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第84話 VS破軍の魔将アールスナージャ④

 時は少し遡る。

 魔神アールスナージャの急襲を受け、リズが立ち向かうその背後で、傭兵たちはやるべきことをこなしていた。

 城壁の上には最低限の見張りを配し、砦の中では、まだ事を荒立てないように気遣いつつ、情報伝達に走る。

 この件に関し、まともな指揮系統が確立・機能する前に事が知れ渡れば、勢力全体が自壊しかねない。


 危機感を胸に秘密を抱えて走る伝令は、魔神の顕現からさほど間をおかず、中枢の会議室へと到着した。

 幸いなことに、今朝は早くからリズが諜報員容疑者と交渉に出るということで、会議室には主だった面々が揃っている。革命幹部から、傭兵団に至るまで。

 そんな中、感情を抑え込んだような真顔で、ただならぬ雰囲気を醸す傭兵が飛び込んできたのだから、室内に緊張が走った。

「何かあったのか?」と尋ねたのは、傭兵団の長、ダミアン。落ち着きを保つ彼の問いに、伝令は荒い息を整えるのも惜しそうに即答した。


「あまり、声を上げずに聞いてくれ、魔神らしき何かが出現した」


 前もって釘を刺したおかげか、寝耳に水の報を受けても、場が騒然とはならなかった。

 とはいえ、それぞれの表情に、信じられないという思いがありありと浮かび上がっているが。

 さすがのダミアンも、この報には驚いた様子だが、それでも冷静さを失わずに問いを重ねていく。


「敵なんだな? 狙いは何だ?」


「強い奴と戦いたいだけ、みたいなことを、見張りが聞いたそうだ。今は、リーザが応戦する考えだが……」


「やりあえるのか?」


「最初の奇襲は、どうにか切り抜けた。ただ、この後どうなるか、なんとも……」


 伝令が言葉を切ると、彼の息遣いだけが、重苦しい雰囲気の会議室に響く。

 ただ、不確定要素が多い状況にあって、傭兵たちの動きは速い。


「まず確認からだ。魔神や、魔法契約について知識がある者、何人か一緒について来てくれ」


 ダミアンが指示を出す一方、傭兵団の中でも魔法に慣れ親しんでいる者が、すかさず通信手段の用意に着手。適当な紙を取り出し、《遠話(リモスピ)》を刻み込んで、会議室用の端末とした。

 彼女はそれを革命幹部側に回し、席を立った。


「通信係に私も出ます! これで連絡を取り合いましょう!」


「ありがとうございます」


 最終的に、緊張した面持ちのクリストフが紙を受け取り……彼はそれを、別の幹部に手渡した。


「僕も、偵察に行きます」


「いや、しかし……」


 仲間から、即座に戸惑いの声が上がる。だが、クリストフは意志を曲げない。


「現場を見て、下さなければならない判断もある。きっと、今がそうだ。僕がやらなければならないことなんだ」


「……了解した。一緒に行こうか、リーダー」


 彼の言葉をダミアンは認めた。

 主導者を現場に近づかせることについて、リスクはもちろんある。

 しかし、主導者を安全圏に留めることで、失われるものもあるだろう。

 彼らの意を汲んだのか、クロードは現場へ行こうとする面々をまっすぐ見据え、声をかけた。


「こっちの指揮は任せろ」


「ああ、頼んだ。今はまだ、情報が知られないようにしてくれ」


「了解」


 クロードを筆頭に、残る面々もうなずき、後事についての了解を示した。


 会議室を飛び出し、砦の中を駆けていくダミアンとクリストフたち。


 やがて、彼らは城壁の上にたどり着いた。

 門から少し離れたところで、リズと魔神が衝撃波を飛ばし合って切り結んでいる。

 二騎がその身を置く戦闘の苛烈さは、地面がまざまざと教えてくれた。攻撃の余波で地が刻まれ、草地の下がめくれ上がるほどになっている。

 浮き上がった草と土は、瞬く間に繰り出される衝撃波の連続で、舞い上がったまま切り刻まれていく。

 叩きつけられる魔力と魔力の衝突に、二騎の周囲の大気が震えて見える。距離を隔ててなお、城壁の上にまでかすかな振動が伝わってくるほどだ。

 想像を絶する戦いの有様に、一行は身震いした。


 少しだけ間を開け、最初に口を開いたのはダミアンだ。「加勢するか?」と問うも、その表情にはどこか、戦う当事者への畏敬の念のようなものが浮かんでいる。


「ちょっと待ってくれ」


 答えたのは、魔神や魔法契約に関する知識豊富な有識者だ。年のほどは30前後。傭兵団でも若い部類に入るが、諸国を巡ってそれなりの経験を積んできたという。

 魔神相手に集団で交戦したことも何度かあるという彼だが、これほどの相手は初めてなのだろう。信じがたいものを見ているといった風の顔だった彼は、ダミアンの問いを受けて苦々しい表情になり、言った。


「あれほどの相手に有効な加勢となると、相応の量か質が必要だ。ただ……奴がリーザ以外に興味を示していない様子なのが気にかかる。こちらから仕掛ければ、反撃は来る可能性は高いと思うが」


