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第78話 次への小休止②

 モンブル砦の確保に戦闘を伴ったとはいえ、実質的にはほぼ無損害で攻略できたと言える。

 あの戦いで死んだ者は、結局のところ、敵でしかなかったのだから。

 そうして兵力の損失無く拠点を確保できたことは大きいが、今後はそうもいかないだろう。

 近隣には正規軍の影も形もないとはいえ、領主居城サンレーヌに至るまでの道中で、一戦を交えることになることは確実視されている。


 そこで、次なる決戦の前にと、戦力を整える動きが始まった。

 砦の確保から3日目。朝の会議でまず話題に上がったのは、近隣における新聞屋の動きだ。

 砦の前を流れる川を境界にして、こちら側は革命勢力の支持層が優勢となっている。その領域において、吉報を受けた新聞屋が活気づいているという話だ。

 今まで思うように仕事できなかった彼らにとって、革命の前進は好ましい事象だろうし、書き入れ時でもある。


 そうした情報の流れは、この革命そのものを後押ししてもいる。

 一つの軍事拠点を落としたという朗報を受け、この革命に参加しようという人の流れが、砦にまで押し寄せてきているのだ。

 この件について、「増えるのはいいが、統制の維持と補給が重要だな」と傭兵の側から、苦笑いで指摘が入る。

 傭兵たちは、自発的にやってくる増援を邪険にする様子はないが、手放しに喜ぶわけでもない。

 この指摘はもちろん、革命の主導部としても理解していることだ。さっそく、幹部からコメントが入る。


「ここで籠城する可能性もありましたから、出発時点での物資には余裕を持たせています。ただ、接近中の追加戦力の規模次第ですが、長居するのが難しくなるかもしれません」


「そもそも、ここに長く留まるというのも、な」


 傭兵の長、ダミアンが口にした言葉に、クリストフはうなずいた。


「理由もなく留まるのは避けるべきでしょう。熱が冷めて、ここから離れられなくなれば困ります。ここはあくまで中継地点、そう思ってもらわなければ」


「なるほど。では、人が来るうちは構わんか?」


「まとまった人数であれば。新たに馳せ参じる者の存在が、すでに参加している者の気持ちを後押しするでしょう。それに、進行方向上にも集落は多くあります。そちらに対し、我々が民衆の支持を受けているというメッセージになるかと」


「確かにな。判断材料にしてもらいたいところだ」


「後は……人が集まり続けていくこの状況が、諜報員を通じての交渉に役立つかもしれません」


 支持が形を成していくその様を見せれば、様子見・静観の立場を維持している勢力も、考えを変えるかもしれない。

 ただ、流れができつつある状況を判断材料にしてもらうのはもちろんのこと、紛れ込んでいる連中とその背後に対し、イニシアチブを取って心変わりをさらに促進したくもある。

 そこでクロードが、怪しげな人物リストを手に口を開いた。


「他国から一人で来ていると思われる奴、それも小国からってのがいるな」


「食い込むなら、そちらから……でしょうか?」


 自身にも縁深い案件ということで、リズが口を挟むと、クロードは少し黙って考え込んだ。


「ん~……一人ぼっちっぽい諜報員たちを集めて、お話の場を設けてやるってのは?」


「なるほど、それは良いかもしれん」


 クロードの言葉に、傭兵の側から賛同の声が。

 リズとしても、彼の案は中々興味深いもののように思われた。


 つまるところ、この革命に対する監視・干渉に、人材というリソースをあまり割けなかった勢力の諜報員同士、鉢合わさせて反応を見ようというのだ。

 もちろん、他国から一人で潜り込んでいるということが確実というわけではない。砦の中にいないとしても、他の街に同僚が忍んでいる可能性は高い。

 だが、諸勢力の潜伏者にとって、この革命勢力本隊こそが一番の職場というのは間違いないだろう。諜報員だと露見し、捕虜となるか追放されるか……いずれにせよ、彼らにとっては避けたい展開に違いない。

