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第82話 VS破軍の魔将アールスナージャ②

 眼前の大敵、アールスナージャに対し、打ち合えそうな武器自体はある。

 しかし、それを手にすることについて、リズの心境は複雑であった。

 何も、それが忌まわしい魔剣だからというわけではない。魔神の出現に第五王女レリエルの関与が疑われる中、あの魔剣を虚空から取り出してみせる――

 背に腹は代えられないとはいえ、視覚共有の可能性を捨てきれない中で、安易に禁呪を用いて良いものか。

 そこで彼女は、魔神に提案した。


「中に行って、武器を取って来るわ。門からは、そうは離れないと思う。気配ぐらいはわかるでしょう?」


「……では、ここで待とう。武器を手にしたなら、すぐに来るのだぞ」


「そのつもりよ」


 それだけ約束し、リズは砦の方へと初めて振り返った。

 胸の内では、心臓がはちきれんほどに躍動している。

 魔神は約束を守る、嘘はつかない――そういう事前知識があってもなお、裏切られたらという念が、寒気となってまとわりついていた。


 相手方による初手の奇襲、リズが見逃した一筋の剣閃もまた、背筋を凍らせるようなものを城壁に残している。石壁にくっきりと、黒い筋が。

 幸いにして、一刀で崩落を誘発するようなものではなかったが……あの魔神を自由にさせたなら、剣一本で砦を瓦礫の山にすることなど、訳もない事だろう。


 身震いしそうになる反応を抑え込み、リズは門へと向かった。

 城壁の上には今もなお、果敢な見張りが残っている。持ち場を離れるわけにはいかないのだろう。仮に城壁が崩される事態となった場合、彼らの初動が集団全体の命運を左右しかねない。

 見張りの一部が使命感を見せる一方、今回の主題であった交渉の立ち会い兼護衛に来ていた傭兵たちは、影も形もない。

 ただ、リズとしてはちょうどよかった。あの場に留まられるよりは、逃げて無事でいてくれる方がずっといい。


 門を抜けて砦の中へ戻ると、全体にはまだ事態が伝わっていないようだ。朝早い時間帯ということもあってか、外とはアンバランスなほどに静まり返っている。

 そんな中、傭兵たちは心配そうにしていた。それと、交渉相手の三人も。

 交渉内容自体、彼らにとっては寝耳に水だっただろうが、輪をかけて理解不能な事態がやってきたわけだ。諜報員と目される彼らも、狼狽(ろうばい)を隠しきれないでいる。


 積もる話はある。ただ、あまり時間がない。まさか、魔神に約束を守らせておいて、リズがそれを破るわけにはいかない。

 彼女は傭兵たちに向かって短く指示を飛ばした。


「アレは、私が抑え込むわ。この三人からは目を離さないで」


「りょ、了解……一応、外に魔神っぽいのが出たってことだけは、中枢メンバーに伝えに走らせてるところだ」


「さすがね」


 動き出しが早いのは何よりだ。ただ、敵の到来を知ったところで、有効な手立てを打てるかどうか……

 つい考え込みそうになるリズだが、まずは武器の用意だ。思考を振り払い、彼女はまず、門のすぐ横にある小部屋へと向かった。


 運良く、部屋の中には誰もいない。石造りの薄暗い部屋に入り込み、戸を締めて一人になった彼女は、さっそく武器を取り出すことにした。

 《超蔵(エクストレージ)》により、虚空へと収納されているその魔剣を(つか)み、彼女は現実へと引き寄せていく。

 姿を表した魔剣、《インフェクター(汚染者)》は、リズが以前に施した不格好な封印が施されたままだ。

 これを彼女は、力ずくで解いていく。


 この《汚染者》を砦の中で好きにさせたなら、それはそれで大惨事だろう。しかし、他に使えそうな武器はない。

 歯痒い思いを覚える彼女の手の内で、魔剣はその刀身を顕わにした。

 ただ、あの耳障りな声が語りかけてくることはない。剣に残る魔力の感じから、まだ生きてそうではあるのだが。

 この一振りに頼るのも危険だろう。目を閉じ、魔力の感覚を押し広げ、別の手立てを講じていくリズ。

 すると、魔剣は金属を擦り合わせる、何とも不愉快な音で話しかけてきた。


『何の用だ、小娘』


 リズが仕込んでやった()からは、どうにか回復したらしい。今はまともに話せている。あの笑いを誘うような哀れな声で、話しかけられでもしたら――

 それはそれで、あの魔神も大いに笑うだろうか。

 ともあれ、前に戦った時のように偉そうな口ぶりの魔剣に、リズはやや低姿勢で言った。


「少し、力を貸してほしくてね。頼めるかしら」


『クッ……ククク、ハハハ。貴様に手を貸す道理など、あるものか。大方、手に余る敵に出くわし、我が力に(すが)ろうというのだろう? ならば、討滅される貴様を(じか)に見物し、新たな使い手に力を貸してやるのが一興というものよ』


