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第91話 決着の後:革命勢力にて②

 この議場において、参加している諜報員たちの出自は様々だ。彼らは互いに、相手がどういった勢力からの客なのか、知る由もない。

 そんな中、ハーディング領の領主が直々に諜報員を送り、その者が名乗りまで上げている。

 さすがにこれは寝耳に水であろう。諜報員ばかりか、革命幹部から傭兵に至るまでの大勢が戸惑っている。


 ざわめきが止まない中、「にわかには信じがたい話だが」と割って入ったのは、いずこからやってきたと思われる諜報員だ。

 まだ身分を明かさない彼に対し、アクセルはさして感情の動きを見せることなく、口を開いた。


「信じていただくのは難しいでしょう。閣下は難しい立場に置かれており、自由に動かせる手勢も、現地では私一人ですから」


「君はそれを証明し得るのか?」


「疑われるお耳には、判断材料の一つとしか響かないでしょうが」


 そう言って彼は――彼の言が正しければ――主君であるところの、ハーディング領主が置かれた状況について、共通認識のおさらいも兼ねて話し始めた。


 まず、ルグラード王国は長く戦火に脅かされることなく、平和そのものであった。ここハーディング領も、昔から続く商業重視の姿勢を崩すことなく、平和を享受できていた。

 これには、ラヴェリアの外交方針が大きく関わっている。現国王バルメシュが即位して以降、大きな外征はなく、このルーグラン大陸ではかつてないほど平和な時代が続いていたのだ。


 雲行きが変わったのは、ラヴェリア現国王が政務の第一線を退き、後進に政治や軍事を委ね始めた頃からだ。

 この頃から、ラヴェリア軍部の動きが、少しずつ活発化していった。国境周囲に兵を集めて軍事演習を重ね、隣接する小国セントアム王国を挟んで、ハーディング領に無言の圧力をかけ始めたのだ。

 そこでハーディング領は、軍費を徴収し、戦力の増強に動き出したのだが……


「軍を急速に拡張させる中、人や金の動きは激しくなる一方。その激流の中、良からぬ考えを持つ者も混ざり始めました」


「……ええ、そうなるでしょうね」


 そういう流れが痛いほどよくわかっているクリストフは、ニコリともせずに応じた。

 この場のこの状況が、まさにそれである。

 彼にうなずき、アクセルは言葉を継いでいく。


「まず……閣下の周囲に、他国からの手先が紛れ込んでいる疑いが濃厚です。軍本部の試算では、軍資金の流れにも不明瞭な部分があり、身内ですら怪しい部分がある、と」


 その後、彼は「不思議と、この件について、軍本部で紛糾する流れはなかったようですが」と、付け足した。

 金や商売に長じる革命幹部からすれば、こうした話は大変に興味深いものだろう。


「横領した金で、要人たちを買収したのでは?」


「いや、それでは足がつくだろ。横領するなら、協力者は最低限に抑えるものでは?」


 と、アクセルの話も途中ながら、言葉が飛び交う。

 そこで彼は、申し訳無さそうに「続きを……」と断りを入れ、口を開いた。


「実態がどうあれ、軍政の上層において、腐敗が蔓延しているのは確実視されています。誰に二心があるかも不明という、大変に厄介な状況ですが……軍幹部の何名かが、すでに係争国に抱きこまれているものかと」


