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第95話 私たちの革命

 ハーディング領正規軍は、おそらくは待ちの体勢にあることだろう。相手が叛徒とはいえ、先手を打ったのでは、離れつつある人心に拍車をかけかねない。

 それに、現場の兵の心情というものもあろう。

 ただ、正規軍はともかくとして、その背後や周辺までもが待ちの態勢にあるとは限らない。水面下のどこかで情勢が動いていると思えば、準備に時間を割きたい革命勢力としても、先を急がねばならない理由はある。

 そこで、ビラを作り終えたその日のうちに、革命参加者にこれを配布の上、クリストフが演説する運びとなった。


 夕方、周囲が茜色に染まる頃、多くを動員してビラの配布が進んでいく。これには、一介の幹部を装ってリズも参加している。

 配布作業自体、進行はスムーズだ。事務作業に手慣れた者が、革命幹部に多いことが幸いした。

 しかし……手渡されたビラに対し、困惑する者は多い。予め想定できていたことではあったが、目にした現実が、リズの心配を掻き立てた。

 こうなると、やはりクリストフの働きが大勢を決める。配布の合間、それとなく城壁の上に、リズは目を向けた。


 やがてビラが行き渡った頃、暗くなりゆく空の下、城壁の一点に明かりが灯った。

 《霊光(スピライト)》が照らし出す中、クリストフの姿に衆目が集中する。

 彼の演説にあたって、準備に抜かりはない。声が全員に届くよう、砦敷地の内外に《遠話(リモスピ)》を展開してある。


 彼自身の性向として、決して目立ちたがりというわけではない。多くにその声が届くというのは、単純にプレッシャーでしかないだろう。

 しかし、こうなっては助け舟を出せない。指導者は一人でいい。

 リズも、今ばかりは聴衆の一人に徹し、彼がうまくやり遂げることをただ祈った。

 周囲は奇妙なほどに静まり返り、静寂に興奮と緊張、困惑が入り交じる。


 そんな中、彼は口を開いた。



 まず、この革命に参加してくれているみなさんに、お礼を申し上げます。

 私たちを後押しして下さる方々がいるのは、重々承知しています。この動きが、大勢の方に支持されていると。

 それでも、実際にこうして足を運び、本当に参加するという道を選ぶのは、決して安易な決断ではなかったと思います。ありがとうございます。


 こうして一個の勢力として数えられるまでに、私たちは規模を拡大することができました。

 ですが、語るべきを語らないまま、何も知らない方々を抱え込むわけにはいきません。そうまでして、私たちを大きく見せようとは思いません。そのような不義理を働くわけには。

 これから、そういったお話をします。


 みなさんも知ってのとおり、近年は軍事的な緊張が高まりを見せ、領土防衛のためにと軍費徴発が相次ぎました。これに反発する思いは、みなさんの中にもあることで しょう。

 それはいいのです。

 しかしながら、官・軍・民のそれぞれに断裂が入る今の状況を、誰よりも喜ぶものがいます。外圧をかけることで、ハーディング軍に軍拡路線を取らせた、あのラヴェリアです。

 官・軍に非がなかったとは申しません。民草の実情を知らず、私たちが蜂起するに至るまで、軍費を絞り続けた。その不明の非は大きい。

 ですが、私たちの本当の敵は、決して彼らハーディング上層部ではない。その認識は、ぜひとも共有していただきたいのです。


 さて、みなさんもすでに承知のことでしょうが、私たちはもうじき、ハーディング正規軍と交戦することとなります。

 相手方も、領民に対して矛を向けることに、抵抗のようなものがあるでしょう。こちらとて、それは同じことでしょう。あちらに、私たちの知り合いがいる可能性は高い。

 しかし、望むと望まざるとに関わらず、事がここまでに至ったのなら、私たちは戦わねばなりません。

 では、いざ戦う状況になったとして――


 私たちは本当に(・・・)戦うなのべきでしょうか?



