異世界駅に迷い込んだ少女
――……リ……リ……――
「さてと……どうしたもんかぁ~~?」
ぼやきながら改めて周囲を確認する。
あたしが今いるのは、どこか頼りなさげな蛍光灯の明かりに照らされた駅……そこの椅子に腰かけている。
「トキシロじゃなくてコノシロ駅だったとは……」
一人で遠出した帰りの電車の中で、あたしはついウトウトしてしまっていて、窓のガラス越しに見た駅名を間違えて降りてしまった。 そして、それに気が付いた時には電車は発進してしまったのよね……。
まあ、まだ終電って時間でもないから次の電車を待てばいいだけと思うでしょ?
だけどかれこれ三十分は待っているのに次の電車が来る気配はないのよ。
「……というか、時刻表もないし駅員さんもいないってどーゆー駅なのよ?」
ついでの言うと周辺の街明かりもまったく見えないのよ。
テレビで見るような田舎なら無人駅っていうのもあるのは知ってるけど、あたしの街までの駅にそんな場所はないはず……乗る電車を間違ったなんて事はいくらあたしでもないと思うんだけど……。
「お父さんかお母さんがいれば迎えに来てもらうんだけど……」
残念な事にお父さんが仕事で県外に行っちゃてお母さんもそれについて行っちゃったんで、あたしは今はおばあちゃんと二人暮らしなの。 おばあちゃんは車を運転できないし……というか、そもそも車自体お父さんが持って行っちゃったから家にはないのよね。
どーしたもんかなーと考えながら横の席に置いていたリュックからスマフォを取り出してはみたのは、とりあえずおばあちゃんに電話しなきゃと思ったからだったんだけど……。
「……圏外になってる……?」
何が原因かは分からないけど、とにかくおばあちゃんに連絡しようがないって事だよね……。
時計を見ると九時を少し過ぎたくらいだった、あたしみたいな高校生の、しかも可愛い女の子が不用意に歩き回るには遅いかなぁ……多分、このままここにいた方がいい気はする。
ひょっとしたら誰かがやって来るかも知れないし、そうでないにしても朝まで待って明るくなってから動いた方がいい気はするのよねぇ……でも、じっと待ってるのもあたしの性に合わないのよね……。
改めて見回してみても駅の蛍光灯以外の明かりは見つけられない……とはいえ、ほとんど満月な月明りとスマフォの明かりを使って歩いていけないとも思えない。
それに見た目こそ可愛い美少女なあたしだけど、そんじょそこらの男の子には負けないくらいに喧嘩は強いし、不審者とかいても何とかなるようにも思う。
問題はここがどこで、どっちへ行けば家に辿り着けるのか分からないけど……。
「まー歩いていけばどっかには辿り着くでしょう~」
……そんな風に思いながら立ち上がってリュックを背負う。
そして歩き出そうとして、妙な気配……視線にも思えるものを感じてそっちへ顔を向けてみると、そこにはあたしを見返すような紅い瞳があった。
頼りない明りに照らされたその姿は……。
「……猫?……黒い猫?……紅い目の黒猫……?」
……だった。
次の瞬間、猫は鳴き声を上げる事もなくホームから線路へと跳び下りて闇に溶けて込み消えちゃった。
改札口を出たあたしは、とにかく線路沿いの道を進んでみる事にした。 これなら迷う事もないだろうし、少なくとも次の駅には辿り着くはずだしね。
「それにしても……今時あんな改札って残ってたのねぇ……」
あたしが通って来たのは機械による自動改札口ではなく、昔の映画とかドラマに出て来るような人が切符を切る改札だったのよ、もちろん人はいなかったけど。
もしも乗り越しとかしてたらその分のお金を払うとかしないといけないんだろうけど……いないものは仕方ないし、次の駅で事情を話すつもりだよ。
「それにしても……街灯はあるのね」
当たり前といえば当たり前だし助かるのだけど、駅のホームからはでは気が付かなかったから、どうにも釈然としないのよね……。
それにあたしの右手の側には線路があるのはいいとして、反対側には何故かうっそうとした林が広がっているの。 これじゃあ街の明かりなんて見えっこないのは納得だけど、今の日本にこんなところってあるの?