「……ラヴェリアに?」


「はい」


 短く答えた後、アクセルは懐から一通の書簡を取り出した。

 リズが見ても、その中に何か魔法が仕込まれている様子はない。罠ではないだろう。

 アクセルはそれを、付近の革命幹部に手渡し、言った。


「不正への関与が疑われる、重臣のリストです。武官文官問わず、数名が記載されています」


 手渡された幹部は、ややぎこちない手つきでそれを開け、何事もないことを確認してから紙を広げた。

 確かに、それには数人の人名が乗っているようだ。

 だが、これだけでは事の真偽を確かめようがない。領内の政治軍事について、革命を起こした側では、その実情がわからないからだ。


 そこでアクセルは、場の面々を見渡し、もう一通の書簡を取り出した。

 もしかすると、彼にとってはこちらこそが本命だったのかも知れない。「それは?」というクリストフの問いに、アクセルは落ち着いた口調で答えた。


「ハーディング領、領主及び近臣の配下である、諜報員の名簿です」


 室内がざわめき立ち、緊張が走る。

 実際、彼が差し出した書簡を(あらた)めると、そこには数人の人名が記されており――革命幹部が照会したところ、事前に把握できていた、それら人員の姓名と一致した。


 そんな彼らに、クリストフは柔らかな口調で呼んでいく。

 応じる声には、さすがに強い緊張のほどがうかがえる。色々と覚悟の上で臨席したのだろうが、無理もないことではある。


ただ、クリストフは穏やかに見えて用心深くもあった。彼らにアクセルのことを尋ねてみると……さほど間を置かず、答えが返ってくる。


「見たことも聞いたこともない人員だ」と。


 場の視線は再び、アクセルの方に注がれることとなった。

 だが、「話を聞くが?」というダミアンの問いに対し、彼の弁明は落ち着いたものだ。


「あくまで、私は身内にも伏せた上で運用される諜報員ですので。クリストフさんをはじめとして、幹部の方々には、私に対して思うところあるのではないかと……」


「ああ、なるほど……」


 前の呪い検査作業において、革命幹部及び傭兵団に、アクセルは魔法が効かない人間として知れている。

 傭兵団にこそ、そういった特性は印象強かったことだろう。

 その件についての明言を避ける彼の物言いは、この場に他勢力からの諜報員もいることを踏まえてのものと思われる。

 その意を汲んだか、利害を同じくする部分も大きいと判断したか、ダミアンはあっさりと「了解した」と応えて疑念の矛先を引っ込めた。


 領主側につく諜報員に知られていなかったということで、アクセルに怪しい部分はいくらかある。

 一方で、アクセルが明かした情報は、彼が相応の立場にあることを示唆している。リズの《家系樹(ペディツリー)》でもなければ、潜り込む同朋の素性にたどり着くのは、上との接点がなければ不可能であろう。

 それに、アクセルがこの革命に協力的な立場と考える理由が一つある。

「先の魔神との戦闘中、他の援護に先んじて、矢が二本放たれましたが」とリズは切り出し、尋ねた。


「あなたですね?」


 この問いに、やや間を開け、アクセルは「はい」とうなずいた。


 彼の援護が契機になり、皆が動き出したという側面は、おそらくあるだろう。

 ふとした流れで命を失っていたかもしれない、あの戦いの熾烈さを思えば、リズにとって命の恩人と言ってもいい。

 それでも残る、漠然とした謎のようなものはあるが、リズは恩人に対して素直な感謝を表明した。


「私一個人としても、大変助かりました。ありがとうございました」


 表情を柔らかくしての一礼。

 これに対し、アクセルはどことなく言葉に詰まった様子で、はにかんだ。


――仮に、この彼が放った矢がリズに向かっていれば、この会議はなかったことだろう。


 リズは、レリエルとアールスナージャ間で取り交わされた契約を知っている。リズが殺されれば、魔神はすぐに退散する、と。

 しかし、この場にいる面々は、彼女が情報をリークしたごく一部を除けば、詳細を知らないはずである。革命主導部とは別系統の命令で動いていたはずのアクセルは、なおさらだ。


