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第94話 群衆集う中で③

 リズの進言に際し、一時は会議室を追い出されることとなった他勢力の協力者たちだが、彼らに再びお呼びがかかるのに、さほどの時間はかからなかった。

 待機所へと革命幹部が向かい、彼ら協力者たちにその旨を伝えた。しかし……


 彼ら協力者からすれば、あの(・・)エリザベータという少女が言い淀む程の案件に、かなり身構える部分はあったようだ。

 それが意外にもあっさり片付いたことに、戸惑いと肩透かし感を覚えたのか、待機所には微妙な空気が漂う。早々と会議に戻れることは、彼らにとっても歓迎すべきことなのだが。


 彼らが向かった会議室もまた、なんとも言えない空気が漂っている。議論が白熱していたという様子は無いが、かといって諦念や絶望に打ちひしがれる様子もない。

 強いて言えば、煮え切らない渋々感のある空気だ。

 こういった雰囲気は、問題のある案を仕方なく通したといった感がアリアリで、会議に戻るや、アクセルは臆せずそこに突っ込んだ。


「先程の件、正規軍との戦闘の対処法ですが、どうなりましたか?」


 しかし、すぐには返答がない。少ししてから答えたのはクロードで、彼は皮肉気味に言った。


「ま、こっちはこっちで、身分詐称やら何やら大目に見てるんでね。次の勝利がお互いのためと思うなら、黙認してもらえると助かるんだが、どうだ?」


 問いかけるも、議場は静まり返っていく。諜報員同士、視線を走らせずとも互いに様子見しあい、自ら動き出そうとはしない。

 沈黙が少し続いた後、周囲を見回したアクセルが、静かに手を上げて尋ねた。


「その、違法行為ですが、方向性としてはどのような?」


「方向性、ですか」


「たとえば……後に多大な禍根を残すかどうか、です。正規軍に毒を用いる等の策であれば、さすがに容認はし難いのですが……」


 すると、クリストフは首を横に振った。


「そういった(たぐい)の違法行為ではないのですが……決して、悪いことにはなりません。ただ、現行の法規がこれを認めないというのが問題というだけで」


 詳細について明かそうとしないクリストフだが、アクセルはそれ以上の追及を控えた。

 彼はその後、リズにそれとなく視線を向けたが、リズはすぐに視線をそらして素知らぬ顔に。

 秘密作戦については、それ以上言及されることがなかった。作戦遂行上の秘匿とも取れるため、協力者たちとしては、事がこじれるのを嫌った部分も大きいだろうか。


――実のところ、どういった違法行為が行われるか、彼らも程なくして知ることとなるのだが……彼らは本国に伝えるでもなく、ただ苦笑いで黙認するばかりであった。


 正規軍との戦闘において、ある程度の算段がついたという前提のもと、会議は進んでいく。

 次の議題は、革命参加者の戦力化についてだ。

 いかなる作戦を用いるにしても、戦力の大多数を占める民兵が瓦解しないことが第一条件だ。ある意味、ここが作戦の本当の肝とも言える。

 これについては、素人相手に最低限の構え等を教えるのに、傭兵以外で適した人員がいないというのもあって、ほとんど議論の余地なく定まった。調達した武具等、各種資材を活用できるよう、傭兵団主導で最低限の訓練と教示を施していく。


 とはいえ、それまで一般市民でしかなかった者に多少の訓練を施そうが、結局は付け焼き刃だ。正規軍との戦力差を根本から改善するものではない。

 その点について、革命幹部も傭兵たちは承知の上で、話を進めていった。

 もはや当事者の一部である諜報員たちは、さすがに心配になったのか、懸念を指摘したが……そこは例の違法行為に係る事項ということで、回答は避けられた。

 話の中身を知らない彼らとしては、懸念が解消されないままではあるが、そこは発案者への信用があったのかもしれない。追及はすぐに収まる形に。


 こうして訓練については早々と決まったものの、そこで思い出したように、クロードが口を開いた。


「ビラなんだが、もう一度改めて作り直した方がいいかもな」


「へえ?」


 傭兵の間から疑問の声が上がると、クロードはそちらに顔を向けて言葉を続けた。


「蜂起した当初から、色々と状況が変わったからな。それに、色々と人員が流入してるってこともある。川向こうから来てる人なんて、もともとのビラすら持ってないかもな。そこでもう一度、理念を共有すべきじゃないかと思うんだが」