「しかも……」
さっきから周りの空気が妙に冷たくて不気味な感じがしていて、まるでさっきまでいた場所とはまったく別のセカイにでもいるような感覚っていうのかな?……。 夜中に暗闇を歩いているからっていうのもあるんだろうけど、それだけじゃないとも思う。
あたしはゆーれーとかオバケとか感じ取る勘みたいなのが人より強いんじゃないかっておばさんが言ってたし。 まーそうは言っても実際にそういうの視た事ないんで半信半疑ってとこなんだけどね。
――リン……――
「……ん?……あれ?」
何か音が聞こえたような気がした……人の声とか車の音とかじゃなくて別のもの……知ってはいるんだけど今この時に聞こえるには少し不自然な澄んだ音……。
「……あ……鈴の音……? そういうのだった……?」
あっちこっち見回してみたけど、そんな音が出そうなものは見当たらない。
奇妙な事だったからしばらく考えてみて……。
「まー気にしてもしゃーないか!」
……という結論になった。
いや、だってさ? 考えて分からないもんを考えていたってこの状況がどーにかなるわけないでしょ? だったらとっとと先に進んだ方がいいに決まってるよ。
そういうわけで再び歩き出したあたしは……。
――リンリン……――
さっきより少しだけはっきりした鈴の音を聞いた。
「……ん? 待ってよ?……これってまさかギロチンの家系がどーたらってんじゃないでしょうね?」
不意に思い出したのは昔に見たロボットアニメだった。 男の子向けの戦争物で、とにかく敵も味方もどんどん死んじゃうアニメを見ている事にお母さんは嫌な顔をして見るのをやめなさいって言ってたんだけど……。
おばあちゃんは「子供は大人が考えるほどのバカじゃないさ、酷いものや醜いものからただ遠ざければいいってもんじゃないよ?」と言ってくれたのも思い出す。
あたしは思わず夜空を見上げてみるけど……まあ、いくらなんでも空から高出力のビームが降って来るなんて現実じゃあるわけないよね、そりゃ……。
ただ、空から爆弾が落ちてくるっていうのは実際にあったみたいだし、ひょっとしたら世界のどこかでは今でもそんな事をしている人達がいるんだろう。
安全な場所から抵抗も出来ない人達を何百人、何千人って殺せちゃうっていう神経はとても理解できないよ……と言うか、そんな事をしちゃったり誰かに命令とかしちゃう大人達の方がゆーれーやオバケなんかよりずっと怖い……。
――リンリンリン……――
気が付くと目に前には暗くて深そうな穴がぽっかりと開いていた。
「トンネル……トンネルだよね?」
見慣れてものなんだけど……とにかく暗くてどこまで続いてるんだってくらい長そうに見える……先へ進むにはここを通り抜けるしかないんだけど、流石にちょっと不安になっちゃうなぁ……。
「……いけませんよ」
「……ほへ?」
不意に聞えた女の人の声にあたしは振り返ったけど、そこには誰もいない……。
困惑しながら更に探してみると、あたしを見上げる紅い瞳に気が付いた。
「えっと……猫?……黒い猫?……さっきの黒猫……さっきの声はあなた?」
「ええ、そうですけど……とにかくそのトンネルに入ってはいけません」
あたしが「何で?」って返そうとするより前に、猫ちゃんは闇の中へと来ちゃった……。
しばらく呆然となっていたけど……。
「あれ? あたし猫ちゃんとしゃべってた……?」
……って気が付いた。
当たり前だけど人間の言葉を話す猫ちゃんなんて会った事はないし、存在するなんて聞いたことだってない。 つまりはコミックやアニメとかの中にしかいないはずの存在なんだよね。
そうなるとよ……ここってあたしがいたセカイじゃないって事なの?
あたしは自分のセカイとは違う場所にやってきちゃったの?
そんな場所で一人彷徨ってるの……あたし?
それって……もしかしてあたしはお家に帰れないかも知れない?
神隠し……不意にそんな言葉が思い浮かんでゾッとなった。
それこそアニメの中の話なんだけど……真偽はともかく、そういう言われ方のオカルト現象があるのも知っている。 あまり信じてもいなかったけど、つまりは……あたしはそういう現象に遭遇しちゃっわけなの?
――リンリンリンリン……――
更にはっきり聞こえた鈴の音に我に返ったあたしは……。
「まー今はどーでもいいか!」
……と思った。
小さい頃から迷子になった事なんて一度や二度じゃないしね、それが見知らぬ街中だろうが異世界だろうが大して変わらない。 大事なのは、とにかくおばあちゃんの待っている自分の家に帰る事だしね。
もしもダメだったらしゃーない、だから今は今できる事をするだけよ。
あたしはトンネルの中を覗き込む、猫ちゃんはダメって言ったけど……トンネルなら、少なくともどっかには通じているはず。 入口があるなら出口だってあるはずだよね。
あの世へと繋がるトンネル……そんな都市伝説めいたものを思い出したけど、あの世なんてあるかどうかも分からないものを怖がっていてもしょうがない。
この先が天国だの地獄だのに通じていたとしても、そん時はそん時よ!
