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第83話 VS破軍の魔将アールスナージャ③

 魔神は、この世には常在しない存在だ。彼らに言わせれば、魔力からなる非物質世界に存在し、時折この世に顕現するという。

 そんな彼らは、基本的には自身の意志によって現世へと顕現するのだが、例外もある。


 高位魔導師による召喚と、契約だ。

 術者からの魔力を顕現のための血肉とし、互いに結んだ約定に基づいて顕界へと降り立つ。

 顕現するたびに多大な魔力を浪費する魔神にとって、高位魔導師が提供する魔力は、大変魅力的な旅銀なのだ。


 リズは、戦闘中のアールスナージャが、そういった契約下で動いているのではないかと考えている。

 そう考えるだけの要因は、いくつかある。

 まず、この状況に対する介入が、リズ一人を狙ったもののように思われること。

 実際、アールスナージャ側も、彼女を標的としていることを(ほの)めかしている。


 次に、関与していそうな者として第五王女レリエルの名を出した際の、魔神の反応。リズが口にした妹の名に対し、魔神は少し間を開け、大笑いした。

 こうした反応は、リズと異母兄弟たちの関係を知っているからこそではないか?

 そしてもう一つ、契約の存在を匂わせる要因があった。


 戦闘が始まって以来、魔神はその場を動こうとしないのだ。その場に留まり、ただ四つの腕から衝撃波を繰り出し続けている。

 これは、契約の存在を考慮しなければ、奇妙なことだ。一気に間合いを詰め、接近戦に持ち込めば、リズはひとたまりもないだろう。

 そういう結末を避け、今は遊んでいる――というわけでもないと、リズは考えた。

 本格的な戦闘の前には値踏みするような動きがあったが、今はそういう遊びがない。気を抜けば一方的に殺される状況が続いている。


 ただ、その場を動けない理由があると考えれば、腑に落ちる。

 契約によって召喚した魔神に対し、移動に制限を設けることは常道だ。自由に動きたがる魔神に対し、細々とした細則で動きを縛るよりは、ざっくりと活動範囲を制限するのが効率的だからだ。

 そうした、召喚・契約について、リズはある程度の事前知識があった。レリエルとの、魔神や精霊を介した戦闘を予期し、知識を蓄えていたのだ。


 しかし、そういった見立てがあるとはいえ、任意で移動できないという状況を利用してやろうという考えは、今のリズにはない。

 なぜなら、本当にレリエルの契約下で魔神が動いているとしても、リズが魔神との契約における定石を知っていることを、レリエルの側も察している可能性が濃厚だからだ。

 となると、魔神が移動しないでいる事自体、一種のブラフになっている可能性はある。リズが場を離れる、回り込もうとする……そうした動きが、何かしら状況を悪化させるトリガーになるかもしれないのだ。

 それに、乱れ飛ぶ衝撃波をいなし続けるリズの背後には、落とさせてはならない砦がある。魔神は、リズとの戦いを所望しているようだが、契約内容次第では、砦が標的に切り替わる可能性も無視できない。

 結局の所、魔神がその場を離れようとはしないように、リズもその場を離れられない。


――今のところは、だが。


 いつまで持たせられるか定かではないが、体力や魔力、精神力を先に削り殺されるのはリズの側だろう。

 そういう自覚が、彼女にはあった。

 この、耐えしのぎ続けるだけのジリ貧を脱するための一手に、彼女は賭けた。


 飛び交う衝撃波の波の合間に、彼女は見上げた魔力線へと、とっておきの魔法を行使した。《解読(デクリプト)》で、いかなる契約が取り交わされているか、それを判明させる。

 一瞬で出来上がった魔法陣が、魔力線に丸まって取り付き、リズへと情報を送り込む。すると――


(やっぱりね!)