 演説の中、彼は参加者たちに問いかけた。

 ただ、問いへの答えは、言葉にならないざわめきばかりだ。

 無理もないことだ。一般的な参加者にしてみれば、現在の統治機構を打倒すれば、それでまともな生活を送れるという考えがあったはず。

 そこへ、真の敵という形で、大列強の存在をいきなり口にされたのだから。

 しかし、一般的な参加者たちがどのような心情を抱いているにせよ、リズには一つ、確かに思われることがあった。


 皆が、彼の言葉には、しっかりと聞き入っている。


 戸惑いに満ちたざわめきも、次第に引いていく。視線は揃って彼の方へ。

 彼にしても、心中に揺れるものはあるだろう。覚悟一つでどうにかできるものではない。

 それでも、彼は自身の使命を果たしていく。再び訪れた静寂に、彼の声が響き渡る。


「私たちが殺し合えば、本当に血みどろの戦闘になれば、領内には癒しがたい亀裂が入ることでしょう。その分断に大国が付け入れば、この革命も結局は茶番劇でしかなくなる。

 では、私たちはどうすべきか? 血が流れないように矛を収めるべきでしょうか? 相手も、そうしてくれると期待して?」


 彼が言葉を切ると、そこかしこで息を呑む音が生じた。ビラを見れば、ある程度の答えはすでに示されているのだが、もはや誰も見ていない。

 ビラ作成の主役であるリズとしては、成果物が見向きもされなくなっている今が、むしろ好ましく感じられた。

 彼女が視線を場の主役の方に向けると、その彼は言葉を続けた。


「あなた方に死ねとは言いません。僕だって、死にたくはない。むざむざ殺されるくらいなら、武器をとって戦うべきだ。

 しかし……一度交えた矛を相手が収めようとしたのなら、それは喜んで受け入れるべきだ。そういう理性が相手にもきっとある事を、僕らは信じるべきだ。

 僕らの故郷は、自ら争い合って滅ぶのが相応しいだなんて、そんな事を認めるわけにはいかない。

 そして……僕らが殺し合うことを望む者がいる。奴らこそが、僕らが戦うべき真の敵だ。たとえ手が届かないところにいるとしても、奴らの思惑の前に、志まで屈するわけにはいかないんだ」


 少しずつ、感情の高ぶりを見せるクリストフだが、聞き入る民衆の反応は静かなものだ。

 しかし、その内面は大きく揺さぶられていることだろう。場に満ちる静けさの中に、熱がこもって高まっていく。周囲から感じられる困惑の中に、こんな状況への憤りが、確かにある。


 そんな中にあって、リズは胸を痛める部分がある自分に気づいた。縁を切った――というより、相手が勝手に切ってきた――祖国を話に出され、苦い思いを抱いたのだ。

 彼女は一人、胸元を軽く握りしめ、夕焼けに(たたず)む彼に視線を送った。

 一度話を切ったことで、少し熱が放散したのか、彼は少し口調を戻して話を続けた。


「私たちは、可能な限り流血少なく、次の戦いを収めようと考えています。それがお互いのためだと信じて。

 もちろん、無血でとはいかないでしょう。相手とそういう交渉ができるわけもない。軍には、本当に負けたのだと思わせなければならない。

 それでも、可能な限り殺し合わずに済ませたらと思います。みなさんが殺されず、そして、誰も殺さずに済むように。

 虫の良いことを言うようですが、本当の敵を見誤ることなく見据え、その大いなる敵の意思に背き、そいつが嫌がることをやってやる。自分たちの、本当の信念を押し通す――」


「それが、僕が考える、真の革命です」


 彼が言葉を結ぶと、あたりは静まり返った。


 聞く者の耳に、彼の言葉がどう響いたか。受け取り方は様々だろう。

 ただ、殺し合いを避けられるものなら避けたい。それは、誰にとっても偽らざる本心のように思われる。

 そして……それが極めて難しいということも、多くにとっての共通認識だったことだろう。

 彼が考える真の革命とは、夢物語のように聞こえたかも知れない。


 ただし、話はまだ終わっていない。


 戸惑いを伴うざわめきが少しずつ収まり、場が再び静かになったところで、彼は言った。


「殺さず、殺されず、戦いを終わらせたい。そんな虫の良いことを言いましたが、用意もなく望むわけではありません。きちんと、そうするための策はあります」


 一度言葉が途切れると、またすぐにどよめきで騒がしくなる。

 ただ、今度のどよめきには、どことなく希望や期待が(にじ)む感がある。事が良い方向に流れつつあるのを感じつつ、リズは思わず苦笑いした。

 それから少しして、どよめきが自然と静かになって注目が集まった頃合いに、彼は言った。


「ビラを裏返してください。そこに、今回の作戦の肝が書いてあります」

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