 そして、契約を知らないはずの彼の視点で考えれば、リズが殺された後の展開は、契約を知る者とはまた別の流れになったことだろう。

 魔神を使役した者の立場を推測すれば、革命に対して敵対的と考えるのが自然。おそらく、リズという防波堤が損なわれたなら、あの魔神は砦を攻撃すると考えるのではないか。

 仮にそうなった場合、リズの後に死ぬのは、戦意と責任ある者に限られるだろう。

 他の、一般的な参加者については、騒ぎを聞きつけるなり潰走するのではないか。

 そうなれば、革命反対派としては万々歳である。厄介な連中だけが先に死に、逃げ帰った連中を不問とすれば、寛大さを示した上で領民を取り戻せる。

 以上をまとめれば、契約内容を知らないアクセルが革命に敵対的な立場であったなら、リズを撃たない理由は皆無――

 というのが、あの戦いの当事者である、リズの見解だ。


 アクセルが本当にどういう立場なのか不明瞭な部分はあるが、リズ以外の幹部たちも、アクセルのことは信用することに。


 問題は、領主とその周囲のごく限られた者が革命を容認しているとして、その意図が何であるかだが……



 長く続いた会議の末、様々な事項が決定された。窓の外では、いつのまにか日が傾きかけている。

 そこでアクセルは、上に報告したいと申し出た。

 おそらく、今までは勝手にやっていたことだろうが……関係悪化を招くのは互いに(はばか)られるものがあり、監視付きという条件の元、報告を許可することとした。

 そこで、アクセルに連れ立ってリズとクロード、それに傭兵が数名ついて報告を行うことに。


 砦の南門から外に出て、歩を進めていく一行。

 南門近辺には、砦に入りきらなかった追加の参加者たちのため、テントが大量に展開されている。

 そんな、人の群れをかき分け、視線を背に浴びながら一行は進む。


 やがて、開けたところに到着し、クロードが「ここでいいだろ」と言った。

 同行の傭兵が、周囲の警戒とアクセルの監視につく中、彼は腰の小物入れから小さな紙を取り出した。《遠話(リモスピ)》を刻み込んだ紙である。


 魔法陣は複雑な模様で、リズにはそれが、魔力線無しで(つな)げるためのものだとすぐに察しがついた。

 無線での接続は、使用時の露見リスクは抑えられるのと、超長距離でも対応できるというメリットがある。

 一方で、大きなデメリットも。記述難度は高く、魔法としての安定感に欠ける。会話中のタイムラグもあり、使用中の消費魔力も跳ね上がる。

 そのため、特段の事情がない限りは、普通は有線接続が選択される。こういった、遠隔地でコッソリ連絡を取り合う用途でもなければ、まず使われないオプションだ。


 《遠話》の紙に続き、アクセルは小さな小石を取り出した。青白い光を放つそれは、魔力を留め置ける素材であり、魔道具に広く用いられている。

 この二つの物品の組み合わせに、リズは合点がいった。監視中の傭兵も同様らしい。


「はぁ、なるほど。その小石を最初の合図に使って、ってことか」


「はい。僕は魔法を使えませんので……合図の後、通話先に魔力を受け持ってもらいます」


 そう言って彼が小石から魔力を供給し、《遠話》を起動させると、少し間を開けて「ジャンヌです。どうぞ」と声が返ってきた。

 間が開いたのは、無線で繋げているタイムラグのせいだろう。係は即応したはずであり、「なるほど」と思わせるものがある。


 返答の後、アクセルは小石を離したが、《遠話》は変わらず継続中である。

 それだけ確認した彼は、周囲の注意深い目に囲まれる中、今日の会議での決定事項について話していった。


 まず、革命勢力に紛れ込んでいた諜報員の内、様子見に徹していた勢力の者について。諜報員を仲立ちとした本国(・・)との交渉の結果、革命に協力することとなった。

 これは、魔神に対する勝利と、領主直々の承認があることが大きかったのだろう。


 協力するといっても、実際に何をするかと言えば、現地諜報員には邪魔をさせず、正規軍との戦闘の際には革命側として正式に加勢させるという口約束があっただけだが。

 おそらくは先方も、この先に本格的な武力衝突があるということは見込んでいるのだろう。

 協力と言えば聞こえはいいが、実質的には、様子見だった勢力が現場を切り離したようにも映る。避けられないであろう戦いに現地要員を遣わせ、まかり間違って勝ってしまった場合のために恩を売ろう、と


 一方、革命に非協力的な勢力の諜報員については、全て地下牢に入れて監視をつけることとなった。

「……処刑するというわけでは、ないのですね?」と、淡々とした声が紙から響く。

 その声に、アクセルはクロードに顔を向けたが、クロードはただ黙ってうなずき、話の先を促した。


「無力化した捕虜を、あえて殺すこともないという判断です。抱えていたリスクこそありましたが、実害を負ったわけでもなく、見せしめが必要な局面でもないということで」


「……なるほど」


「ただ、一度協力を表明したのなら、裏切りは決して許さないとも」


 それは、クリストフが宣言したことだ。

 ここまで、穏当な処置で済ませることが多かった彼だが、言を撤回したことはない。物事の道理や勘所を押さえている、聡明さも感じさせる。

 革命を成すだけでは意味がないとし、その後のことも考える彼は、暴力の蔓延を決して好まない。

 それでも……裏切りには、厳正な態度で臨むだろう。

 リズの懸念は、彼を甘く見た者が軽挙に走り、避けられたはずの苦渋を彼に味合わせるのではないかということだ。

 そうならないように目を光らせ、祈るばかりであるが。



 同日、日没後。ラヴェリア外務省にて。

 執務机で報告を聞いていたアスタレーナは、疲れの残る顔ではあるが、安堵の様子を見せた。


「うまく受け入れられたようね」


「現時点では、そのように思われます」


「現場は大丈夫でしょう。問題があるとすれば、上の方だわ」


 彼女が言う通り、革命勢力本隊は土台が固まりつつある。

 一方で、それを迎え撃つ側のハーディング領首脳陣は、実のところ、だいぶ不安定な状況にある。

 それもそのはずであろう。ある意味では、領主当人が“裏切り者”とも取れる状態にあるのだから。

 とはいえ、彼をそうなる状態にまで追い込んだ者こそ、当地にとって最大の裏切り者ということになるだろうが。


 紆余曲折はあったものの、外務省によるここまでの工作は、功を奏している。

 しかし、一番の懸念事が残っている。これまでの様々な事象も、結局は大事の前の下積みであり、残る大一番を乗り切ってこその革命なのだ。

 執務机に広がる、サンレーヌ城近辺の地図を目に、アスタレーナは渋い顔で考え込んだ。


 ハーディング領主当人を始め、近隣諸勢力との繋がりも得た今、ラヴェリア外務省としては、この革命が成就することを切望するばかりだ。

 でなければ、ラヴェリアが関わる多くの国に、(くすぶ)る火種を植え付ける未来となりかねない。


――父王の時代は長く平和に恵まれ、それが終わるなり、今度は戦乱に(まみ)れた時代が幕を開ける――


 暗い未来の予感に軽く身震いし、ふと窓の外を見たアスタレーナは、夜空に星の輝きがないことに気づいた。


「今日、くもりだったのね」


 不意に言葉が(こぼ)れ出る彼女に、側近はなんとも言えない苦笑いを浮かべ、口を開いた。


「殿下。気晴らしに、少しは外でも出られるのがよろしいかと……」


「そうね……」


 沈みがちになるアンニュイな自分を意識しながら、彼女は気のない返事を口にした。

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