「じゃーとーつーげーきーー!」
気合の声と同時にアスファルトを蹴って駆け出したら……。
――リンリンリンリン――
――いや! ちょ……ほんとに危ないんですって!!――
……鈴の音をかき消すような猫ちゃんの驚きの声を聴いていた……。
「……真っ暗なのに何で見えるの……?」
周りは文字通りの暗闇のはずなのに、あたし自身は自分が身体をはっきりと見えているのだ。 普通ならありえない話だから、やっぱりここは現実世界じゃないってわけよね。
そんな事を考えながら進む……はいいんだけど……。
――リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン……――
……トンネルに入ってから一段と大きくなった鈴の音がうるさく鳴り響く野が正直言って鬱陶しい。 しばらくは我慢してたけど、その音は収まるどころか更にうるさくなっていく気がする……。
「だぁああああああっ!! うるさいわぁぁあああああああああああっっっ!!!!!」
思わず両手を振り上げて叫んだら、次の瞬間には音はピタリとやんじゃった。
「文句もいってみるもんねぇ……」
そう感心した直後、今度は足音のようなものが近づいて来た。
何だろうって思っていたら、暗闇の中からヒトが現れたわ。
白装束を着た男の人かしら……左手には旅人が持ってるような杖を握り右手には金色の鈴を持っている、あー鈴っていうか形からするとハンド・ベルって言った方がいいかも……という事は、このヒトが騒音の原因って事なのね。 それにしても、割らか何かで編まれた傘を被っているとはいえ顔の表情が全然見えないのってどういうのだろう?
何て思っていると、彼の後ろから別の白装束が現れた……と思ったら更に二人やって来る。
「ちょ! 何なのよあんた達っ!?」
叫んでる間にも白装束は数を増やしていく、これは流石にやばい気がするわ。
こいつらが何者で何の目的があるのかは分からないけど、あたしに対して友好的とは思えない。 大人とはいえ一対一ならまだしも、この人数を相手に喧嘩して勝てる気はしないわね……。
「……あれ?」
数十人くらいまでになった時、「……こ、この力の気配は……」と誰かが言ったのかと思ったら、今度はいきなり白装束が闇の中に消え始めた。
「……ちょ……いったい何がどうなってんのっ!?」
あっという間にすべての白装束が消えちゃったと思ったら、更に今度は背後から足音が聞えたんで、「今度は誰よっ!?」と振り返ったら、そこには優し気な笑みを浮かべた女の人が歩いて来てた。
その女の人を良く見ようとしたら彼女をどこかで見たことがあるようなふしぎな感覚を覚えた……いえ、そうじゃなくて鏡に映る自分の姿を……かな?
でも、この人はあたしより年上の二十代くらいに見えるし、長く伸ばした髪型も同じようだけど、あたしは銀髪じゃないし、瞳だってこんな澄んだ蒼い色じゃないのに……。
「大人の忠告はちゃんと聞いてほしいんだけどねぇ……」
肩を竦める女の人に、「……その言葉、昔のあなたに言ってあげたいですね……」と言った声は、彼女の足元にいるさっきの猫ちゃんだった。
「……てか! 何がどうなってるのよっ!!!!?」
「う~~ん? 本当はこうして顔を合わせてるのもどんな影響があるか分からなくて危ない気がするんだけど……それで納得するあたしじゃないしなぁ……どう説明しよっか……?」
「……まあ、直接関わるのは出来るだけ避けたかったところですからねぇ……」
女の人と猫ちゃんの話す意味はさっぱり分からない、何だかこの二人はあたしの事を知っているみたいだなぁ……。
しばらく考えていた女の人だったけど、「まーこうなったらしゃーないか!」と意を決した風に話し始めた。