 彼女の脳裏に、複雑極まる魔法陣の記述と、それに供された契約書の文章が浮かび上がる。

 魔神の自由意志による顕現では、《解読》はこのような反応をしない。彼女の見立ては当を得たものであった。


 しかし――《雷精環(サーキット)》の力で、戦闘しつつ読み進めることはできる。

 それでも、契約内容の把握には多少の時間がかかるだろう。

 そして、高空に浮かぶ黒点と魔神を(つな)ぐ魔力線に、今はリズをも繋ぐ側枝が繋がれている。

 魔神もレリエルも、これを察することだろう。

 リズとしては、今まさに読み取っていることを、悟られたくない。読むための仕掛けではなく、別の何かだと誤認させたい。

 そのために、彼女は少し状況を動かそうと考えた。押し込まれっぱなしの戦況を脱し、口を利くための自然な機会を作るのだ。


 そこで、彼女は迫りくる衝撃波をかいくぐりつつ、布石を発動させた。

 すると、城壁の上からいくつもの《追操撃(トレイサー)》が、二人の戦場へと降り注いでくる。


「フハハ! なるほど、なんとも器用ではないか!」


 この仕掛けを、百戦錬磨の魔神は瞬時に見抜き、引きつけてからの一閃で誘導弾をまとめて薙ぎ払った。

 城壁の上には最低限の見張りしかない。両サイドに配されたその見張りたちの真ん中から、今の誘導弾が放たれた。

 弾を放ったのは、リズの魔導書だ。《汚染者》を取りに行くまでの間、その後の問答で時間を稼ぎ、彼女は自室から《念動(テレキネ)》で魔導書を配置させていたのだ。

 彼女はこの伏兵を、城壁の上から飛び立たせた。見抜かれている以上、隠しておく理由はない。それに、城壁を巻き込むわけにはいかなかった。


 さすがに魔神の反応は早い。新手を生かし続けることでの、不安要素を嫌ったのだろう。腕一本はリズへの牽制に残しつつ、魔導書に向けて三本の腕で、衝撃波を繰り出した。

 そのスピードの前に、魔導書にはまともな逃げ場がない。遠隔で魔力を注ぎ込んでも、防御としてはたかが知れている。

 見切りをつけたリズは、魔導書に最後のひと働きをさせることにした。広げたページから散華のように誘導弾を開放させる。

 それから間をおかず、三本の衝撃波が魔導書を木っ端微塵にした。一方、衝撃波の間を抜けるように、いくつもの誘導弾が散開し、魔神の元へと飛来する。


 そして、地にはリズ本人がいる。彼女に対して残された一本腕に向け、手にした魔剣から三本の斬撃を飛ばした。

 これに対し、腕を振り抜いて衝撃波を飛ばし、相殺にかかる魔神。

 魔導書を確実に仕留めるためか、三本の腕の攻撃には、相応の力を注いでいたようだ。構えの戻りが遅く、次への行動には、若干の猶予がある。


 リズは、この間隙を突いた。振り抜いた魔剣の構えを戻しつつ、流れるように魔法を記述していく。

 渾身の力で書かれたのは、いくつもの《火球(ファイアボール)》。連弾が彼女の手を離れて魔神へと向かう。


 空から迫る誘導弾の雨、地からは《火球》の群れ。

 まず、腕三本は間に合わない。着弾は誘導弾の方が早いが、そちらに対処してからでは、《火球》へは対応しきれない。

 考えての行動かどうか、実際にはわからないが、魔神は合理的な行動に出た。当たれば威力が高いが、まとめて薙ぎ払える《火球》群の対処に、魔神は剣閃を放った。

 この一振りで一掃された火の玉が、その場で爆ぜて飛散し、赤い爆炎が宙を焦がす。

 その奥で誘導弾の雨が魔神に降り注ぎ、金属に激しく叩きつけるような打撃音が轟いた。


 これが相手にとっての痛手になるという考えは、リズにはなかった。そのような、甘い相手ではない。

 ただ、有効打として認められるのではないか、そういう思いはあった。

 そして、戦いそのものばかりでなく、それに付随するやり取りも好むように見える、あの魔神なら――


「フッハハハァ!」


 飛び散る爆炎が、いかにも楽しそうな笑い声とともに晴れ上がっていく。爆炎を消し飛ばすためだけに、衝撃波が放たれたようだ。

 再び両者の視界が通るようになり、リズは内心でゲンナリした。


 叩き込んだはずの誘導弾の連撃は、やはり大したダメージにもなっていない。戦闘開始当初と、全く変わりないように見える。

 あまり期待していなかったのは事実だが、少しぐらいは……という思いが、ないわけではなかった。

