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第77話 次への小休止①

 リズは他の捕虜とも話をしていったが、これといって追加の情報が上がることはなかった。

――とはいえ、口先三寸で寝返ってくるよりは、人間的に信頼できるが。


 手元に情報があるがゆえに、先を急ぎたい気持ちというものはリズにも確かにある。

 しかし、諜報員対策はあくまで慎重にということで、今日のところはこれら捕虜への対応でひとまず終了となった。

 そうした報告を済ませたのが、昼を少し過ぎた頃である。


 報告にと会議室へ帰還したリズ。他の幹部たちはというと、彼女とはまた別の仕事で、慌ただしく動き回っているようだ。

 革命の主導部からすれば、やるべき仕事は諜報員対策ばかりではない。近隣の偵察や付近町村との連絡に情報収集、それに呪い検査などなど。それぞれに関わる要員が、会議室を行ったり来たり。


 この呪い検査については、「夜中にゴソゴソ動かれるのはちょっと……」といった声に応えるに始めたものだ。

 しかし、いざやってみると、目に見える形で無事の確認できることが大きかったようだ。

 夜中に検査を済ませたことになっている班の面々からも、「念のために」という声が続々と上がった。

 そうした声から生じた行列が新たな客を呼び込み、予想以上の大仕事に発展していったという話だ。

 追加で生じた作業ではある。だが、これが構成員の安心と信頼になるのなら意義はあるだろう。大勢の懸念事項を、こうした動きに引きつけられるのも好都合だ。

 ただ、騒動の引き金となったリズとしては、検査担当の諸氏に対して、申し訳なく思う気持ちがあるのだが……


 好評を博したこの呪い検査は、無事に終了した。会議室へ帰還した検査員たちによれば、当然のことながら、呪いにかかっている者はいなかったとのことだ。

 しかし、リズにはそれより気になることが一点あった。彼ら検査員たちは、見慣れない青年を一人、会議室に連れてきているのだ。

 クリストフが「そちらは?」と尋ねると、青年は「アクセル・リスナールです」と答えた。


 アクセルはやや小柄な体格の青年で、少し色白。整った顔立ちは、凛々しさよりも柔らかな感じがある。年上の女性に可愛がられそうなタイプだ。

 だが、真に重要な特徴は、その風貌ではない。呪い検査の代表が、やや戸惑い気味に口を開いた。


「どうも、魔法に反応しない体質? のようで」


 この言葉には、幹部たちよりも傭兵たちの方が驚きを示した。

 魔法関係については仕事柄、色々と知識や経験がある彼らだが、魔法に反応しない人間というのは……


「聞いたことがないな」


「ああ」


 実際、リズの魔力透視にも、アクセルは反応しない。魔力を読み取るはずの魔法に、彼の存在が感知されないのだ。

 このようなことは彼女にとって初めてだ。そういう人間が存在すると、文献で見たことも師に聞いたこともない。

 にわかに騒がしくなる中、当たり前のようにアクセルへ視線が向く。そこで、リズは思った。


(あまりジロジロ見られては……やっぱり気にするでしょうね)


 慣れっこという可能性はあったが、それでも彼のことを(おもんぱか)り、彼女は尋ねた。


「リスナールさん、体がだるいなんてことは?」


 すると、彼は少し驚いたように、ピクリと体を震わせた。


「いえ、特には何も……」


「それならいいのですが。私の時は、だるくて少し痺れもあったものだから」


「実際、体調は問題なさそうです」


 検査代表はアクセルを一瞥(いちべつ)して言った。確かに、見たところでは問題なさそうである。

 ただ、呪いがあるかどうか検査するという名目でやってきただけに、反応しない者をそのまま放置……というわけにもいかなかったのだろう。

 代表曰く、本人を連れて念のための報告に上がったというわけである。

 結局、アクセルに関する用件はそれだけだった。

「連れ回す形になってすみません」というクリストフの謝罪に、アクセルも「いえ、そんな」と申し訳なさそうに応じ、辞去していった。


 去っていく彼を見るリズの胸に、色々な思いが去来する。


――外部からの魔法に反応しないということは、働きかけに呼応するだけの魔力が、彼には無いという事だろうか?


