい、震える手でサインをすると羊皮紙がバッと光り、光は空高く舞い上がった。


何事⁈こんな婚約誓約書は見た事も聞いた事もない。


「よし!婚約成立だ。直ちに国境へ戻る。皆のもの準備を!」


殿下の一言で周りが一斉に動き出す。


 サ、サインしてしまった。


 教会に提出していないけれど、殿下は婚約成立とはっきり言っていた。あの光が関係しているのかも。


 でもこれで私は王宮に戻れるのでは?正式な婚約も成立したし、それで兵士の士気も上がったはず。危険な所に行かないで済む。


 安心しその場でへたり込みそうになっている私をエアリーとグレタが両脇から支えてくれた。


「ナディア様、申し訳ありませんでした。契約魔法のせいでナディア様に説明する事が出来なかったのです」


 ええ。

何かしらの事情があるのは今ので何となく察したわ。


 何が何だかさっぱりわからないけれど、今までもこんな風に婚約、婚約破棄、婚約解消を繰り返していたのね。


とりあえず馬車に戻りましょうと馬車に足をかけた時、後方でドンッと爆破音がした。


振り返ると殿下がこちらに向かい


「3人共防護魔法をかけ馬車で待機してろ!」



何⁈今度は何が起こってるの⁈



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