 依然として健在の魔神は、彼女の心境を逆撫でするように、朗らかな声で語りかけてくる。


「これほどの使い手との戦いなど、絶えて久しいことだ! 実に素晴らしいぞ!」


「ああ、そう……」


 史学級の存在である大魔神に、こうまで言われるというのは、相当の名誉に違いなかろうが……

 今のリズに、戦いそのものを楽しむ余裕など、ありはしない。彼女には、相手のテンションが疎ましくさえあった。

 ただ、戦いの潮目に会話してくれたのは、実に好都合であった。話に乗りつつ、契約文を読み、今後の算段をつける余裕を得られる。そして……


「ところで、エリザベータよ」


「どこで私の名を?」


 妙に気さくな態度で尋ねてくる魔神に、リズはピシャリと応じた。

 相手が失言と思ってくれれば……と考えての追及だったが、魔神は考えなしの戦闘狂ではなかった。


「その魔剣が口走ったではないか」


「ああ、そう言えばそうだったわ」


 抜け目なくも、そういうところは押さえているようだ。彼女の名を最初から知っていても、油断してスルーしてしまうような粗忽さはない。

 その後、魔神は本題に戻った。腕一本を動かし、剣の切っ先を、リズが仕込んだ魔力線へと向けた。


「これは何だ?」


「さあね……それが繋がってる本筋の方が、私には気にかかるところだけど」


 少し、心臓が高鳴る感じを覚えつつ、リズは言葉を返していく。


「それを断ち切ったら、どうなるの?」


 彼女の問いに、魔神は笑った。


「知りたければ試してみるがよかろう!」


「ああ、そう……気が向いたらね」


 そう答えたリズだが、魔神と宙の黒点を繋ぐ線を、断ち切ろうという考えはない。

 そもそも、魔力線に介入し、それを切断するための魔法を、彼女は知らない。世の中に存在するかどうかも不明だ。


 ただ、彼女は今の会話を、レリエルにも聞いてもらいたかった。

 もしかすると、リズはそういう切断法を修めているかもしれない、これが脅しや駆け引きなのかもしれない――そう誤認してもらえれば、それで良かった。

 そういう可能性をチラつかされた中で、魔法による情報窃視という真実にたどり着くのは、おそらく至難であろう。

 相手方からすれば、見えている魔力線それ自体が、単なるブラフという可能性も捨てきれないはずだ。


 魔神を仲立ちに、真の対戦相手である第五王女と向き合うリズ。読み進めている契約文書前文で、すでにその事実を把握できている。

 彼女は今、妹との情報戦で優位を(つか)みつつある。妹と魔神の間にある真相にたどり着き、一方的に情報を抜けている。

 仮に、レリエル側がリズの企てに気づいたとしても、情報戦としては五分に持ち直せるというだけのことだ。


 とはいえ、リズにとっては、契約内容を把握したことで、ようやくスタート地点に立てたというところだ。そういう実感が、彼女にはある。

 そして、いつまでも歓談に興じてくれる魔神ではない。小休止での会話を、気ままな魔神は「そろそろいいか」と切り上げてくる。


「そうね。お帰りはあちらよ」


 言葉を返し、リズは魔剣の切っ先を宙の一点に向けた。魔神が顕現した、黒い穴だ。

 この返しに、魔神は高らかに笑って応じる。


「まさか、この程度で帰るわけにもいくまい! まだ始まったばかりではないか!」


「……それもそうね」


 実際、ここからようやく、本当の勝負といったところだ。契約内容を把握し、どうにか利用し、優位を得る。そうして魔神を撃退し――


 革命を完遂させる。


 険しい前途を思い描きながら、リズは再び剣を構えた。

 これを合図と取ったかのように、魔神が動き出す。流れるような所作で腕が動き、衝撃波の連撃が襲いかかってくる。


 いつまでも続けられる戦いではない。重傷を防ぐための備えはあるが、体力の限界はある。その最後を迎える前に、行動に出なければならない。

 そこで彼女は、新たな一手に打って出た。

 彼女は今、一人で強大な魔神と相対している。

 だが、本当に一人というわけではない。どう動いてくれるか、不明な部分は多いが……


 彼女は、自分を信じてくれる者たちのことを、信じることにした。

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