第93話 群衆集う中で②
勢力が拡大するのはいいが、まとまりを欠けば逆効果である。亀裂が入れば、本来まとまっていた部分にまで波及し、勢力がかえって弱まる結果に陥りかねない。
それに、いざ戦闘となった時、頭数が増えただけの烏合の衆であってはならない。集まった人員を、どれだけ効率的に戦力として運用するか。
正規軍との戦いが目前に迫りつつある中、拡大しつつある勢力を改めて結束させ、本当に戦える集団としなければ。
そのための算段をつける会議には、協力者となった他勢力の諜報員も参席している。
中でもとりわけ重要な立場にあるのは、領主直属の諜報員というアクセルであろう。会議が始まる前から、彼の方へと視線が注がれる。
ただ、彼の出番はまだ後だ。まずは、拡大しつつある勢力において、改めて方針を定める必要がある。
なぜなら、蜂起した当時と比較し、様々な条件が変わってきているからだ。
第一に、紛れ込んでいた諜報員は、協力的な者が会議に同席することになり、敵対勢力の手先は捕虜となっている。
それに、正規軍との衝突が、トーレットを発った当初よりも濃厚になっている。この点は、ハーディングから遣わされた協力的な諜報員たちも認めるところだ。
そして、魔神との交戦を通じ、この勢力の構成員自体が戦意を備えつつある。
穏当に済ませられるなら……という願望は継続してあるものの、それが叶わない今、より現実的なスタンスを、付き従う者たちに見せる必要がある。
会議はまず、外交的な面から始まった。諜報員を通じた関係諸国との協力を、一般の構成員や近隣に周知すべきかどうか。
これについては、早い段階で否定的な意見が大勢となった。事情を知らない者からすれば、諜報員の存在自体からして初耳であろう。
となると、いきなり伝えられても、心強さより戸惑いを覚えるのではないか。
そればかりか、他国からの協力という言葉に、かえって反感を招くかもしれない。これはあくまで、自分たちハーディングの民の問題だと。
そのため、諜報員等の存在や、彼らに係る諸国についての話は、会議室から出さないようにということでまとまった。つまりは、いつもどおりである。
会議はここからが本番だ。正規軍相手に、この革命勢力がいかに戦うか。
テーブル上に広げられた地図は、最終目的地サンレーヌ城の近辺のものだ。そのあたりは平野部が広がっており、戦術的に意味があるものと言えば、ちょっとした小川程度。よって……
「平地での会戦になると見て、準備が進んでいます」と、ハーディングからの諜報員が口にした。
その言は傭兵たちも認めるところだ。数と練度は正規軍の側に優位がある。人々の動きを考えれば、人数差だけは逆転する可能性が十分にあるが……
その可能性を考慮したとしても、決定的なものにはならないだろう。
であれば、正規軍としても、わざわざ策を弄してまで戦術的な小細工はするまいと。
「侮るわけではないが、当地の正規軍は新兵が多めだろう。あまり凝ったことができるとも思えん。一方で、新兵ばかりでなく、精兵もそれなりにいるはずだ。となると……」
「新兵で手堅く戦列を構築。精兵部隊は遊撃や要撃で機動的に……ってとこかね」
「ま、騎馬もいるだろうしな」
と、傭兵たちが口々に話し合い、議論を推し進めていく。
そこで、相手は精兵部隊を分けて運用するという前提の元、こちらもその部隊に応じる部隊を用意することとなった。傭兵団と、各勢力の諜報員を混ぜた部隊だ。
これまで一市民でしかなかった、一般的な構成員と比べると、遥かに練度が高い集団である。
ただ、ハーディング領正規軍の精兵がどれほどのものか、見当がつかないところは大きい。この領土どころか、国までもが、長らく戦火に見舞われていないということもある。
実際にどうなるか、やってみなければ、というところだ。
精兵同士のことはさておくとしても、厄介なのは、お互いの戦力の大部分を占める一般兵のことだ。
「主武装は?」というダミアンの問いに、アクセルはすぐに「杖です」と返した。
彼の発言に対しては、商売・物流に明るい革命幹部からも証言があった。曰く、「軍備拡張の中で、杖の商いが普段よりも多くあった」と。
これは、リズにとって合点がいく話であり、傭兵たちも驚きはしていない。
ただ、かなり苦々しく、険しい雰囲気が漂ってはいるが……
一口に杖といっても色々あるが、この場で口にされる杖は、魔道具としての杖である。
それも、ごく初歩的な、《魔法の矢》を撃つためのものだ。魔道具としては、取り立てて強力な品というわけではない。
ただ、普通に魔法を覚えるよりは、杖の方がずっと短期間の訓練で済む。覚えずに使えるという点では魔導書も同様だが、杖の方が狙いを定めやすい。
他の種々の要素も踏まえれば、駆け出しの新兵に持たせるのに、これ以上はないと言っていいほどの武器である。
革命勢力側の武具は、商売盛んなトーレットの後援のおかげで相応のものだが、杖のような飛び道具はほとんどない。事前に全て、軍に召し上げられた格好である。
そもそも、杖は軍からの依頼で調達していた品ということもある。
飛び道具としては弓矢があるが、これは経験者向けだ。商人上がりの民兵が、陣形を組んだ上ですぐに撃てるようにはならない。
そのため、革命勢力の主武装は長槍である。白兵戦におけるリーチはあるが、さすがに杖から放たれる《魔法の矢》には対抗できない。
「ま、馬相手にはちょうどいいかもな」
「ああ。悪いことばかりじゃない」
と、傭兵の側からは軽口が飛ぶが、それでも主たる戦力の武装に差があるのは否めないところだ。
正規軍の側も、同郷の領民を殺したくはないだろう。
そして、話題に上がっている杖は、そういうニーズに応えるものでもある。一撃で誰かを殺し切るほどの殺傷力はなく、単発では鎮圧用といったころだ。
仮にこれで死んだとしても、斬殺ほど惨たらしくはならない。
それに、軍勢規模での衝突となれば、誰が誰を撃ったかも定かではなくなる。大勢が大勢に向けて撃つその中で、もちろん誰かが当たり前のように死ぬだろうが……その直接的な責を、撃った者に問うことはできない。
持つ者に、一方的なリーチと、そこからくる安心感を提供。それでいて、ちょうどいい塩梅の威力が、明確な罪の意識から遠ざけてくれる……
杖はまさに、新兵向けの武器なのだ。
正規軍としては確実に勝たなければならない戦いであり、その上で、新兵が領民相手に向ける武器としては、これ以上ない条件が備わっている。
相手は遠慮なく、《魔法の矢》の雨を降らせてくることだろう。
対する革命勢力は、どのように応対すべきか?