……今回は、敵ばかりでなく、手にした武器からも笑われている。

 無性に腹が立ったリズは、その凶悪な筆圧(・・)で以って魔力を刀身に刻み込み、魔剣に激痛を与えた。揺れる金属音のような悲鳴が上がる。

 やがて、魔剣はおとなしくなり、うんともすんとも言わなくなった。互いの格の違いを、思い出させられたのだろう。


 抜身の魔剣を片手に、リズは部屋を出た。

 すると、部屋の外には傭兵が一人、実に心配そうな顔で立っているではないか。


「何か、変な音というか、声が聞こえてきたんだが……」


「ああ、ちょっと……」


 しかし、色々と頭がいっぱいのリズには、ちょうどいい言い訳が思い浮かばない。彼女はただ、「ゴメン、気にしないで」としか言えなかった。

 彼女のこういう態度は珍しく、傭兵はそれ以上の追及をしなかった。気遣いもあったのだろう。


 とりあえず、あまり事を騒がせずに、武器を手にすることはできた。門を開けてもらった彼女は、再び戦場へと向かっていく。

 魔神は、やはり動かずに待っていた。より良い戦いを……という性向を思えば、武器の調達ぐらいは、むしろ歓迎すべき事項といったところか。

 実際、アールスナージャは、黒い無貌の顔から、「嬉々とした」としか表現できない響きの声で話しかけてきた。


「それがそなたの武器か! 銘は何というのだ?」


『……お喋りな敵だな。あれが貴様の敵か?』


「ほう! まさか、意志ある宝物(インテリジェント)とは! そなた、名は何という?」


 予想以上に興味を示してくる魔神。

 しかし、お喋りな魔剣が口を割る前に、リズは刀身に魔力を刻み込んで黙らせにかかった。


『き、貴様(きしゃま)ぁ……』


「黙ってなさい」


(しゃき)に言えば良かろうが……!』


「黙ってて、嘲笑(わら)われたいの?」


 今もなお気位を保とうという健気さがあるのか、魔剣はなけなしの尊厳を守ろうと口をつぐんだ。

 その口に代わって、リズは魔剣の名について答えていく。


「こいつに銘はないわ……というか、私は知らない。あなたを倒したら、それらしい銘でも頂戴しようかしら」


 妹との知覚共有の懸念がある中、《汚染者》を手にしているという確定的な言質を与えるわけにはいかない。

 リズははぐらかしつつ、強気な態度で話の流れを作ってみせた。それに、アールスナージャが乗ってくる。


「ほう? では、魔神殺し(デモンスレイ)というのはどうだ?」


「……すでにありそうな銘だけど」


「クハハハ! 我を打ち倒して得た銘ならば、その他全ては単なる(かた)りよ!」


 この、唯我独尊というべき発言に、《汚染者》はやや控えめな感じで声を発した。


『エリザベータよ、敵は(にゃん)だ?』


(バラしてんじゃないわよ!)