「簡単に言うとここはあなたのいるセカイとは違う次元にある”異世界”だよ、それでさっきの白装束はこのセカイの住人ってとこかな?」
自分でも半ば思っていた答えだったけど、こうして改めて誰かに言われるとかえって半信半疑に思っちゃうのが変な感じよね。
「それで異世界ってどういうセカイなの?」
「う~~ん……ぶっちゃけ分からないわ!」
「……はい?」
「時間とか法則とか……それこそいわゆる世界線さえもシッチャカメッチャカなのがこの場所なのよ。 あたしも出入りは出来るんだけどしょーじきサッパランなのよね~」
「普通の人間が迷い込んだらほとんどは助からないでしょうねぇ……」
そんな場所に出入りしてるこの人も大概だなぁ……とはいえ、この人がいなかったら間違いなくあたしはあいつらの餌食になっていただろうし……結果として助かったと言っていい気がするわね。
「ひょっとして、あなたはあたしみたく迷った人を助けるために?」
女の人は首を横に振った。
「うんにゃ、単に散歩をしてたみたいなもんだよ?」
話を聞くと相当に危険な場所なのに散歩感覚で出入りしてるって……でも、白装束はこの人の気配だけで抵抗もする事なく退いて行ったんだった。 ひょっとしたらこの人はとんでもない力の持ち主なのかも……。
「あなたはいったい……」
「あたし? あたしはエ……じゃない、魔女だよ。 ”永遠の魔女”」
魔女かぁ……これまたアニメやゲームっぽいけど、今日の事を思うと素直に信じられるわね。
「……ご主人様、そろそろ……」
「ん? ああ、そうだね。 あなたをお家に返してあげないとね」
言いながら魔女の人が左の手のひらを翳す先に、小さな光が発生したと思ったらそれが大きくなって楕円形になった。
「この扉を潜れば、間違いなく家に帰れるよ」
笑顔を見せるこの人があたしを騙そうとしてるとは思わなかった、初めて会ったはずなのにこの人は良く知っているように感じる……絶対に誰かを騙すような事はしないはずだよ。
「うん。 ありがとね、魔女さん……猫ちゃんもね?」
満足そうに頷く二人を見てからあたしは背を向け、そして光の扉を潜った……。
――おばーちゃんを大切にね、永遠――
「……って、ことなのよ?」
良く日向ぼっこしている自分ちの縁側であたしが話終わると、隣に腰かけるおばあちゃんは「そうだったのかい……」と頷いた。
「いやいや……いくらなんでもそんな事って……」
あたしの前に立って露骨に信じてなさそうなこの男の子は怜 明日斗っていう二歳年上のあたしのお隣さんだよ。
それからもう一人、明日斗の隣に立ってるのがおばあちゃんの友達のトキハおばさん、そのトキハおばさんは黙って考え込んでいる。
「何よ? あたしが嘘を吐いてるって?」
「いや……君がそんな子じゃないのは知ってるけどさ……」
明日斗は助けを求めるようにおばちゃんを見た。
「ふふふふ、明日斗君。 ニンゲンのセカイとは違うセカイもあるし、魔女だって本当にいるんだよ?」
おばあちゃんは笑いながら、「あんたはどう思うトキハ?」って尋ねた。
「……え? ああ、そうね……彼女が見たものはおそらく”異世界駅”だと思うわ」
「異世界駅……?……それって都市伝説の異世界駅ですか?」
「ええ、そうよ明日斗君」
言われてみれば聞いたことがあるような……?
「何だいそれは?」
「えっとね……」
おばあちゃんの問いにトキハおばさんが説明する、簡単に言うと、見知らぬ駅に降りたらそこは人の世界とは思えないような不気味な場所だったという体験をした人がいるというものだった。
「体験談……ならその人らは無事に帰って来たわけかい?」
「ええ、そうなるわね。 でもね? あくまで都市伝説で噂だから、どこまでが本当かは分からないわよ?」
気のせいかな……おばさんはあたしと明日斗を気にしながら喋っているように見えるんだけど……?