 彼の言葉に、革命幹部たちと傭兵団は賛意を示した。

 民衆がこちらに集まることそれ自体が、勢力全体を大きく活気づけている。そうして皆がヤル気(・・・)になり、決戦をそう遠くない未来に控える今、革命の方向性を今一度指し示す意義は大きい。

 手綱を握り直すとも言えるこの行動について、協力者たちも、その妥当性を認めた。

 そこへクリストフが一言。


「よろしければ、次の文面づくりに、あなた方も参加しませんか?」


 この言葉はまるで期待などしていなかったのだろうか、歴戦の諜報員たちも目を丸くしている。

 彼らの反応に、革命幹部や傭兵たちは、困ったような微笑みを浮かべた。そんな中、クリストフは柔和な顔で言葉を続けていく。


「最終的に目指すものは同じと信じるからこそ、共にこうした場にいるのだと思いますが……いかがでしょうか?」


 彼の言に、協力者たちはいくらか戸惑いを示した後、いずれも神妙な表情になってうなずいた。



「つーわけで、また頼むわ」とクロードが軽く頭を下げ、リズは「仕方ないわね」と笑った。


 新規参加者が続々と参集する中、砦もだいぶ手狭になりつつあったが、革命幹部は先見性を持って、事前に大部屋をいくつかフリーの部屋として確保していた。

 そういった一室に、作業要員が大勢いる。これから新しいビラを作るのだ。

 ビラづくりと言えば、もはやリズの仕事という認識があり、作業要員たちからは熱い視線が注がれている。他にも色々ありすぎ、寄せられる信頼の眼差(まなざ)しに、彼女は困ったような微笑みで応えた。


 新しい文面づくりは、意外にも紛糾することなく、昼前に終わっている。

 材料となる紙の用意も、問題なく潤沢だ。勢力内に記者を迎え入れた際、記事制作のためにと納入しておいたのが幸いした。

 では、肝心のビラの内容だが……原稿にリズは目を落とした。

 彼女自身、参加した議論ではあるのだが、成果物を目にするとまた違った想いが沸き起こる。


 今回の文面は、革命についての志を共有するためというより、革命を束ねる立場にあるクリストフの所信表明に近いところがある。

 避けられない戦闘を前にして、色々と不都合な部分を明かさなければならないところも。


――蜂起当初のビラと比べれば、民衆には受け入れがたい部分が多いかもしれない。


 事の背景について、リズは一般的な参加者よりも理解がある。少なくとも、そういう自覚を持っている彼女としては、ビラの内容は妥当性を認められる。

 しかし、一般の参加者からすれば、どうだろう? 彼女がイメージする一般人像とは別に、現実の一般人には、またそれぞれの感じ方があることだろう。

 出来上がった最終原稿を手に、彼女は少し考え込んだ。そこへ……


「なあ」


「何?」


 声を掛けてきたのはクロード。彼は苦笑いで「不安か?」と続けた。


「……そうね。適切な文面だとは思うけど、受け取られ方までは自信が持てないもの。賭けと言えば賭けだわ」


「……だなぁ。結局はあいつ頼みになっちまうか」


 その「あいつ」が誰なのか、リズはすぐに理解した。このビラの内容を、大勢に対して口にする立場にある、あの彼だ。

 彼の心労を思い、彼女は余計に色々と悩まされる思いを抱いた。

 しかし、彼女は疑念を振り払い、「とりあえず、始めましょうか」と皆に言った。


 結局の所、この賭けを通さないことには、正規軍と相対することすらままならないだろう。

 ビラを受け取った参加者たちに、現実を受け入れてもらわなければ。

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