 思わず心の中でツッコんだリズだが……思えば、この魔剣から名を呼ばれるのは初めてである。

 その事自体、感慨というよりも、むしろ気持ち悪さや座りの悪さを感じるリズだが……魔剣に対し、色々とかわいそうになる気持ちはあり、彼女は答えてやった。


「アールスナージャよ」


『は?』


「アールスナージャ」


 二度の宣告の後、返す言葉もなくなった魔剣。

 戦場を一陣の風が走り、ややあって、魔剣は口走った。


『し、仕舞ってくれ、早く!』


「うっさいわね……」


「フッハハハハ! 魔剣にも知れているとは、光栄の至りであるな!」


 刀身が微妙に波打ち始める《汚染者》。

 この、情けない命乞いを思わせる挙動に、リズは魔剣への同情よりも、魔神への脅威を強く覚えた。

 魔剣がこうなってまで、交戦を避けようとしている。記憶の中の文献にも増して、敵の威を表すように思えてならない。


 そして、いつまでも会話でごまかせるわけもない。「では、そろそろ良いか?」と魔神は尋ねた。

 とはいえ、リズが答える前から、魔神はその気満々である。ゆったりとした所作で、四本の腕を構えの形へ持っていく。

 リズの側も、覚悟を決めた。


「お待たせしたわね。こちらも、準備が整ったわ」


 目を閉じ、意識を集中させた後、彼女は魔剣を構えて言い放った。


 すると、それまでの静かな(たたず)まいから一転、魔神が猛襲した。下側の腕二本を、残像が見えるほどの速度で振り上げ、剣からは衝撃波が放たれる。

 迫りくる二本の衝撃波が、Xの字となってリズに迫り、彼女はこれを魔剣で受ける。


『ヒィ!』


「耐えなさい!」


 彼女は渾身の魔力を刀身に乗せ、叩きつけられる衝撃波を相殺した。

 衝撃波の余波はかすかに視界を歪め、衝撃波の下端が地面に深い傷を残す。

 間髪を入れず、舞うような動きから上段の二連撃。左からの振り下ろしと、右からの横薙ぎ。

 迫りくる魔力の剣閃に対し、リズは振り下ろしを身のこなしで避けつつ、横一閃の攻撃を魔剣の刀身そのもので受け止めた。

 威力そのものがダイレクトに襲いかかり、少し押し込まれそうになるも、彼女はどうにか耐えきった。


 瞬く間の四連撃。どうにかしのいだリズに、魔神の攻撃はなおも続く。

 最初に奇襲を受けた段階で、リズにはある程度の目算ができていた。

――《防盾(シールド)》系の魔法だけでは、対処しきれないと。


 彼女にとって必要だったのは、使い捨てにならずに構え続けることのできる、頑健な防御手段だった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、《汚染者》である。刀身の耐久力は、リズ自身も覚えがあるところ。彼女の魔力を乗せ、アールスナージャの剣閃と切り結ばせてなお、その刀身は傷一つなく健在だ。

 実体の刃同士で打ち合った時にどうなるか、確かなことは言えないが……


 時折上がる魔剣の悲鳴も、衝撃波と刀身がぶつかり合う音にかき消されていく。

 手数は圧倒的にアールスナージャ有利だが、リズはどうにか押し込まれずにいる。下から、横から、上から、宙を細切れにするような衝撃波の乱舞。

 相対する彼女は、剣一本と《防盾》、認識と判断速度、敏捷なフットワークで切り抜けていく。


 苛烈極まる攻勢の中、周囲の地形は色が変わっていった。緑一色の草地が、耕されたように土色へ。

 リズを斬りつけようという、衝撃波の余波それだけで、こうなっているのだ。


――この場に余人が紛れ込めば、土に赤黒いものが混ざるだけであろう。


 そんな容赦ない衝撃波の連撃の中でも、攻撃と攻撃の合間、動きの濃淡というものはある。

 気づけば額から汗しているリズは、嵐のような連撃の中、そのタイミングを見極めた。

 今から来る攻撃は腕二本分。他の腕からの攻撃までは、まだ少し猶予がある。


 この機に、リズは魔剣に自身の魔力を乗せ、この戦いで初めて剣を振るった。

 今から彼女へ迫ろうという剣閃に向けた一振り。一本の刀身から三本の魔力の刃が放たれ、彼女へ向かうはずだった攻撃を相殺した。


「ほぉう! やるではないか!」


 まさに疲れ知らずといった風の魔神が、朗々とした声を上げ、別の二本から衝撃波を繰り出してくる。

 これに対しても魔剣を振るい、リズは剣閃同士で相殺した。正面から打ち合った魔力の刃の衝突が、周囲の大気をかすかに波打たせていく。


 《汚染者》との戦闘において、敵は一本の刀身から、三本の斬撃を繰り出していた。

――あの死人にできて、自分にできないわけがない。

 そんな確信めいた自尊心に、彼女の才腕が応えた。


 もしかすると、《汚染者》自身も、今はその気なのかもしれない。文句も悲鳴も上げず、今は一振りの魔剣となっている。

 手に馴染む感覚とまではいかないが、少なくとも、自分の武器だという実感が、今のリズにはある。

 こうして、飛ぶ斬撃の有用性が判明し、彼女の手札が一枚増えた。


 それでも、まるで足りない。


 立ち回りにおいての選択肢は増えたが、振る暇が訪れることはあまりない。

 実際、剣を二回振ってからというもの、再び魔剣本体で衝撃波を受ける展開が続く。

 そもそも、剣を振っての飛ぶ斬撃にしても、防御策の一環でしかない。気を抜けば殺される中、攻勢に回る余裕など、ほとんどないのだ。


 そんな彼女にとって、今必要なのは、次なる一手に(つな)げるための余裕だ。息もつかせない攻勢の間に、好機となるタイミングを見極め、行動に出る。

 狙うのは、単なる攻撃ではなく、この戦いの根底に関わる一手。


 やがて、彼女にその時がやってきた。周囲で草土が細切れの破片となって舞い散る中、差し向けられた三本の衝撃波を剣と盾でしのぎきり、彼女は魔神を見上げた。

――より正確に言えば、高空に残る黒点と、魔神を結びつける魔力線を。


 続いて迫りくる一本腕の攻撃に備え、彼女は剣の構えを維持したまま、魔法陣の記述に入った。

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