「おやおや? あんたもうちの孫が嘘を言ってるというのかい?」
「違うわよ。 もう……分かってて言ってるでしょう?」
親子くらい年が離れてるはずなのにまるで同年代の友達のような二人、いつみてもやっぱりちょっと不思議なのよね。 お父さんやお母さんもこのおばさんに対しては年上の人を敬うかのような態度だし……。
可笑しそうに笑っているおばあちゃんにムッとした態度をしながら、「えっとね、私はあなたが嘘を吐く子じゃないとは信じているわよ? でもね、あなた以外の人が嘘を吐くことはあるって言いたいの」って説明してくれた。
「まあ、ネットの都市伝説なんてそんなものですよね……」
「そういうものよ。 ただ、頭から否定するのも良くないわね、噂になる以上は少なくとも話の元になった何かはあるはずだしね」
確かにただ嘘の話を広めたって何の得にもならないもんね、なら嘘を広めたい”理由”があるはず。 それに嘘を吐いて誰かを騙す気なんてなくても間違いや勘違いがあるのも人間だもんね。
「じゃあ、あたしが体験したものって何なの?」
「そうねぇ……まあ、少なくとも異世界だったのは間違いないでしょうね。 私たちの今いるセカイのどこでもない場所に存在する……次元や時間や世界線すらも曖昧なセカイ……そんなところかしら」
「世界線って何?」
あたしの質問におばさんは少し考えてから説明してくれた。
あたしの今いるセカイに限りなく近いけど違うセカイ、例えば朝ごはんにパンを食べたあたしとお米のご飯を食べたセカイが別々にあるようなものらしい。 もっとも実際にはそこまでの小さな差でのセカイはないらしいけど。
「そんな場所にいた”魔女”か……並大抵の魔女が散歩気分で出入りするとも思えないけど……それに”永遠の魔女”なんて聞いたこと……あ!」
あたし達の視線に気が付いたのかトキハおばさんの顔がギョッとなった。
「……えっと、トキハさんて妙なオカルト知識ありますよね?」
「ん? ああ……えっと……ちょっとした趣味のひとつよ……」
慌てた様子で答えるトキハおばさん、偶に思うんだけどこの人って絶対にあたしに隠し事をしてる気がする。 でも、それはきっと子供のあたしには言わない方がいいと判断しての事だろうから、あたしが大人になったらきっと話でくれると思ってる。
「ともかく……無事に帰って来たならもう危険はないと思うわ。 ただ、もう変な駅で降りない事ね、明日斗君もいい?」
「はーい!」
「はい、分かりました」
これが、あたしが体験した不思議な出来事だよ。
この後も電車に乗る事は数え切れないくらいしたけど、この異世界駅に迷い込む事もなければ銀髪の魔女に会う事は二度となかったんだ……。
……え? あたしの名前? そーいえば名乗ってなかったね。
あたしは永遠、時坂 永遠だよ。
時坂 永遠が自分のセカイに帰還してから数十分後に遡る……
薄暗い明りの照らすホームの椅子に銀髪の魔女は腰かけている、その彼女の膝の上には紅い瞳の黒い猫だ。
「やれやれ……何とかなって良かったねぇ」
「あなたの気まぐれでこの場所にやって来たら別のあなたと会う……どういう因果なんでしょうね?」
エターナという名前を育ての親で師匠でもある魔女から貰った彼女には、生みの親からもらった永遠という名前も持っている。
「ここは時間も次元も世界線すらも曖昧な異世界だからね。 ありえないわけじゃないけどさ、普通はないよね?」
苦笑しながらその蒼い瞳で見渡せば、何人もの白装束が遠巻きに自分達を見ているのが見えた。 この世界の住人だとは分っていてもそれ以上はエターナも知らないが、今のところはその以上を知ろうとは思っていない。
自分であれば束になって襲ってきても簡単に返り討ちに出来るが、普通の人間である永遠では簡単に餌食になっていただろう。
「魔女のエターナじゃなくて、時坂 永遠という人間のまま成長したあたし……別の可能性のあたしか……」
「あの考えなしで怖いもの知らずに動くのは確かにご主人様ですよ……まあ、昔と比べればずいぶんと考えて慎重に動いてますけどね」
使い魔の少しとげのある口調に、「アインも言うなぁ……」と肩を竦める。
今回の一件は、単純に永遠を助けるだけなら最初から彼女の前に現れて多少強引にでも連れ帰ればよかっただけだ。
しかし、別の可能性世界――イフのセカイ――の住人、しかも自分自身との接触が互いにどんな影響を及ぼすか分からなかった。 それだけに直接関わることなく解決しようとしたのだが、結局はそうもいかなかった。
極論を言えば、一切の干渉をせずにいるのが正解なのだろう。 別のセカイの永遠が死んだとしても、エターナには何の影響もないのだから。
しかし、誰であれ目の前で死にゆく命を見捨てられるエターナでもなく、別のセカイであっても両親や祖母が永遠がいなくなることで悲しむ事はさせたくない。
それが、今回の一件で”永遠の魔女”が行動した理由だったのだ……。
終
読んでいただき、ありがとうございました