 別に、生きていくのに魔力が不可欠ということはない。魔法よりはハードルが低い魔道具すら使わずに生きている者も、世の中にはごまんといる。

 ただ、生き抜く術として魔法を修めている身の彼女としては、魔法に反応しない彼の存在に驚かされるばかりであった。それは驚異であり、同時に……


(仮に、魔法を使えないとしても、《遠覚(テレタクト)》に感知されない存在だとしたら……)


 索敵・防諜において、《遠覚》を始めとする感知系魔法の価値は、計り知れないものがある。

 これら魔法の存在が、ある意味では世の秩序の在り方を定義していると言っても、決して言い過ぎではない。それに引っかからないというのは――


 それゆえの苦労もあるだろうが、おそらくは誰よりも諜報員に向いた、天与の才能となるだろう。


 傭兵たちの間にも、同様の理解に達したものは少なくないようだ。会議室のそこかしこから声が上がる。


「初めて見たぜ。魔法に反応しないなんてな」


「それとなく、気に掛けておいた方がいいかもね」


 そうした声に、クリストフを始めとする革命幹部も、緊張した面持ちでうなずいた。



 夕方。リズは城壁の上で一人(たたず)んでいた。

 この先の、諜報員らしき連中への対処法、魔法が効かないアクセルのこと。気がかりなことは尽きない。

 それに加え、表立っての主敵である正規軍は、まだまともに姿を見せていない。その動きも気にかかるところだ。

 そこで、相手の動きを少しでも把握できれば……と考えて、リズは城壁の上にいる。今から偵察用に一つ、魔法を使う考えでいるのだ。


 と、そこへクリストフがやってきた。

 リーダーだけあって、様々な決裁権を一手に有する彼は、今まで会議漬けだったのだろう。疲れ気味の顔をしている彼に、リズは微笑んで声をかけた。


「休憩でしょうか?」


「ええ、まあ……外の様子を見るついでに、ですね」


 休むついでではなく、ついでに休む。自身に対して追い込み気味な様子の彼に、リズは苦笑いした。


「偵察でしたら、私がやりますから。せっかくですし、そこで休んでくださいな」


「リズさんも、働きすぎでは?」


「も?」


 口からポロッと出た感のある、自身の過労ぶりを認めるような表現を、リズはにこやかに追及した。当のクリストフは、困り気味の笑みを浮かべるばかりである。

 そのまま、彼は城壁の上に腰を落ち着けた。育ちがいいのか、リズの前だからか、大きく姿勢を崩しはしないが。彼はリズを見上げ、問いかけた。


「あなたも、休んではどうですか?」


「うーん、元気が有り余ってますので」


 実際、親からの数少ないまともな贈り物として、彼女の体はやたら頑丈にできている。

 起きてからというもの、特に体や魔力を使っていないということもある。


 そんな彼女は、魔法を使う前に少し思い直し、クリストフに良く見える形でやってみることにした。

 彼女はまず、紙を一枚取り出した。低品位で手触りが悪そうだが、丈夫そうな紙だ。

 これに彼女は、瞬時にして魔法陣を刻み込んでいく。


「その魔法は?」


「《憑依(ポゼッション)》と言います。これに自分の視覚を乗せて、対象物を動かすという魔法ですね。ほとんどの場合、鳥になるための魔法ですが……」


 答えながら彼女は目を閉じ、魔法陣を刻んだ紙を折り始めた。

 感覚を共有する系統の魔法として、《憑依》は中等度の魔法にあたる。視点を自由に動かせるのが利点だが、欠点もいくつか。

 まず、市街や屋内でこれをやろうものなら、この魔法を知っている官憲にしょっ引かれる。

 野外であっても、敵対勢力に対する偵察には向かない。便利は便利だが、存在を知られすぎていて、対人・対集団では対応されやすいのだ。

 また、接続の魔力線を見られることで、術者の居場所を特定される恐れもある。

 加えて、雨風には弱い。紙ではなく布でも動かせるが、生地が水を含めば飛ばすための負荷が甚大になる。

 さらに、あまり遠距離を飛ばすとコントロール性が損なわれ、最終的には飛ばせなくなる。


 そんな魔法ではあるが、拠点から飛ばす分には問題ない。居場所を知られようが、大した情報を与えるわけではない。

 よく知れた魔法ゆえに、相手から対応されやすいが、それが利点となることもある。この魔法に対する実際の対応策の種類や反応の速さ、その手際等から、敵対集団の練度をある程度は把握できるというわけだ。