「その可能性を考えると、数で押すのは厳しいか?」


「反撃一つで、大勢が犬死にしかねない。城壁を崩されるだけでも危険だ」


 その後、有識者は口を閉ざした。周囲からの視線を受けながら、彼は考えを巡らせていく。


「野良の魔神か、契約下にある魔神かは断言できないが、たぶん後者ではないかと思う」


「根拠は?」


「魔神もピンキリだが、使役するなら足を縛れってのが鉄則だ。術者の代償も、比較的軽く済むからな」


 彼はそう答え、戦場を指さした。

 リズが細かくフットワークを用いる一方、魔神はその場から足を動かそうとしない。

 これを見たダミアンは、仲間の見識に感心する様子を見せつつも、「ブラフという線は? あるいは、遊びでは?」と(いぶか)った。


「いや……魔神ってのは行動の束縛を嫌うんだ。自らを偽ってまで、そういう駆け引きに持ち込もうってのは、見たことも聞いたことがない」


「……リーザ以外が狙われていないのは、何らかの契約か?」


 ダミアンの問いに、有識者はわずかに間を開け、「可能性はある」と返した。


「いずれにせよ、半端な戦力の加勢では返り討ちだ。《空中歩行(エアウォーク)》できる奴を何人も用意して、散開して的を散らし、それでどうにか……ってとこか」


「わかりました」


 言葉を返したクリストフは、すでに(つな)ぎっぱなしになっている《遠話》に、明確な指示を飛ばした。


「《空中歩行》を使える人員を、城壁の方へ」


「了解」


 すぐに帰ってきたクロードの声。程なくして増援の準備が整うだろう。

 しかし……眼下で繰り広げられている人外の戦いを目に、クリストフは深刻な表情になっていく。

 やがて、彼は周囲を見回し、尋ねた。


「この中に、《空中歩行》を使える方は?」


 すると、すぐに何本か手が上がった。

 つまるところ、後で加勢に回れそうな連中だ。クリストフの問いを、後の戦いのための確認と取ったのか、彼らは一層緊張した面持ちで固まっている。

 だが、クリストフの真意はそこにはなかった。


「一人、僕と一緒に着いてきてください。後、僕に《空中歩行》をかけていただければ」


「どこか行くのか?」


 戦場を注視したままダミアンが問うと、クリストフはすぐに答えた。


「地下牢へ」


「……なるほど」


 真っ先に、彼の意図に気づいたと思われるのはダミアン。他の傭兵たちも、クリストフの言葉に驚いたものの、少ししてから合点がいった顔に。

 彼ら傭兵たちに城壁の上を任せ、クリストフと護衛は動き出した。城壁を飛び降り、人目も(はばか)らず駆け抜け、砦の地下牢へ。


 当然、地下牢には砦の外の現状は伝わっていない。捕虜がいるものの、いつもどおりの朝方といったところだ。

 そうした静けさを破るように、革命主導者が深刻な雰囲気をまとって駆け込んできたことに、牢番たちは困惑を示した。

 だが、それも序の口である。彼らの心をさらに騒がせる言葉が、クリストフの口から放たれた。


「これから二人、外へ出します」


「えっ?」


 一人の牢番が聞き返した。

 しかし、普段は物腰柔らかなクリストフが、今は有無を言わせない決然とした態度でいる。

 牢番たちはすぐに、これがのっぴきならない火急の件だと判断したようだ。拭いきれない戸惑いの色を残しつつも、彼らは真剣な表情で主導者にうなずいた。


 用がある捕虜二人と言うのは、クリストフにとっても因縁浅からぬ相手である。

 すなわち、砦の確保にあたって、彼を捉えようと動いた工作員だ。

 工作員たちが彼を取り囲んだ際、部下に指示を出していた司令塔が一人、現地において指示を受け、司令塔に視覚を送っていた者が一人いる。

 クリストフは、この二人を牢から出すよう依頼した。


 警戒を絶やすことなく、それでいて迅速に動く牢番たち。粛々と命令をこなす彼らの顔に、困惑が(にじ)む。

 事態が読めないのは、牢から出された捕虜も同様だ。解放されると安易に考えるはずもなく、むしろ悪い予感でも覚えたのか、牢の中にいる時よりも表情が険しい。

 そんな捕虜二人と牢番を見回し、クリストフは尋ねた。


「見たものを伝達できる魔法を使えますよね?」


「はい」


 すでに知れていることへの確認だからだろうか、問いかけには従順だ。

 そこでクリストフは、牢番に次なる依頼をした。


「《封魔(マギシール)》を解いてもらえませんか?」


 この指示に、担当らしき牢番は、余計な口を挟まなかった。外で、何か言えない事態が進行している、その察しが付いているのだろう。

 別の牢番は、何か言いたそうにしながらもそれを呑み込み、やがて口を開いた。


「外に出すのであれば、相応の護衛を付けます」


「はい、お願いします」


 その後、クリストフの指示通り、捕虜二人は魔力の自由を得た。

 さっそく、二人に視覚共有の魔法を使わせる。目の役割を果たす捕虜の視界が、司令塔の捕虜操る《離望鏡(テレグラス)》へと伝送され、暗い牢内の光景が魔力の水鏡に浮かび上がる。

 魔法の効果を確認すると、クリストフは牢番に指示を出した。


「《遠話》の準備を」


「はい」


 取り出した紙に《遠話》を刻み込み、牢番からクリストフの手へ。

 それだけ準備を終えると、クリストフは視界役の捕虜と護衛を引き連れ、地下牢を後にした。階段を駆け上がり、城壁の方へと全速力で走っていく。

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