 そうした連中が一同に会して、出身地を暴露された場合……結託もできない中で、どのように振る舞うか。

 揺さぶり次第では、うまいこと交渉に持っていけそうである。


 できる限り協力者を増したいという考えがある中、この案で取っ掛かりを作ることについて、他の面々も賛意を示した。

 では、誰が交渉相手になるか。場の流れというものを意識しつつ、リズは先んじて手を挙げた。


「私がやりましょう」


「そう言っていただけると助かりますが……大丈夫でしょうか?」


 クリストフは申し訳なさと同時に、不安を顔に出して言った。

 事の次第によっては、戦闘に発展する可能性も、ないわけではない。それを認めつつ、リズは答えた。


「傭兵の方を、何人かお借りできれば……」


「そりゃ構わんぞ。こちらとしても、立ち会って状況を把握したくはある。幹部の側からはどうするんだ?」


「まずは相手の側に敵意がないことを確認してからの方が無難でしょう。本格的な交渉・説得というよりは、確認作業のつもりで考えています。改まった席は、相手が素性を認めて正式にアポを取ってから、ですね」


 リズの返答に、ダミアンとクリストフはうなずいた。

 可能ならば、革命幹部をその場に同席させれば、手っ取り早くはあるのだが……各所から新入りが集いつつある中、欲を出して幹部を損なうリスクを負うこともないだろう。


 残る事項は、実際に誰を交渉の対象とするか。話の肝となる部分だけに、会議の場に緊張が走る。

 そうして少し沈黙が続いた後、クリストフが提案した。


「この件は長引きそうですが、他にも色々と仕事はあります。相手を選定するにあたっては、そのためのグループに一任。後ほど全体会議で承認の可否を下す……というのはどうでしょうか」


「なるほどな」


 実際、今後に向けて色々と仕事はある。

 それに、近隣から来る連中相手に、顔役のクリストフはフリーにしておきたいところでもある。


 そこで、交渉相手を選ぶためのグループを新たに定めることになった。

 これはほとんど時間をかけずに決まった。参加人員は国際情勢への理解が深い者だ。

 今まで商売に勤しんできた革命幹部の中には、舶来品を扱っていた者がそれなりにいる。傭兵の側はと言うと、様々な国を遍歴した者がいる。そうした人員の知見を活かそうというのだ。

 彼らの見識に加え、リストに上がっている候補者たちの実際の振る舞いを加味し、交渉相手を定めようという算段である。


 このグループに、リズは参加しなかった。自信を持って詳しいと言える国はラヴェリアだけであり、こうした会議にはそぐわない。とてもではないが、交渉相手にするのは難しい国だというのが共通認識だ。

 それに、彼女としては他にやりたいこともあった。


 今のところ、リズに任せたい仕事はないということで、会議が終わると彼女はフリーとなった。さっそく自室へと足を運んでいく。

 部屋に入るなり、彼女はカバンから2冊の白本を取り出し、無骨な机の上へ。

 まっさらな本を前に、彼女は腕を組んで考え込んだ。


 あわやというところでクリストフを助けたあの魔導書は、あの後も彼に預けっぱなしである。

 どこに誰が潜んでいるかもわからない中、このまま携帯していてほしいという考えはあるのだが……あの一件で、いくらか手の内を(さら)す形になってもいる。

 目撃者が少なかったとはいえ、思わぬところから情報が漏れる懸念はある。


 幸いにして、あの時の魔導書に仕込んでおいた魔法は、魔導書としてはありきたりなラインナップだ。各種防御系魔法と《追操撃(トレイサー)》、それに《念動(テレキネ)》や《遠話(リモスピ)》など。

 これらは実用性の高い魔法であり、別に見られて困るというものではない。それを操るリズの手腕はともかくとして、使った魔法自体に情報としての目新しさなどは、まるでなかったことだろう。

 だが、あの一件を踏まえた上で、さらなる行動を起こそうという刺客がいれば……


(ま、お互いの安心のため、もう少し別の手を打つべきかしら……)


 念には念をということで、彼女は自分用の魔導書とはまた別に、クリストフ護衛向けの一冊を新しく用意することに決めた。

 それも、ちょっとしたとっておきの魔導書を。

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