 そうした諸々を淀みなく説明すると、クリストフは感心の声を上げた。


「それで、目を閉じていらっしゃるのは」


「使ってる間、こちらに視点が移ってますので」


 これも、弱点と言えば弱点だ。使用中には自分自身の視界が効かない。

 この欠点を、リズは自身の中に仕込んだ《遠覚》で補っている。《憑依》を使う上での常套手段だ。


 紙を折って鳥らしい形に整え、彼女は手を開いた。彼女の手から、ふんわりと鳥が飛び立ち、夕暮れの空へと羽ばたいていく。

 やや暗めのべージュの紙は、夕暮れの中で、白い紙ほどには目立たない。紙の耐久性もそうだが、安っぽい紙ならではの色合いだからこそのメリットもある。


 飛び立った鳥は、するすると高度を上げていく。上空から見下ろすと、砦も随分とこじんまりしてくる。

 やがて、《魔法の矢(マジックアロー)》を見てからでも避けられる程度の高度まで上がったところで、リズは鳥を次の進行方向へ向かわせた。砦の先、川と森を超え、街道沿いにをさらに北上。

 風に乗せて空を切るように鳥を飛ばすが、飛ばせど飛ばせど、怪しいものは見受けられない。

 少なくとも、夜襲を仕掛けてこられるような位置取りで、大軍が構えている気配はない。


 一通りの状況を把握し終え、リズは手元へと鳥を引き戻していく。

 やがて、手元に紙が戻ると、紙は鳥から姿を変えていった。魔法が解けて、やや折り目がついた平たい紙へ。筆記には適さないだろうが、偵察にはまた使える。

 すると、クリストフは感心したようにため息をつきつつ、彼女に尋ねた。


「いかがでしたか?」


「近隣には、それらしい部隊がいませんでした。今日も夜は静かに過ごせるでしょう」


「そうですか……安心ですね」


 その後、少し考え込む様子を見せた彼は、何やら改まったような態度で立ち上がった。


「どうかなさいました?」


「いえ、助けてもらった礼が……」


「……ああ、そういえば」


 砦の解放に先立ち、クリストフは敵対勢力の手勢に捕らえられた。

 その際は、リズによる事前の仕込みと手腕により、事なきを得たのだが……一歩間違えればという事態ではあった。

 幸いというべきか、あの場に居合わせた者はごくわずか。動揺を誘わないようにと、今でも周囲に事情は伏せてある。

 そのため、正式な礼はまだ済んでいないという状況であった。


 リズとしては、あまり気にせずに、リーダーらしく振舞ってもらえればそれでいいのだが……彼がどう感じているか、その理解がないわけではない。

「本当にありがとうございました」と深く頭を下げる彼に、リズは答えた。


「当然のことをしたまでですよ。あなたは死んではいけない方だと思いますし」


 すると、クリストフは顔を上げ、リズをまっすぐ見据えて口を開いた。


「……それは、あなたもそうなのでは?」


 この言葉に、リズはドキッとした。


――ラヴェリアからすれば、自分は決して生かしてはおけない存在だというのに。


 いつの間にか、自分自身もそういう価値観に汚染されていたのかもしれない。クリストフから向けられた言葉が、むしろ意外に感じられたほどだ。

 ややあって、彼女は思った。


(もしかすると、誰かにこう思われたいがために、頑張ってるのかも……)


 この革命に打ち込む自分の動機の中に、そういった側面を意識した彼女は、なんとなくクリストフの視線から顔をそらした。そして……


(夕日のせいでおセンチになってるんだわ)


 そこそこ感傷的になっている自身を感じ、彼女は目を閉じて鼻で笑ってみた。


「どうしました?」


「いえ……さっきの言葉、改めてあなたの口から言ってもらえませんか?」


 リズからのお願いに、クリストフは少し(いぶか)しそうな反応をしたが、彼はすぐ素直に応じた。


「あなたも、死んではいけない方だと思います」


――言い終えた彼の顔は、頬が少し朱に染まっていたが。

 そんな彼を前に、リズは含み笑いを漏らした後、芝居っぽく髪をかき上げて言い放った。


「こういうこと言わせるのって、気持ちいいわ……」


「……それは良かったです」


「ふふっ……」


 言わせた面は多分にあるが、言われて嬉しかったのは事実である。

 言わされた彼ほどではないが、少し照れのようなものを意識しつつ、リズは微笑を彼に向けた。


 これでますます、死なせられなくなった。

 たとえ、革命のためという実利的な理由があるとしても――リズの命の価値を口にしてくれた人なのだから。

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