「でかい盾を複数人で構える、あるいは《防盾》を使える者を、集団内に分散させる……ってところか?」
「盾は……厳しいかもしれんな。構えて受け続けるだけで、体力を削られる。経験がないんじゃ、入れ替えも難しいか」
「かといって、戦力の分散も難しいぞ。本来は精兵相手にぶつけたい人材だろ?」
「精兵が来るまでの間、酷使するってのも……なぁ」
「イヤか?」
「いや、俺はやるけどよ」
積極的に言葉を交わし合う傭兵たち。不利な状況を意識しつつも、心の余裕を失わないでいるようだが……
一方で、沈黙を避けるためにと、あえて軽い口調を選んでいるようにも。
そんな中、リズは何か秘策でもあればと考え込んだ。
(普通にやったら、まず負けるのよね……)
当然の話だが、官軍が市民の寄せ集めに負けるなど、あってはならない。革命の兆しを感じ取っていながら、ここまで事を運ばせたのは、彼ら官軍の落ち度かもしれないが……
しかし、本当の要点は、きっちり抑えられている。杖を軍資として押さえられているという事実が、戦場における覆し難い戦力差となって現れている。
――もしかすると、これは相手の思惑通りなのかもしれない。リズはそう考えた。
杖という品物の動きは、革命勢力も従前から把握していたことだろう。そういう動きや考えは、相当前からあったはずなのだから。
そして、杖は軍から依頼された品だという事実が、色々な面で相手にうまく働いている。いずれ対立するかもしれない商人たちの軽挙を牽制し、その上で、杖が軍に確保されているという事実を認識させる――
決戦が近づきつつある中、軍事の専門家も交えた上で杖の存在に思い至ったのなら、革命勢力としては色々と再考せねばならない。自分たちが勝つための解を、ここで見出すことができなければ……
正規軍側も、決して一枚岩ではないだろう。アクセルを始めとする、革命容認派の諜報員たちが、それを証言している。
ただ、杖の大量確保を提言あるいは指示した者がいるなら、相当の戦略家だろう。色々紛れ込んだと思われる中、その者は官軍の将官として、領内の安全に大きく貢献していたと言える。
なにせ、事が始まる前から、本当の急所を突かれた格好になるのだから。
(ハーディングも、振り回されっぱなしではないってわけね……)
こういった会議の流れまで、想定されていたという事実はないが、仮にこれを想定できていた者が敵側にいるとすれば、アッパレである。
とはいえ、あまり感嘆してばかりもいられない。リズとしては、ここが何度目かの正念場である。彼女は考え込み――
解に至った。
問題は、それが大声では決して言えない、本当にロクでもない解答だということだ。
テーブルに両肘を置いた彼女は、その両手に顔をうずめて、その解について考え込んだ。
が、考え込んで少し後、彼女は周囲がにわかに静かになったことに気がついた。
半ば感付くものがあり、少し恐る恐る確かめるように顔を上げると、やはり大勢が視線を寄せている。
最初に口を開いたのはクリストフだ。「大丈夫ですか?」と、本当に気遣わしい様子で。
リズとしては、「こちらのセリフ」と言いたいところではあった。革命主導者としては気が休まないだろうに。
しかし、それを口にするのもなんとなく憚られ、彼女はもう少し悩んで間を開け、口を開いた。
「策が、無いこともないのですが」
「アレか。問題ありすぎて、口には出しづらい的な」
よくわかってくれているクロードに、リズは力なく微笑んだ。
その時、リズに向けられる視線の色が様々に変わった。期待、興味、当惑。おおむね、怖いもの見たさ入り交じるような様子だが。
結局、リズは腹を括り、クリストフに申し出た。
「人払いをお願いできますか? 協力してくださる面々には申し訳ないのですが、まずは当初からの身内で、協議すべき案件かと思われますので……」
「なるほど」
言葉を選びながらの発言だったが、「当初からの身内」という表現について、横から口が挟まれることはなかった。
この申し出を、クリストフは承認した。追い出される他勢力の者たちも、訝る感じはあるが、不満はないようだ。そうするだけの正当な拒否権がないということもある。
アクセルを始めとする、領主・近臣直下の諜報員たちも、この人払いには応じ、会議室から退席していく。
追い出された者たちが別室待機となったところで、満を持してというべきか、リズの出番がやってきた。
あまり気が進まない彼女ではあるが、最後に少し逡巡して、口を開いた。
「今回の策ですが……端的に言えば、大体の国で重犯罪とされる行為です」




